スライムの粘液を大体回収し終わったところで、ロザリー、ジャン、アルノー、クランベリーの三人と一匹が帰って来た。何やら重苦しい雰囲気を感じる。何かあったのだろうか。
「皆。聞いてくれ。このスライム大量発生には黒幕がいた」
黒幕? 騎士達が一斉にざわめく。一体どういうことなのだろうか。
「ミネルヴァとかいう自称モンスターテイマーの女がいた。奴はモンスターと心を通わせる能力を持っているらしい。それでこの湿地帯にスライムを集めてたんだ」
モンスターテイマー。聞いたことがないが、名前から察するにモンスターを使役するのだろう。
「奴はモンスターの力を使って王国の陥落を狙っていると言っていた。私はミネルヴァを許すことが出来ん」
「王国の陥落だって!?」
「そんなの許せるわけないだろ!」
「そうだ! 俺達の手でやっつけてやろうぜ!」
騎士達が次々に沸き立つ。この騎士団に集まったのは皆が国を守るために自主的に集まった者達だ。愛国心の塊のような皆がミネルヴァのように王国を陥落させる人物を許せるわけがないのだろう。
「ああ。私も皆も気持ちは一緒だ。共に王国の敵と戦おうではないか!」
ロザリーはレイピアを天高く掲げた。それに合わせて騎士達も自身の剣を取り出して天に掲げる。皆の目的が一致した瞬間だった。
「私達はこの剣に誓い、王国に仇なす敵を倒す! 皆もついてきてくれ!」
おー! という歓声が湿原に広まる。僕は戦闘員じゃないけど、出来る限り彼らのサポートをするつもりだ。王国の敵は僕らの敵でもある。絶対に許すわけにはいかない。
◇
王都に無事に帰還した僕達はしばしの休息を頂いた。今回の任務は回収作業もありかなり疲れた。ここで休みが貰えるのは非常にありがたいことだ。
とは言っても、僕にはもう一仕事あるんだけどね。いつものようにロザリーに誰もいない場所に呼び出されて彼女を甘やかすという大仕事が。
「来たかライン……」
ロザリーは騎士団の制服から着替えて私服になっていた。あの服は雨に濡れているから洗濯して乾かするもりなのだろう。
「その……今日もよろしく頼む。今日は長い間お預けを食らっていたから溜まっているんだ」
そう言うとロザリーはいきなり僕に抱き着いてきた。髪の毛から少しシャンプーの香りがする。シャワーを浴びてきたばかりなのだろうか。まあ湿地帯は雨でかなり濡れたからね。かくいう僕も最低限のエチケットとしてシャワーを浴びてきたし。
「うぅ……ラインきゅんからシャンプーの香りがする。この匂いしゅきぃ……」
ロザリーが背伸びをして僕の頭皮に顔を近づけて匂いを思いきり嗅いでいる。匂いを思いきり嗅がれると少し恥ずかしい気持ちになって嫌だけど、ロザリーのためだ。我慢しよう。
「あのね。ラインきゅん。スライムとってもべたべたしてて気持ち悪かったの。ロザリーの体にもスライムの粘液が少しかかっちゃったんだ」
「そうか……それは大変だったね。でもよく耐えて頑張ったね。ロザリーは良い子だ」
「えへへ。本当? ロザリー良い子? えへへー。ラインきゅんに褒められて嬉しいな」
ロザリーが頑張っているのは事実だ。そのお陰で紅獅子騎士団が維持出来ていると言っても過言ではない。ロザリーなしの騎士団なんて考えられないからね。だからこそ、僕はロザリーを支えたいと思っている。彼女の精神的な負担を少しでも軽くしてあげるために。それが、戦えない僕に出来る最大限のことだ。
「ねえ……ラインきゅん……ラインきゅんは何があってもロザリーのこと守ってくれるよね?」
ロザリーが少し声のトーンを落としてそう言ってきた。甘えん坊の時の彼女は普段より声が高いのだが、それよりは少し低めの声だ。何やらシリアスな雰囲気が僕に伝わってくる。
「ああ。ロザリーのことは何に変えても守るよ」
僕はロザリーを優しく抱きしめた。今のロザリーは何か不安なことを抱えているに違いない。その不安を少しでも取り除いてあげたい。もっと甘やかしてあげたい。僕と二人きりでいる時くらいは何の悩みも持たないで欲しい。僕はとにかく彼女を癒したくて仕方なかった。
「モンスターテイマーのミネルヴァ……私達の敵が現れたんだよね……もし、ミネルヴァの思惑通りに王国が陥落したら私達どうなっちゃうんだろう」
普段のロザリーなら絶対に言わないような弱音だ。もし、他の騎士がその言葉を吐いたら、普段のロザリーなら「そうならないようにするために私達が戦うんだろ! 気合を入れろ!」とでも発破をかけているだろう。普段のロザリーが真っすぐブレないで未来を見つめていてくれるから紅獅子騎士団の皆は戦えているのだ。
僕はロザリーの弱音を聞いて嬉しく思った。他の騎士には絶対に見せない。僕にだけ見せる彼女の弱み。僕なら彼女を軽蔑したりしない。僕なら絶対に芯がブレない。そういう風に僕を信頼してくれているんだろう。
「大丈夫だよロザリー。キミには紅獅子騎士団の皆がついている。勿論僕もね。皆がいれば絶対に負けることはない。だから負けた時のことなんて考えなくていいんだ。何てったってキミの率いる紅獅子騎士団は最強だからね」
「うん……ありがとうラインきゅん。ロザリー絶対に負けない!」
ロザリーは僕の腕の中で目を瞑り、僕の温もりに包まれて安心したような表情を見せる。これで彼女の不安が取り除かれればいいんだけど……
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