私は事の顛末をルリに話した。コハクとザクロの正体が雪女であったことを。ラインは今、北北西にある洞窟にいるということを。
「その木のある場所なら知っているよ。一緒に行こう」
ルリは一緒に付いてきてくれることになった。私とルリは馬に乗り、ラインがいる洞窟へと向かった。
私は馬を全速力で走らせる。こうしている間にもラインの命は刻一刻と削られているかもしれないのだ。早く会いたい。出来るだけ早く。顔が見たい。
雪山はとても険しくて中々思うように進めないけれど、この山に詳しいルリが出来るだけ楽なルートを選んでくれている。この山に詳しいルリがいなかったら、私は今頃遭難していたかもしれない。
小一時間程馬を走らせただろうか。目的の木のある場所へと着いた。
「この近くに洞窟があるんだな。よし、探すぞ」
私は馬から降りて周りを探索し始める。ライン。もう少しで会える。だから待っていてくれ。
◇
体が凍えている……手足が氷に包まれて動かすことが出来ない。こうやって僕は徐々に氷漬けにされて死んでしまうのであろうか。周りには氷漬けにされた何人もの男性がいる。あの雪女達が帰って来れば僕もその仲間入りをしてしまうのであろうか。
昨日の夜、僕は雪女に襲われた。最初の一人は正々堂々と真正面から入って来た。そっちに気を取れてていて、背後の窓から侵入してくるもう一人の雪女に気づかなかった。挟み撃ちにされた僕はそのまま手足を氷漬けにされて、この洞窟へと運ばれてしまったのだ。
ロザリー……ごめん。僕はここで死ぬかもしれない。こんな異国の地に一人にして罪悪感を覚える。寂しがりやの彼女のことだから、僕がいなくなったら泣くだろうな。もうロザリーを慰めてあげることも出来なくなるのか。
「おーい! ラインー!」
ロザリーの声が聞こえる。幻聴か。いよいよ僕の身も危なくなってきたな。
「ライン! 良かったいた! 待ってろ。今助けるからな!」
ロザリーの姿が見える。ついに幻覚まで見え始めたか。低体温症の症状か……もう僕はおしまいだな。
「ひ、はは……あはは……」
僕は助からない運命を嘆き自嘲的に笑うのであった。錯乱状態……それも低体温症の症状の一つだ。
ロザリーが僕に近づく。彼女がいつも付けているミルクの匂いのする香水が僕の鼻孔をくすぐる。なんだこの感覚は……まるで本物みたい。
ロザリーの手が僕の頬に触れる。暖かい。人肌の暖かさで僕は正気を取り戻していく。
「ロザリー! どうしてここが分かったの!?」
ロザリーは僕の質問に答えるより先に、僕に抱き着いてきた。暖かい。手足を縛りつける氷は溶けないけれど、僕の不安で冷え切った心は温かくなった。
「こんなに冷たい体をして……待ってろ。今すぐ、この忌まわしい氷を打ち砕いてやる!」
そう言うとロザリーは僕の手足を縛りつけている氷を思いきり蹴り飛ばした。その衝撃で氷にヒビが入る。そのままもう一度蹴ると氷が粉々に砕け散った。流石のパワーだ。
「ほら、毛布を持ってきた。これに包まって少しでも温まるんだ」
ロザリーは僕に毛布を被せてくれた。そして、僕に抱き着いてすすり泣くのである。
「良かった、ラインにまた会えて……もう二度と会えないんじゃないかと思った……」
「心配かけてごめん」
ロザリーの頭を撫でてあげたいけれど、今の僕は手が凍えていて上手く動かせない。思いきり甘やかすのはまた後だな。
◇
救出された僕は才霊寺院に戻り、そこで少し体を休めた。暖かい部屋でゆっくりと休み、失った体力を回復させる。
幸い手足を含めて僕の体には後遺症のようなものは残らなかった。もう少し救出が遅れていたら僕の手足は凍傷により、切断せざるを得なくなっていたかもしれない。そう思うとぞっとする。
体力が完全回復した僕は、ロザリーと一緒にヒスイ大師の元へと向かった。
「ライン殿。ロザリー殿。二人共すまなかった。まさか私の弟子に妖怪が紛れ込んでいたとは……今後はこのようなことがないように、弟子の身辺調査はきちんと行うようにしよう」
ヒスイ大師は深々と頭を下げた。
「そうだぞ! 全く。ラインの命に別状がなかったから良かったものの、一歩間違えば取り返しのつかないことになっていたかもしれないんだぞ!」
「本当に申し訳ない」
「ロザリー。もういいよ。僕は結果的に僕が無事だったんだから。それに二人掛かりとは言え、雪女に負けた僕も悪い」
「むー。ラインがそう言うならいいんだけどな」
それにしても、人間社会に溶け込んでいる妖怪か。僕の国にもいたな。人間社会に溶け込んでいるモンスター……ヴァンパイアのユピテル男爵。奴ともいずれは決着をつけなければならない。
「ねえ、ロザリーとラインはこれから帝都に行くんでしょ? 私も着いていっていい?」
ヒスイ大師の隣にいたルリが話しかけてきた。
「ああ。構わないぞ。私達はここの地理に明るくない。この国の人間がいた方が安心できる」
「やったー。また帝都に行ける。帝都はお洒落な街だし、また行ってみたかったんだよね。剣術大会開催までまだ日数はあるから、その間帝都観光でもしようよ」
「そうだね。観光も悪くないかもね」
僕はルリに同意した。折角、異国の地に来たんだから何もしないで帰るというのもつまらない。観光もして楽しんでいこう。
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