アルラウネの花弁と解毒剤を引き換えたらミネルヴァは去っていった。追いかけようとは思わなかった。村長の治療の方が先だ。まずは止血をしなければならない。短剣で斬られた箇所に清潔な布を当てて固定させる。
その後、村長が落ち着いてきたら解毒剤を飲ませた。これが本当に解毒剤である保証はどこにもなかったけど、僕はエリーを信じる。彼女は誠実な子だ。約束を反故にすることはないだろう。
「体調はどうですか? 村長」
「ああ。少し良くなった。吐き気も収まって来た……ただ少し眠くなってきた」
そう言うと村長はそのまま眠ってしまった。薬の副作用で眠くなってしまったのだろうか。ただ、目を閉じてはいるが呼吸はとても穏やかで命に別状はなさそうだ。しばらく寝かせておいてあげよう。
「おーい! ライン! そこで何をしている!」
ロザリーがやってきた。僕を追いかけて来たのだろうか。
「ごめん。ロザリー。ミネルヴァに逃げられた。アルラウネの花弁も奪われたよ」
「キミがそんなヘマをやらかすようには思えないな。何か事情があるんだろ? 話してくれ」
「ああ。わかった。村長がミネルヴァの短剣に斬られた。短剣には毒が塗ってあってその解毒剤とアルラウネの花弁を交換したんだ。村長の手当てをしている間にまんまと逃げられてしまったよ」
僕は正直に話した。嘘をついても仕方のないことだ。僕の選択のせいでミネルヴァを逃がして、アルラウネの花弁を失ってしまったのは事実なのだから。
「そうか……キミはこの村長を嫌っているようだったけど、それでも助けたのか」
「そうだね。人の命には代えられないさ」
「全く、とんだお人好しだなキミは……まあそういうキミだからこそ好きになったんだけど」
ロザリーは少し苦笑いを浮かべている。呆れられてしまったかな?
「戦いが終わったことだし、キミに甘えようかと思ったけど、村長の手当てがあるんじゃそういうわけにもいかないか。そっちが落ち着いたらたっぷり甘えるからな!」
「ごめんね。ロザリー。また後でね」
◇
僕は村長の家で、彼を付きっ切りで看病することになった。最初は毒の影響からか高熱が出ていて不安だったけど、しばらく安静にしていたら熱も少しずつ下がり始めて顔色も良くなってきた。この分だと直に回復するだろう。
「ん……」
村長が目を覚ましたようだ。あたりをキョロキョロと見回している。そして僕と目が合うとバツが悪そうな顔をする。
「ライン……キミには何て詫びていいのか本当にわからない。私はキミに酷いことをしてしまった。魔女の仲間だという汚名を着せてこの村から追放したなんてバカげていたよ」
村長は僕にした仕打ちを少しは反省しているようだ。だけど、僕のことはどうでも良かった。僕が受けた痛みはエリーに比べれば全然大したことはない。
「村長……エリーは言っていました。これは復讐だと。私に魔女の烙印を押して迫害をしたこの国に対しての復讐だと……その切っ掛けを作ったのは紛れもない貴方なんですよ! そこをどう思っているんですか!」
僕は語気を強めた。仮にも病人に対して責めるような物言いをするのはどうかと思ったけど、それでも僕は自分が抱えている感情を吐露せずにはいられなかった。
「わ、私はただ、魔女から村民を守りたかっただけなんだ……」
「エリーだって大事な村民だったはずでしょ! なのに! どうして!」
村長の顔が歪んでいる。大の大人なのに今にも泣きだしてしまいそうな雰囲気だ。
「だって、モンスターテイマーはこの国に災いを呼ぶ存在なんだ。かつての魔女ジュノーのように、エリーがこの国を滅ぼすことだって十分ありえた」
「ジュノーとエリーは関係ないだろうが! ただ同じモンスターテイマーってだけで違う人間なんだぞ!」
もうダメだこの村長は自己弁護ばかりで村民全員でエリーを迫害した罪に向き合おうとしない。あの時のエリーはどれだけ苦しい思いをしたか、悔しい思いをしたか、痛い思いをしたか、この村長にはわからないんだ。
「村長……病状も回復したようですので、僕はこれにて失礼します。では、また」
僕が村長の部屋から出ようとすると、村長はベッドから勢いよく飛び降りた。まだ病弱だから安静にして欲しいものだけど……
「ま、待ってくれライン君! キミは私の命の恩人だ。またいつでもこの村に帰ってきてくれてもいいぞ。歓迎する!」
「…………たまに実家の両親に顔見せる程度には帰ってきますよ」
「そうか」
その言葉に村長は少しほっとしたような表情を見せた。あれだけ僕を嫌っていた村長なのに、命を助けただけでこれだ。
村長の家を出ると辺りはすっかり暗くなっていた。避難していた村人も紅獅子騎士団に連れられて再び村に戻り、何事もなかったかのように生活を営んでいく。
今日も実家に帰ろうか。騎士団が借りている小屋はどうも狭苦しそうで泊まりたくない。男騎士の連中も僕がいないことで少しでもスペースを確保出来て喜ぶことだろう。
というわけで、僕は実家の玄関の扉を開ける。そこにいたのは……
「おかえりライン」
「ロザリー!? 何で僕の家にいるの!」
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