ロザリーを始めとする騎士は隊列を組んでリザードマンを迎え撃とうとする。僕は騎士ではないので、その隊列に入っては却って邪魔になる。よって、僕が取れる行動は一つしかない。
僕はナイフを取り出して、後方に下がり泉にいるアルラウネに向かって走り出した。アルラウネは戦闘力に優れたモンスターじゃない。僕でも倒せる相手だ。
「え? ちょ、ちょっと。タンマ! そ、そんな物騒なものこっちに向けないでよ!」
アルラウネは僕のナイフを見て慌てふためきだした。自身の根っこ状の腕をぶんぶん振り回して、僕を近づけさせないようにしている。
腕はそこまで長いわけでもないし、アルラウネの足は根っこになっていて走力もそんなにない……射程距離内に入ってくる意思も見せないし、もしかして戦わなくて済む相手なのでは……
「あのさ、質問していいかな?」
「は? 人間が気安く話しかけないでよ」
やはり、人間とモンスターは相いれない存在だ。こちらが友好的に接しようとしてもモンスターは人間を毛嫌いしている。彼らと心を通わせられるのはモンスターテイマー以外いないのだ。
僕がこれ以上近づいてこないことを察してアルラウネは腕を振り回すのを辞めてゆっくりと泉の中から出てきた。本当に亀のように遅い。足が根っこ状になっているから仕方のないことだけど。
「全く……折角の水浴びを邪魔されて最悪なんですけど……これだから人間は野蛮で嫌いなんだよ」
アルラウネは完全に油断している。僕はナイフを構えた。一瞬の隙をついて、ナイフで頭の花を削ぎ落して入手しよう。
ゆっくりと警戒されないように近づく。肉食獣が草食動物を狩るように慎重に射程距離を見極めながら……後少し……
今だ! 僕は一気に距離を詰めて、アルラウネの頭部の花を斬り落として、それを奪い取った。アルラウネは一瞬何が起きたかわからない顔をしていたが、その顔はみるみるうちに歪んでいき、目からは涙が溢れだした。
「う……い、痛い! 痛いよお! な、なんでそんなひどいことするの! わーん!」
アルラウネが泣きじゃくっている。アルラウネは植物モンスター故に痛覚が鈍いがそれでも頭の一部を斬り取られたら泣き叫ぶほど痛いのであろう。
「そ、その花は大切な取引の材料なのに、ひどいよー!」
泣きじゃくっていたアルラウネに気づいたミネルヴァはこちらを睨みつけてきた。
「ライン! 貴方何てことしてくれたの! リザードマン達! あの衛生兵から花を奪って!」
「御意!」
ロザリー達と戦っていたリザードマンは一斉に僕の方に向かって来た。まずい。この花を渡すわけにはいかないが、あの数のリザードマンを相手にすることは出来ない。
「させるか!」
ロザリーは自身と対峙していたリザードマンの一瞬の隙を突いて、背後からレイピアで突き刺した。急所を的確に刺されたリザードマンはその場でぐったりとしてロザリーが剣を引き抜くと同時に地面に伏せることになった。
「皆! ラインの護衛に回れ!」
四匹のリザードマンが僕に襲い掛かってくる。しかし、アルノーがいち早く回り込んで僕とリザードマンの間に立ち、レイピアでリザードマンの剣を防いでくれた。
「ライン兄さん! 大丈夫ですか?」
「ああ。こっちは大丈夫だ」
アルノーは四匹の猛攻をレイピアで弾くという神業を見せつけて来る。しかし、防御に手一杯でアルノーからは攻撃することが出来ない。膠着状態が続いている中、二匹のリザードマンが急に倒れた。
「おら! 手助けしてやったぞ!」
二人の力自慢の騎士が背後からリザードマンを斬りつけて彼らを倒したのだ。アルノーと二人の騎士に挟まれたリザードマンは戸惑い、その隙を突かれてあっと言う間に全滅をしてしまった。
「な、わ、私のリザードマン部隊が」
「観念しろミネルヴァ!」
ロザリーがミネルヴァの所に駆け寄る。身体能力が優れているロザリーから、ただの女性であるミネルヴァが逃げ切れるわけがない。これはついに決着のときが来たか。
そう思っていたのも束の間、地面から蔦が生えてきてロザリーの足に絡まった。足止めを食らったロザリーはその場で転倒して顔を思いきり地面に激突させた。
「ぐへ」
「あらら。紅獅子騎士団の団長様が随分と無様な姿をしてること。貴女が無様にすっ転んでいる間に逃げさせてもらうね」
一体何が起きたと言うのだろう。蔦……まさかと思い僕はアルラウネの方向を見た。アルラウネは地面の中に自身の手を突っ込んでいたのだ。やられた。アルラウネは植物を成長・操作を自在に行う力を持っている。ミネルヴァを逃がすためにロザリーの足止めをしたのだろう。
「へへん。いい気味ね人間ったら。それじゃあね」
それだけ言うとアルラウネは泉の中に飛び込んで浮上することはなかった。今はアルラウネに構っている暇はない。転んだロザリーの手当てをしないと。
「ロザリー。大丈夫か?」
「ロザリー団長! 怪我はないですか?」
皆がロザリーのことを心配して駆け寄った。ロザリーは起き上がり笑顔を見せた。
「ははは。これくらい大したことないさ。それより、ライン以外の皆は早く村に戻ってくれ。私はこの転んだ怪我をラインに診てもらってからいく」
「はい。わかりました」
アルノー達が村に向かって姿が見えなくなったのを確認した後に、ロザリーは急にぐずり始めた。
「ぐす……痛いよぉ……ラインきゅん。痛いの痛いのとんでけーして」
「わかったよ、ロザリー。痛かったよね? うんうん。皆の前で我慢してえらいえらい。痛いの痛いのとんでけー」
やっぱり顔を強打したのは相当痛かっただろう。可哀相に。ロザリーの痛みが引くまでもう少しだけ傍にいてあげよう。
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