剣を振るう時に掛け声を上げる。僕は剣の訓練に勤しんでいた。騎士として復帰してテンションが上がっているのだ。小さい頃からの夢だった騎士。一度は破れたその夢が今叶って幸せな気持ちになった。
「なあ、ライン。お前最近調子いいな」
仲間の騎士が話しかけて来る。
「ああ。調子いいさ。今までずっと僕の心に残っていたわだかまりが消えたんだ。気分も良くなるさ」
「ラインさんが騎士になって戦力アップしたのはいいんですけど、衛生兵の数が減って私の負担が増えちゃうじゃないですかーやだー」
衛生兵仲間のキャロルが文句を垂れている。僕は彼女にも頼りにされているという自負はあった。その分、急に衛生兵を辞めることになって申し訳ないと思っている。
「すまないなキャロル」
「私、もっとラインさんに色んな事教わりたかったです。でも仕方ないですよね。これからはラインさんに代わって、私が衛生兵のリーダーとして頑張ります」
「ああ。ありがとうキャロル。キミなら任せられるよ」
ジャンが慌ただしい様子で訓練場に入って来た。軍師であるジャンが戦力を見極めるために訓練の様子を視察することはある。だが、今日はそういう感じではなさそうだ。
「皆様ちょっといいですか? 新しい任務です。ヘキス海域にて幽霊船が発見されたようです。地元の漁師の証言によりますと、航海中に美しい女性の歌声が聞こえてきたそうです。まるで幽霊船に誘っているかのような不気味さを覚えたようですね」
「歌声……なるほど。セイレーンか」
セイレーンは歌声で船をおびき寄せて襲うと言われている。このセイレーンは幽霊船を根城にしているようだ。
「ゆ、幽霊船!?」
ロザリーの顔がみるみるうちに青くなる。そうか。ロザリーは幽霊が苦手なんだっけ? 前回のユピテル男爵の屋敷の時は、幽霊が出そうな雰囲気なだけだった。だけど、今回は間違いなく出るであろう幽霊船だ。
「どうしたのですかロザリー? いつものように皆を励まさないのですか?」
「な、何を言うかジャン! 皆! 幽霊船がなんだ! 私が付いているから大丈夫だ! 幽霊なんて怖くない! 絶対に怖くないぞ」
「流石ロザリーだ!」
「幽霊を怖がる騎士なんてだせーよな」
「ママのおっぱいでも吸ってろって感じだよな」
ロザリーの鼓舞に対して、皆好き勝手言い始めた。その怖がっている騎士が自分達の目の前にいるとも知らずに。
大丈夫だよロザリー。幽霊が出ても僕が追い払ってみせる。と僕は心の中でロザリーに念を送っておいた。
「皆! セイレーンがいるということは高確率でミネルヴァと遭遇することだろう。奴もセイレーンの髪の毛を狙っているようだからな。気を引き締めて行くぞ!」
怖い気持ちを押し殺して皆をまとめようとするのは流石団長だ。やはり、紅獅子騎士団の団長はロザリーしかいないな。強いのは勿論だけど、皆をまとめる求心力もある。
「既に船の手配は済んでおります。エルマ漁村が快く船を貸して頂きました。これに乗って、ヘキス海域へ向かい幽霊船に乗り込みます」
◇
僕達、紅獅子騎士団はエルマ漁村へと辿り着いた。村は以前来た時に比べれば少しはマシだが、それでも活気づいてるとは言えなかった。やはり、マーメイドが残した爪痕はでかいのだろうか。
海岸に着くと漁師のおじさんが待ち構えていた。髭面でワイルドな風貌でいかにも悪そうな雰囲気を醸し出している。漁師というより海賊に見えるな。
「よお、てめえらが紅獅子騎士団か? 俺は船長のボルグっつーもんだ。村の漁師集めて船を操縦して幽霊船まで連れてってやるよ」
僕達は船に関しては本当に素人だ。動かし方なんて知りもしない。だから、漁師の力を借りるのだ。
「初めまして。ボルグ殿。私は紅獅子騎士団団長のロザリーです。今日はよろしくお願いします。漁師の皆様の命は、この紅獅子騎士団がお守りします」
「ほうほう。中々愛らしい出で立ちで随分と頼もしいこと言ってくれるじゃねえか。俺好みの女だぜ」
なんか知らないけど、ボルグがロザリーを口説き始めた。ロザリーが他の男に言い寄られているのを見るのは嫌な気持ちだ。心に何か引っかかるような感覚を覚える。
「私は貴方の好みかもしれませんが、私の好みは貴方ではないです。大体にして歳が離れすぎてます」
「ははは。フラれちまったな。おじさんは趣味じゃねえってか。まあいいさ。とにかく騎士団のみんな。早くこのレッドシー号に乗りな」
騎士団の精鋭部隊が船に乗り込んだ。流石に紅獅子騎士団全員を船に乗せるわけにはいかないからね。僕がその精鋭部隊に選ばれて良かった。紅獅子騎士団の騎士として初めての任務だ。心してかかろう。
「よし、全員乗り込んだな。じゃあ出航!」
漁師が錨を上げて船が出航した。目指すはヘキス海域。そこにセイレーンがいるし、ミネルヴァとも遭遇する可能性が高い。
……僕はもう騎士になった。以前のように後方で誰かが敵を倒してくれるのを待つ存在じゃなくなった。僕は自分の手でミネルヴァを……エリーを倒さなくてはならない時がくるかもしれない。
そう思うと手が震えてきた。トラウマの再発というわけではないけれど、やはりそう簡単にこの感情は割り切れるものではないか。
「緊張しているのか? ライン」
ロザリーが僕に声をかけてきてくれた。
「ああ。紅獅子騎士団の騎士としては初めての任務だからね。僕の剣の腕が通用するのかどうか不安でしょうがない」
「いや……キミが心配しているのはミネルヴァを斬れるかどうかだろ?」
「本当に鋭いねキミは」
「心配するな。ライン。キミが躊躇するようなら私が迷わず奴を刺す。このレイピアでな」
団長としてのロザリーは本当に頼りになるんだよな。僕の心の機微を察して勇気づけてくれている。
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