船に揺られること一時間程。ヘキス海域に突入した。前方から薄っすらととても美しい歌声が聞こえてきた。これがセイレーンの歌声なのだろうか。
「うぅ……」
ロザリーは甲板でブルブルと震えていた。僕はそんな彼女の手をそっと握る。
「大丈夫。僕がついているさ。怖いものは何もない」
「そ、そうだよな。ラインが騎士として戦ってくれる。これ程心強いものはない」
視界が霧に包まれていく。前方に船の形をした影が見える。その船の帆はとてもボロボロでいかにも幽霊船って感じを醸し出している。
歌声も先程と比べて大きくなる。僕達はそのまま引き寄せられるように歌声のする方へと向かっていく。
やがて、霧が晴れて幽霊船が正体を現した。帆にはドクロのマーク。元は海賊船だったのだろう。幽霊船の周りには青い人魂がうようよ漂っている。とても不気味だ。
「もうなるようになるしないか。行くぞ皆! 幽霊船に乗り込むぞ!」
ロザリーは怖い感情を押し殺して団長としての務めを果たそうとしている。僕も負けてられない。ロザリーが頑張れば頑張るほど僕は勇気を貰える。
幽霊船の中には大量の人間の骨がいた。その骨は二足歩行で動いている。恐らく死んでいるのに生きているという訳のわからない状況だろう。
人間が骨となり、モンスターとして転生した姿。通称スケルトン。ここら一帯を牛耳っていた海賊達の成れの果てだ。
「へっへっへ。獲物が来ましたぜ。セイレーンの姐御」
スケルトンに一体が奥にいる女性に話しかけた。女性はとても美しく、キメの細かい長い金髪と赤い目が特徴的だ。海のど真ん中なのに水色の豪華なドレスを着こんでいて、舞踏会にいてもおかしくない出で立ちだ。
「キャプテン・ホルス。あいつらを我々の新しい仲間にしてあげなさい」
「わかりました。姐御」
セイレーンは、一際豪華な服飾をしていて眼帯を身に着けているスケルトンにそう告げた。キャプテンということは、生前はこの海賊団のキャプテンを張っていたのであろう。それが今ではセイレーンの言いなりか。物悲しいものだ。まるで、結婚して妻に頭が上がらなくなった夫のようだ。
紅獅子騎士団の面々が次々に幽霊船に乗り込む。威勢のいい騎士達が先陣を切り、スケルトンに突撃していく。彼らが雑魚のスケルトンを引き付けている内に、僕らが大将のロザリーをキャプテンにぶつける作戦だ。
ロザリーは強い。無敵だ。だから一対一の勝負なら負けるはずがない。この作戦には抜かりがないように思えた。後方からのもう一人の襲撃者に気づくまでは……
後方から一隻の船が僕達が乗っている幽霊船に近づいてくる。なんと船は二隻あったのだ! もう片方の船に目をやると、そこには赤いドレスを身に纏った黄色い髪の女性が立っていた。
女性は顔の左半分を髪で隠していた。待てよ……確か、魔女ジュノーは書簡によると、顔の左半分を火傷していると言われている。まさか、この女の正体は……
「挟み撃ちか!?」
ロザリーがもう一隻の船に気づく。挟み撃ちをされた以上、殿を薄くするわけにはいかない。
「はぁい。紅獅子騎士団の皆さんこんにちは。地獄から蘇った魔女ジュノーです。以後お見知りおきを」
やはりジュノーか。ジュノーの船にはスケルトンが何体か乗っている。ジュノーもミネルヴァ同様モンスターテイマーの力を持っている。決して軽視していい相手ではない。どうするべきだろうか。
「ライン! キミがキャプテン・ホルスと戦い、そしてセイレーンを倒すんだ。私は後方からの脅威……ジュノーをやる!」
「わかった」
こうして、僕達は二手に分かれて戦うことになった。ロザリー無事でいてくれよ。
ロザリーの方にも少し兵を回している関係上、こちらの兵力は少し下がってしまった。だが、泣き言は言ってられない。敵を一体一体確実に倒していき、必ず後方で待機している大将を引きずり出す!
「けひぃ! 食らえ! 色男!」
スケルトンの一体が僕に向かって、短剣をふりかざした。僕はそれを辛うじて躱した。後少し反応が遅れていたら危なかった。
船の上は揺れるから戦い辛い。それは地上戦で戦っている騎士の僕達には不利な条件だった。こいつらは元は海賊で船上での戦いは慣れている。地形で有利なのは明らかに相手の方だろう。
だが、退くわけにはいかない。海賊に遅れを取っているようでは騎士の名折れだ。僕は、クレイモアを握りしめて反撃に出る。
僕はクレイモアを使い叩きつけるようにしてスケルトンに攻撃をする。相手は肉がない骨だ。固いから斬撃は効きづらいだろう。その辺りを考慮しての攻撃だ。
「おっとあぶねえな!」
スケルトンは華麗なステップで僕の攻撃を躱した。今の攻撃は少し大振り過ぎたか。やはりまだまだこのクレイモアでの戦い方は慣れてないな。この一撃を外したのは、実戦での勘というものがまだ染みついていない証拠だろう。
「船の上でそんなバカでかい剣を振り回すなんてアホか? けひひ。船の揺れで体幹がズレて振りまわるのも一苦労だろう?」
確かにクレイモアは大剣の割には軽量な部類ではあるが、スケルトンが持っている短剣に比べればかなりの重量がある。
だが……
「お前を倒すにはこの大剣で十分なんだよ!」
僕は再びクレイモアを振りかざす。スケルトンは回避しようとするが、僕はその回避先を読んでいて、素早くスケルトンに足払いをかけた。
「うお」
バランスを崩したスケルトンの頭部に思いきりクレイモアを叩きつけた。スケルトンの骨は壺のように綺麗に割れて砕け散った。
「よし! まずは一体目!」
僕は初陣にて華麗な勝利を収めた。この調子でいくぞ!
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