女騎士ロザリーは甘えたい

下垣
下垣

37.モンスターテイマー ミネルヴァ

公開日時: 2020年10月2日(金) 20:05
文字数:2,104

 洞窟の中にある小部屋の一室にて一人の見知らぬ女が座って本を読んでいた。こんな所に女がいるなんて妙だな。一体何の目的でいるのだろうか。


 女の特徴は灰色の髪が肩まで掛かっていて内側にはねている。瞳の色はエメラルドグリーンでどことなくミステリアスな雰囲気を漂わせている。体型はやや細身で手足が枯れ枝のように細く、頬も痩せこけている。目の下に隈ができていてどことなく不健康そうな見た目をしている。


 服装は一般的な農村地帯の村娘の服装で白いシャツを着て、カーキ色のロングスカートを履いている。特に上流階級でも下流階級というわけでもなさそうだ。


「妙ですね……」


 ジャンが相手に聞こえないような声で呟く。ジャンは一体何に感づいたのだろうか。


「この湿地帯は雨で地面もかなりぬかるんでいます。それなのに彼女は全く濡れていないどころか靴も泥がついてなくて綺麗です。この湿地帯に雨が降る前からいたのでしょうか。この湿地帯は雨季に入って一ヶ月以上雨が降りっぱなしのはずです。かなり不自然ですよこれは」


 確かにジャンの言われた通り、赤い靴には汚れ一つついていなくてかなり不自然だ。洞窟で一ヶ月住んでいたとしても多少なりとも靴は傷つき汚れるはずだが全くその形跡がない。この女は一体何者なのだろうか……


「ふんふふーん」


 女は鼻歌交じりで本のページをめくる。何やら上機嫌のようだ。何故だろう。この鼻歌を聞いているとどことなく寒気がする。嫌な予感というのだろうか。そういうのが感じ取れる。


「ねえ、いつまで私を監視しているつもり? 私の私生活がそんなに面白いのかしら?」


 女はこちらを流し目で見た。気づかれていたのか!


「ジャンは隠れていろ。私とアルノーが出る。行くぞアルノー」


 ジャンを岩陰に隠して、私とアルノーが洞窟の小部屋の中に入っていく。女は私達の姿を確認すると本に栞を挟んでから本を閉じて起き上がった。


「あなた達の服装から察するに王都の騎士かしら。王都の方角からは橋を渡らないとここにはたどり着けないけどどうやって辿り着いたの?」


 女は目をギョロッと見開いてこちらを見た。目の下のクマと痩せこけた頬も相まってかかなり不気味だ。


「橋に巣食っているスライム達を倒して来た」


 私は正直に答えた。ウソをついても仕方のないことだと思ったからだ。


「スライムを? へー。凄いね。私のスライムちゃん達を倒すなんてやるね」


 私のスライムちゃん……この女は何を言っているんだ。モンスターを飼っているとでも言うのか? そんなバカなことあるか。モンスターが人に飼われるなどありえるか。


「あーその顔は疑ってる? でも、私の能力なら出来るのよ。モンスターと心を通わせるモンスターテイマーの能力があれば」


 女はケタケタと笑い出した。モンスターテイマー。それが一体何なんだ。


「私はモンスターテイマーのミネルヴァ。そうね……モンスターの力を使ってこの王国を陥落させることが目的と言った方がいいかしら」


 王国を陥落させる……? この女何を言っているんだ。


「ふざけるな! そんなこと許されるはずがないだろ! 私は王国の騎士ロザリー! 例え冗談であってもそのような発言は極刑に値する。そこに直れ! 私が叩ききってやる」


 ふざけたことを抜かすミネルヴァに制裁を加えてやらなければならない。私はレイピアを彼女に……この国に仇なすテロリストに向けた。


「俺の名前はアルノー! 同じく王国の騎士だ! ロザリー団長と同じく貴女を許すつもりはない!」


 二人の騎士に剣を向けられてもこの女は全く動じた様子を見せなかった。まるで赤ん坊に笑みを向ける母親のような表情で私達を見ている。


「ロザリーとアルノーね。覚えたわ。あなた達面白いわ。本当に食べちゃいたいくらい可愛い」


 ミネルヴァは蛇のように長い舌を使って自身の唇をペロリと舐めた。なんだかかなり不気味だ。


「あなた達は南西にいる私のスライムちゃん達も倒したのかしら。だとしたら凄いわ。褒めてあげたいくらいね」


 ミネルヴァが拍手をする。その音が洞窟内に響き渡る。この女はどこまで余裕ぶっているつもりだ。


「でも、私は今日は大人しく捕まるつもりはないわ。まだまだモンスターちゃん達の力を試したいですもの」


 そう言うとミネルヴァは服の中に手を突っ込み中から玉のようなものを出した。


「さようなら。騎士さん達」


 そう言うとミネルヴァはこちらに玉を投げてきた。玉が破裂すると中から煙が出てきた。その煙を吸い込むと目が痒くて咳が出る。な、なんだこれは……


 アルノーも私と同じ症状なのか目を掻いて咳をしている。


「うわ」というジャンの叫び越えが聞こえた。ジャンは無事なのだろうか。


 煙も引き、咳も目の痒みも収まってきた。視界には既にミネルヴァの姿は消えていた。尻もちついたジャンが私の方を見ている。


「やれやれ。取り逃がしてしまいましたね。私も不意打ちを食らってこの様です。モンスターテイマーのミネルヴァ。彼女は一体何者なのでしょうか」


「奴が何者なのか。それは私にはわからない。だけどあいつは王国を陥落させると言った。絶対に野放しにしてはいけない敵だ」


 私は自身のレイピアに誓った。必ずあのミネルヴァとかいう女を捕まえてみせると。

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