クランベリーが湿地帯に残された僅かな匂いを嗅いでいる。現在雨だからそれほど匂いがしないはずなのだが、クランベリーにはわかるようだ。
「ロザリー。クーちゃんの様子が変です。彼の動向を見守りましょう」
「え? ああ、うん。そうだな。何かあるかもしれないからな」
ロザリーはあからさまにしょげている。任務が終わったと思っていたのに、まだ続く予感がして大変なのだろう。今も彼女は僕の方を惜しむようにちらちらと見ている。甘える準備でもしていたのだろうか。
「そうだ! ジャン、アルノー。クランベリーの追跡はお前たちに任せた」
「は?」
「どういうことです? ロザリー団長」
二人から不満の声が漏れる。
「犬の追跡なんて二人もいれば十分だろ。私達はこれからスライムの液体を回収しなければならない。軟膏の材料にするためにな」
「そんなの下っ端にやらせておけばいいでしょう。ロザリー、貴女の仕事ではない」
「い、いや……しかし」
「それにクーちゃんはスライムの臭いを嗅いで吠えたのかもしれません。だとするとクーちゃんが向かう先にスライムがいるかもしれないのですよ。その状況で団長の貴女が来ないでどうするんですか?」
「はい。ご尤もです」
ロザリーは観念したのか、ジャンとアルノーと共にクランベリーの後を追うことにした。捨てられた子犬のような目で僕を見るロザリー。大丈夫。この任務が終わったらたくさん甘やかしてあげるから。
「ロザリー団長行っちゃいましたねー。私達は二人で仲良くスライムの液体を回収しましょう」
キャロルが僕にくっついてくる。ロザリーがいなくなった途端彼女はいつもこうだ。きっと僕を揶揄う目的でくっついてきているに違いない。どうせ女子に免疫がないと思われて、くっついてドギマギするような反応を見て楽しみたいだけだろう。そうはいかないぞ。と僕は平静を保つ。
「やだー。この液体ねばねばしてる。気持ち悪ーい。ねえ見てくださいラインさーん」
キャロルはねばねばのスライムの液体を手でこすり合わせて遊んでいる。貴重な軟膏の材料になんてことをしてくれてるんだ。まあ、どうせ不純物は取り除くからいいんだけどさ。
僕達は戦場の後のスライムの液体を回収して回った。この時のために空のビンをいくつか持ってきてあるのだ。
◇
はあ……折角討伐の任務が終わってラインに甘えることが出来ると思ったのに、とんだ邪魔が入ったものだな。やっぱり犬は嫌いだ。
ジャンとアルノーがクランベリーの後をつけている。私はそれを更に後ろからついていく。ジャンは方位磁針を使って方角を確かめている。
「クーちゃんはずっと北上しているようです。一体この方角に何があるんですかねえ」
「地図を見た限りでは、山がありましたよジャンさん。この湿地帯の川はそこから流れているようです」
ジャンとアルノーは楽しく会話をしているようだな。全く遠足気分か。任務中だぞ。
クランベリーの走り出した。湿地帯とは思えないほどのスピードで走り抜ける。ジャンとアルノーもそれを追うために駆け足になる。おいおい、泥濘に足を取られても知らんぞ。
私は彼らの後をゆっくりと追うことにした。どうせ急いだって何にもありはしないだろうと思っていたからだ。
クランベリーが吠えた。何かを見つけたのだろうか。いや、この湿地帯に何もありはしないだろう。
「ロザリー! 見てください。ここに洞窟がありました!」
「なんだって!?」
洞窟。湿地帯に洞窟があるなんて話は聞いたことなかった。どうやらこれは新発見らしい。やるな犬の癖に。
「どうします? 中に入りますか? ロザリー」
「ああ。入ってみよう。もしかしたらこの中にスライムの発生源がいるかもしれないのだからな」
「ええ。私もそう思っていたところです。スライムの大量発生と新しく見つかった洞窟。この二つが関係ないとは思えないですからね」
「俺が前に出ます。ジャンさんは真ん中にいて下さい。そして殿はロザリー団長が務める。これでいいですよね?」
「ああ。軍司であるジャンを守るためにはそうするのが一番だ。中々冴えているじゃないかアルノー」
私が褒めるとアルノーは照れて頭を掻きだした。ラインを兄呼ばわりしているのは少し気にくわないが、中々可愛い所があるではないか。
「松明は私が持っています。防水の袋の中に入れておいて良かった。これで洞窟の中を探索出来ますね」
洞窟の中に入るとジャンは松明をつけた。そしてそれを最前列のアルノーに渡す。洞窟の中はとてもひんやりしている。雨で濡れた体がとても冷たい。長居すると風邪をひいてしまいそうだ。
「寒いですねー。クランベリーはこの洞窟の何の臭いを突き止めたんでしょうか」
「それはわかりませんね。ただ、スライムの臭いを噛んだクーちゃんがここに来たということはスライムに関連する何かがあるのは間違いないでしょう」
洞窟の中はとても狭くてごつごつしている。雨のせいか湿気で少し滑りやすくなっているので中々危険だ。
「二人共足元に注意するんだ。転んで怪我しても知らんぞ」
「怪我したらライン兄さんに治してもらうからいいですよー」
「こら、ラインの仕事を増やそうとするんじゃない」
洞窟を進んでいると前方から明かりが見えた。アルノーの持っている松明ではない。これは別の光源だ。ということは、ここに人がいるのか?
「……行こう」
私達は意を決して光源の所へ向かった。
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