クランベリーの目前で僕に犬のように甘えてしまったことで、彼からの信頼が一切なくなってしまったロザリー。これから団を指揮する立場なのに犬に舐められたままで終われないということで、ロザリーとクランベリーの主従関係をわからせてやる必要がある。
犬の生態に詳しいジャンの協力の元どうすればロザリーを尊敬して貰えるかを教えてもらうことにした。
「ロザリー……クランベリーにマウンティングされるとか貴女一体何したんですか……」
ジャンは完全に呆れている。まさかこの短期間で犬に舐められる人間がいるとは思わなかったからだ。
「いいですか? ロザリー。今の所、クーちゃんの中で一番貴女が格下ということになっています。これはわかりますか?」
「うう……あんまり言わないでくれ」
ロザリーは完全にしょげてしまっている。
「その貴女が私達に指示を出したとしましょう。そうするとクーちゃんから見たらとんでもないことが起こるわけですよ。格下の貴女に付き従う騎士達はそれより更に序列が下だと思う。つまり、クーちゃんが自分が一番偉いと勘違いしてしまう危険があるのです」
相対的に考えればそうなる。クランベリーが一番偉い騎士団か……やだな。
「そうなるとどうなるかわかりますか? クーちゃんはこちらの言うことを一切聞いてくれなくなります。なぜなら格下の命令に従う理由はないからです。犬とはそういう生き物なのです。序列というものを叩きこまなければ延々と図に乗る生き物です」
「ジャン……キミは犬好きの割には辛辣なことを言うな」
「ライン。そういうところも愛おしいと思えないようではまだまだですね」
何故か上から目線で物を言われてしまった。別に僕は犬好きを目指しているわけでもないし、ブリーダーになりたいわけでもないから別に構わないのだが。
「というわけで、ロザリー。あなたはクーちゃんの散歩に行ってください。そして彼と信頼関係を取り戻して下さい。はい、これがリードです」
ジャンはクランベリーの首輪に取り付けられたリードの先をロザリーに押し付けた。
「わ、私が犬と散歩だと……まだ苦手を克服できてないのに」
「なら、一石二鳥で丁度いいじゃないですか。クーちゃんに舐められないようにするのと慣れるようになる。両方満たせるなら結果的に良いのでは?」
「さ、散歩だって、私はどうしたらいいのかわからないぞ」
ロザリーは完全に戸惑っている。犬が苦手な彼女が犬の散歩なんて出来るのだろうか。僕は不安になった。
「ジャン。いきなり散歩はハードルが高くないか?」
「いいえ。そんなことはありません。いいですか? ロザリー。散歩の主導権は貴女が握るのです。クーちゃんが行きたい方向に合わせて進むのではなく、貴女の都合で動いて下さい。そこで力関係をわからせてあげるのです」
ジャンはビシっとそう言った。これも騎士団のことを想ってのことだろう。この散歩でクランベリーと信頼関係を築けるかどうかで、今後の騎士団の運命が決まると言っても過言ではない。全員犬より序列が下の騎士団か、ちゃんとロザリーが主体となってクランベリーに指示を出せる騎士団になるかどうかが。
「わ、わかった。よし、やるぞー」
ロザリーは意を決して詰め所を後にして、散歩にでかけた。僕とジャンも彼女についていくことにした。何だか不安だから。
尻尾を振りながら軽快に歩いていくクランベリーに対して、ロザリーはおっかなびっくりしながら進んでいっている。その恐怖の振動がリードを通してクランベリーに伝わってないといいけど。
「こ、こら! そっちに行くんじゃない!」
クランベリーが散歩コースから外れようとするとロザリーはリードを強く引っ張った。ロザリーの力に観念したのかすんなりクランベリーがロザリーの進もうとしている進路に付き従ってくれた。なんだ。案外上手くいきそうだな。
「中々いい調子ですね。ライン」
「ああ。ロザリーのことを心配してたけど、ちゃんと上手くやってくれているみたいで良かった」
それに最初の頃に比べると犬にもだいぶ慣れてきているみたいだし、もう心配はいらないかな。
市場に辿り着いたロザリーとクランベリーの一人と一匹は散歩を続ける。クランベリーが路上の青果店にあるリンゴを物欲しそうな目で見ている。
「なんだ。クランベリー。お前リンゴが食べたいのか?」
クランベリーの口から涎がだらーっと垂れる。
「ぐぬぬ。私には犬にリンゴを与えていいのかどうかわからないぞ」
ロザリーがこちらをチラリと見た。それに対してジャンは「大丈夫だと」手でサインを送った。
「ジャンが言うなら大丈夫だろう。すみませんおじさん。リンゴ一つ下さい」
「はいよ。って、ロザリーじゃないか。いつも皆を守ってくれてありがとう」
「ははは。それが騎士の務めですからね。リンゴありがとうございました」
流石ロザリー。街の人にも慕われているようだ。
「クランベリー。帰ったら一緒にリンゴを食べようか。私はリンゴの皮を剥くのが苦手だからラインに剥いてもらおう」
ロザリーとクランベリーの間に信頼関係が生まれつつあるようだ。良かった良かった。
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