私達はハーピィを付かず離れずの位置を維持しながら走っていた。ハーピィも最初はいいペースだったが疲労したのか飛ぶ速度が落ちている。最初のペースのまま飛ばれていたら今頃追いつかれていたであろう。
やはり飛ぶという行為はかなり体力を使うようだ。私達は最初は馬で逃げようとしたが、馬を走らせればあっと言う間に振り切れて誘導役の囮としての役割を果たすことが出来なかったであろう。馬を置いてきて正解だった。
この本気で逃げて追いつかれるか追いつかれないかのギリギリが丁度いい。逃げているのが不自然にならずに相手に警戒心を与えないで済む。
「ロザリー団長。谷が見えました!」
アルノーの言う通り前方に谷が見えた。後少しで目的地にたどり着く。谷の中ほどには馬が止めてあり、私達はその馬に乗って一気にハーピィから離れる作戦だ。そして、私達がハーピィと引き離れた瞬間に銃士隊の弾丸がハーピィを蜂の巣にするという作戦。ここまでは順調だ。
「アルノー。もう少しだ。気力をしっかり持って走るんだ。大丈夫私がついている! だから安心して走れ」
「はい!」
私達はラストスパートをかける。そして谷の入り口へと辿り着いた。ハーピィ達も追ってきている。後は銃士隊が待機している中ほどまで進むだけだ。
「見て、あそこに馬が見えるわ」
「本当だ……何でわざわざここに止めてたんだろう」
ハーピィ達に馬がいることを気づかれた。まずい、作戦がバレたか?
「まさか私達、おびき寄せられたんじゃ……」
ハーピィが自身の置かれている状況に気づいた。そして、気づいた瞬間に振り返り私達から離れようとする。まずい、作戦失敗か?
「ロザリー団長。どうしましょう。ここまで来て作戦失敗なんて……」
「アルノー! 馬に乗ってこの場から離れるんだ。理想的な位置ではないが後は銃士隊に任せよう。私達がここにいると銃士隊も銃が撃てない!」
私達は急いで馬に飛び乗った。ハーピィ達が谷から離れる前に銃撃で落として貰わなければ困る。私達がここでぐずぐずしていると銃士隊も銃を撃てない。銃の射程距離外に出なければ……
馬を走らせて一気に谷から抜け出す。後方で銃声が聞こえた。銃士隊の攻撃が始まったのだろう。後は銃士隊を信じるのみである。
◇
――時を遡ること十数分前
「隊長。全員配置に着いた」
エミールが俺に報告をする。俺は的確な計算の元銃士隊を谷の上に配置した。これでハーピィが谷底を飛んでいる時に上から狙うことが出来る。
ハーピィが厄介なのは空を飛ぶこと。こちらの攻撃は届かないのに相手は一方的に攻撃をしてくる。それが上を取られるということだ。
だが、それを逆手に取ればこちらにも勝機はある。地形を利用して上を取れれば有利になるのはこちらの方だ。
「後は誘導が上手くいくことを祈るだけだな。まあ、紅獅子騎士団団長のロザリーとエミールの息子のアルノーがいれば大丈夫だろう」
「ああ……」
エミールが浮かない顔をしている。作戦とはいえ、息子を囮にしてしまったことを気にしているのだろうか。
「大丈夫だエミール。アルノーはお前の息子だ。立派にやり遂げてくれるさ」
「そうだな」
「隊長! ロザリー殿達の姿が見えました!」
双眼鏡で様子を見ていた銃士がそう伝えてくれた。決戦の時は近い。
「よし、皆の衆! 銃を構えろ! 気を抜くなよ! ここで失敗したらおじさんが後できつーいお仕置きするからな! お尻ペンペン百回コースだ!」
エミールが胸の辺りで手を組み祈っている。息子が今危険な状態にいるのは親としては気が気ではないのだろう。しかし、銃を扱う上ではメンタルが非常に重要だ。息子の心配をする気持ちはわかるが、そればかりに囚われてはいけない。
「エミール。集中しろ。銃はとても繊細なものだ。心の機微が銃に伝わり、撃ち損じることもある。心を無にして敵を撃ち落とすことだけを考えろ」
「ああ。わかったよ隊長」
ロザリー達が谷の中に突入してきた。それに遅れること数秒後、ハーピィも谷に入り込む。銃を撃つのは谷底で待機してある馬にロザリー達が乗って距離を稼いでからだ。そうでないとロザリー達に銃弾が命中する恐れがある。
俺はハーピィの様子を観察した。このまま順調に前に進んでくれれば集中砲火出来る位置に来てくれる……だが、どうも様子がおかしい。ハーピィが急ブレーキをかけて止まり出したのだ。
そして、谷から引き返そうとする。まずい。感づかれた。このままでは銃の射程距離外から出てしまう。
「隊長! どうしますか? 撃ちますか?」
「いや、まだ撃てない。ロザリー達に弾が当たる可能性がある!」
ハーピィが射程距離外に出るのが先か、ロザリー達が馬に乗って距離を稼いでくれるのが先か。その瀬戸際に今立たされていた。
ロザリー達が馬に乗る。勢いよくスタートダッシュをかけて、その場から離れる。よし、これだけ離れてくれていれば流れ弾に当たる心配はない!
「今だ! 撃てぇー!」
俺の合図と共に一斉に銃の発砲音が谷底に響き渡る。発砲音が反響してとても喧しい。理想的な位置とは違ったが、今のハーピィの位置は十分マスケット銃の射程距離範囲内だ。銃士隊が一斉に撃てば何発かは命中するはずだ。
「あが……」
ハーピィのうちの一匹の羽に銃弾が埋め込まれた。そのハーピィは飛行能力を失い、地面へと墜落してく。
「姉さん!」
もう一匹のハーピィが撃ち落とされたハーピィの心配をして止まって振り返った。その次の瞬間、銃弾が彼女の胸に命中した。
「がは……」
入射角から見ると心臓にはギリギリ達していないであろうが、あの位置に撃ち込まれては最早助からないだろう。
俺達は見事に二匹のハーピィを撃ち落とすことに成功したのだ。
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