ロザリーの部屋にはベッドが一つしかない。当然この家の家主であり病人であるロザリーが使うべきであろう。僕はロザリーから使用していない毛布を借りて床で寝ることにした。
「すまないなライン。床で寝かせることになって。客人に対して無礼ではあるが許してくれ」
「ううん。気にしないで。キャンプ中はもっとひどい環境で寝ているからね僕達は」
「ははは。そうだな」
寝床も決まったことだし、寝るにはまだ少し早い。ふと、本棚を見るとこの前古本屋で見た魔導書があるのを発見した。あの赤い表紙は忘れようにも忘れられない。毒々しい程の赤い色は今でも僕の網膜の中に焼き付いて離れない。
「ロザリー。ちょっとこの魔導書を読んでみてもいいかい?」
「ああ。構わない。私には少し難しすぎた内容だ」
僕はロザリーの許可を得て、魔導書を手に取った。タイトルは、煉獄の書……東洋の言葉で書いてあるな。作者は東洋人なのだろうか……それに一体何の魔法が書いてあるんだろうか。
僕はページを軽くパラパラとめくってみた。するとそこに一か所ドッグイヤーされている箇所があった。そのページを見てみると……
「恋が叶うおまじない……?」
「ああ。それな。私がその本を買った時には既に印がつけてあったんだ。恐らく前の持ち主が付けたものだと思う」
「なるほど」
恋が叶うおまじない。必要なもの。動物性ケサランパサラン(ウサギのペリットなど)、意中の相手の髪の毛、自分が一番大切にしているもの(可燃性のもので)、オークの油、火。
動物性ケサランパサランをオークの油に浸してから火をつけて、意中の相手の髪の毛、自分が大切にしているものを一緒に燃やす。その時に出て来る煙を十秒間吸うと恋が叶うと言われている。
「いや、煙吸うなよ! 一酸化炭素中毒になって最悪死ぬぞ!」
このおまじないが当時の人に信じられていたのかと思うと何だかバカらしくなってくる。ってか、ケサランパサランってなんだよ。東洋の妖怪かよ。
「ははは。それは私もアホらしいと思って読んでたさ。ってか、私にはウサギのペリットが何のことだかわからなかったがな」
「ペリットは鳥が食べたものが消化されずに吐き出されたものだよ。ウサギを食べた鳥が毛は消化できないから吐き出すんだ」
「ほへー」
ロザリーは納得がいったような表情を見せる。
「えーと次のおまじないは……彼の首筋にキスマークをつけると彼は貴女のことが好きになる……?」
このおまじないはまさか、ロザリーがオーク討伐した日の夜に僕にやった奴じゃないか。
「そのおまじないはガセだな。偶然的な事故とはいえ、ラインにやっても何の効果もなかったしな」
ロザリーは淡々とそう言った。なんだか僕一人だけドキマギしてたのがバカらしく思えてきた。
「大体にしてキスマークをつけるのって結構ハードル高いぞ。私だって酔った勢いじゃなかったら絶対出来ないからな」
「もう二度としなくていいよ……」
僕は魔導書の違うページをめくってみた。そこには、どんな病気も治す万能草のスロボルの栽培方法が載っていた。
「栽培方法だけ載っていても種がなければ意味がないよね……まあ、スロボルが実在する植物だとは思えないけど」
「なあ、スロボルってどんな植物?」
「ここにスケッチが描いてあるよ。小さい鈴型の黄色い花を咲かせて、葉っぱはノコギリのようにギザギザ。茎に毛が生えていてどことなく葉っぱと茎全体が紫色がっかったやつ」
僕は該当ページを開いてロザリーに見せた。するとロザリーは数回頷いた後に衝撃的なことを言うのであった。
「その植物見たことある。タクル高山の山頂に生えていた」
「ははは。そんな冗談を。これは昔の人が考えた架空の植物だよ? 実在するわけが」
「ライン! 私を疑うのか!?」
ロザリーが僕に詰め寄る。身長は僕の方が高いのに、ロザリーから来る威圧感が半端ない、狩られることを覚悟した草食動物のような気分になる。
「ラインきゅん……信じてよ。ロザリー嘘言ってないよ?」
今度は甘えん坊スイッチが入ってしおらしくなってしまった。押して引く作戦だろうか。甘えん坊のロザリーに弱い僕としては彼女を信じるほかなさそうだ。
「はあ……どうも僕はロザリーに甘えられるとすぐ折れちゃうな……わかったよ。信じる。今度二人でタクル高山に行こう。そして本当にこの植物があるのか調査だ」
「わーい。ロザリーを信じてくれるラインきゅんだいすきー」
ロザリーが両手をあげて喜んだ。そんなに嬉しいことなのか。
それにしてもロザリーの話が本当だとすると、これは世紀の大発見になるかもしれない。想像上のものとだけ思われていた植物が新種として発見されるのだ。これは凄いニュースになるに違いない。
そろそろ眠くなってきたな。明日に備えて寝るとしようか……床で。
「ロザリー僕はそろそろ寝るよ」
「うん。ロザリーも寝るー」
ロザリーは素早くベッドの中に潜り込んだ。そしてこちらをじーっと見ている。
「何……?」
「おやすみなさいのチューして?」
ロザリーの甘えん坊スイッチが入ったままだったのをすっかり忘れていた。
「ほっぺでいいから、して。じゃないとロザリー眠れないよ」
仕方ない。これも彼女の風邪を治すために早く寝てもらうための儀式的なやつだ。
僕は顔をゆっくりとロザリーの頬に寄せて、唇と頬を重ね合わせた。
「ん。ありがとう。これでゆっくり寝れる。おやすみー」
それだけ言い残すとロザリーは寝息を立て始めた。寝るの早すぎないか……
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