ルリちゃんの足の具合はすっかり良くなり、早朝の船便で自分の国へと帰っていった。見送りに行った僕とロザリーは、ルリちゃんからお土産として惚れ薬をもらったけどいらない。僕が貰っても正直使いようがない。ロザリーは何か別のものを貰ったようだけど、何を貰ったかは僕に教えてくれなかった。残念。
メノウの魔導書のことはまだ気になるけど、僕は衛生兵としての仕事がある。そればかりを気にしてられない。
というわけで今日も張り切って仕事をしよう。
◇
僕とロザリーが騎士団の詰め所にいると、詰め所の外に一匹の犬が楔に繋がれていた。犬種はゴールデン・レトリバーらしく結構デカくて毛がふさふさしてて可愛い。
「うわ、何だこの犬は……」
ロザリーは犬に驚いて尻もちをついてしまった。そういえば、ロザリーは子供の頃に犬に追い掛け回されて泣かされて以来犬が苦手だったっけ。特に大型犬が苦手なようだ。
「だ、誰だこんなところに犬を連れ込んだやつは! 私が成敗してくれる!」
ロザリーが帯刀していたレイピアを引き抜き、そこら中にいた騎士に睨みをかける。最早疑わしきを罰せよの勢いだ。
「ロザリー、ライン。おはようございます」
軍師のジャンが僕達に気づいて挨拶をしてきた。僕は挨拶を返したが、ロザリーは挨拶をかえすより早くジャンにレイピアを向けた。
「何の真似です? ロザリー」
「それはこっちのセリフだ! なんだこの犬は! 私が休暇を取る前まではこんなのいなかったぞ!」
「ええ。そうでしょう。あなた方が休暇中にうちの騎士団に配属されたのですから」
犬が騎士団に配属? 奇妙なことがあるものだな。犬は昔、人間の狩猟を手伝っていたと聞いたことがあるけど、まさか軍事的なことにまで関与するとは。
「な、な、なぜだ! 私はそんなの聞いてない! 聞いてないぞ!」
ロザリーはレイピアをそこら中に振り回して暴れている。このままではロザリーの剣で誰かが斬られてしまうだろう。僕はロザリーの剣を掻い潜り、彼女の背後に回り羽交い絞めにした。
「な、何をするライン! 離せ」
「大丈夫。何も怖いことはないよ。僕がついているから」
僕はロザリーの耳元で彼女に聞こえる程度の声で囁いた。それに落ち着いたのかロザリーは剣をしまい、大人しくなった。
「ラ、ラインきゅんがそこまで言うなら……でも犬怖いの……」
いけない。落ち着かせすぎて甘えん坊スイッチが入りかかっている。皆の目の前で甘えん坊になったら彼女の沽券に関わる。
「ロザリー。気をしっかり持って」
「ハッ……そうだ。いかん危ない危ない……」
寸前のところで思いとどまったようで良かった。
「こほん。獰猛な肉食獣を落ち着かせてくれて感謝します。ライン」
「誰が肉食獣だ。お前の肉を食うぞ」
「話を戻しますが、彼の名前はクランベリー。軍用の犬として訓練された騎士です。戦闘力もレイピアを武装した人間並にありますし、鼻も利くし耳もいいので人間では気づかない情報を入手することが出来ます」
ジャンはクランベリーの頭を撫でた。クランベリーはジャンに心を許しているのか尻尾を振って喜んでいる。
「人懐っこい犬ですし、人間を噛まないように訓練されています。しかし、その反面モンスターには容赦しません。指示があれば見つけ次第噛み殺してくれるでしょう」
クランベリーはジャンに頭を撫でられ続けて喜んでいるのか目を細めている。なんだか愛嬌のある犬だな。
「ねークーちゃん。クーちゃん凄いもんねー」
ジャンから今まで聞いたことのない猫なで声が聞こえてきた。いつも敬語を崩さない彼が犬に対して甘やかすような言葉を言っているのが違和感しかない。
「なあ……まさか、その犬を配属させたのは……」
「私です。犬が好きですから」
「やっぱりお前かー! しかも理由が犬が好きだからってどういうことだ! 公私混同するなー!」
ロザリーがまた暴れ始めた。しかも今度は怒る狂っているからさっきよりタチが悪い。こうなってしまっては僕の力でも止めることは不可能だろう。
「ロザリー落ち着いて下さい。クーちゃんは決して人を噛まない賢い犬です。だから犬が苦手な貴女でもきっと大丈夫……」
「信じられるか! 犬は全員野蛮だ!」
クランベリーはロザリーの言っていることを理解したのか、悲しい表情をする。自分がロザリーに受け入れられていないことがわかっているのだろう。犬は人の気持ちに敏感だと言う説があるが、どうやら本当らしい。
「ロザリー。これは我が軍をあげての実験です。軍用犬がどれだけの成果を上げられるのか上層部がデータとして欲しがっているのです。実験に協力すれば我が騎士団の株もうなぎ登り。来年度の予算も増えるかもしれないのですよ」
「ぐぬぬ……予算のことを言われると少し弱い」
団長として騎士団の経理に一枚噛んでいるロザリーとしては、予算がどれだけ大事なものかを身をもって言っているのだ。
「仕方ない。この犬を受け入れよう……ただし条件がある」
「ほう。なんですか」
「その……私もこの機会に犬苦手を克服したい。だからラインと付きっ切りでこの犬の相手をしたい。一人じゃ流石に心細すぎるからな!」
そう来たか……僕は全然構わないけど、ロザリーの犬嫌い治るかなあ……
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