朝、目が覚めた。東洋に着いてからの初めての朝だ。この部屋はとても寒くて、毛布に包まっていなければ凍えてしまうほどであった。私は寒さには強い方だとは思っていたが、やはり雪山の夜は厳しいものがある。
窓から朝日が差し込む。外を見ると一面の雪景色。とても爽やかな朝だが、妙に胸騒ぎがする。何だこの首筋の後ろにべったりと、こびり付くような違和感は……
早くラインに会いたい。会って安心したい。彼がいれば、この世の全ての不安が取り除かれる。そんな気がする。幼い頃から私に良くしてくれていたライン。私を甘えさせてくれるライン。私の全てを受け入れてくれるそんな大切な存在。
私はすぐに部屋を飛び出して、二階へと上がった。確かラインは一番奥の部屋にいると言っていた。私は足早にラインのいる部屋を目指した。
二階に上がった私はとんでもないものを目にした。なんと一番奥の部屋の扉が破壊されていて、破片が飛び散っているのではないか。ラインの身に何かあったんじゃないかと思い、私は急いで駆けつけた。
結論から言うと部屋なもぬけの殻だった。部屋には争った跡があった。壁や天井には剣で付けられたかのような傷がある。畳には血が飛び散っている。ここで戦闘があったのだろうか。まさかラインの血ってことはないよな?
何者かがラインの部屋に侵入したのだろうか。部屋の中央にある窪みには完全に燃え切っていない燃えカスが落ちている。火がついている途中で何者かに消されたのだろう。
これは一体どういうことだろう。とにかくラインを探そう。もしかしたらまだ近くにいるのかもしれない。
そう思って私はラインを探しに外に出ようとする。勢いよく外の飛び出そうとしたら、若い女の「きゃ」と言う悲鳴と共に何かにぶつかった。
「いたた……ロザリーどうしたの?」
ルリは私にぶつかった衝撃で思いきり後方へと吹き飛ばされていた。すまない。無駄にパワーがあってすまない。
「む、ルリか……すまない。ラインを見なかったか?」
私は藁をもつかむ思いでラインの居場所を尋ねた。しかしルリの返事は残酷なものであった。
「ライン? 知らないよ。ラインがどうかしたの?」
「実は……ラインの部屋に入ったのだが、部屋には誰もいなかった。それと部屋には争った跡があってな……」
改めて状況を整理すると絶望的な状況である。ラインもブランクがあるとはいえ、腕が立つ騎士である。そのラインを倒して拉致した人物がいるのであろうか。そんな人物は考えづらい。ここにはか弱い女しかいないはずだ。ラインが武術の心得がない女に負けるはずがない。
「何だって……最悪だ。もしかしたら、ラインは雪女に連れ去られたのかもしれない」
「雪女? 何だそれは?」
「この地帯にいる妖怪のことだよ。奴らは気に入った男性を見つけると、氷漬けにして自分の住処に持ち帰る習性があるんだ。もしかしたらラインはその雪女に狙われたのかも」
まあ、ラインはいい男だからな。雪女が狙うのも分かる気がする……じゃない。そんな呑気なこと言ってる場合か! しっかりしろ私!
「その雪女伝説があるせいで、ここら一帯は男性の立ち入りがなくなったんだ。だから雪女は完全に男日照り状態。何が何でもラインを捕まえようとしただろうね」
「その雪女の住処とやらはどこにある?」
私のラインに手を出すとは余程の命知らずがいたようだ。地獄を見せるだけでは気が済まない。二度と輪廻転生しないように、地獄の最下層へと送ってやらなければ。
「ごめん。雪女の住処はわからないんだ。この山はとても広い。まだ人が足を踏み入れていない場所が沢山あるから」
「そうか……」
なんてことだ。このままではラインが凍えてしまう。でも必ずキミを助け出してみせる。待っていてくれライン!
私はレイピアとラインから貰ったマン・ゴーシュを持って駆けだした。
「ちょっと待ってロザリー! どこ行くの!」
ルリの制止で足を止める。
「ラインを助けに行くに決まっているだろう」
「無茶だよ。こんな雪山をそんな装備で探索したら遭難するに決まっている。それにラインを探すアテはあるの?」
確かにルリの言うことは尤もだ。ラインがどこにいるのかわからないのに、この山を探し回るのは自殺行為であろう。
「でも……ラインが私の助けを待っているんだ。早く助けないと……」
私は完全に焦っていた。ふとルリの表情を見る。ルリの表情は明らかに暗くなっていて、俯いている。この表情を意味することは一つしかない。
「ルリ。今までに雪女に連れ去られて帰って来た奴はいるのか?」
ルリは何も答えなかった。その沈黙が答えなのだろう。
「ごめん、ロザリー……私がこの山にラインを連れてこなければこんなことには……」
「私は諦めないぞ!」
例え雪女の正体が掴めなくても、住処がわからなくても、ラインに勝つ程強くても、諦めるわけにはいかない。だって、ラインは私の大事な人だから。ラインのいない世界なんて考えたくない。もう嫌だ。これ以上、誰かを失うのは……お父さん……ロザリーに力を貸して。
「とりあえず、事情を大師に話そう。きっと知恵を貸してくれるかもしれない」
「わかった」
私達は大師がいる本堂へと向かっていった。本堂の入り口には昨日、出会った二人の若い女がいた。確かこいつらはラインをじろじろ見てたよな? 嫌な女達だ。
「あれ? コハクとザクロどうしたの? 腕に包帯なんか撒いちゃって」
ルリが二人の女に話しかけた。確かに二人は昨日、腕に包帯を巻いてなかった。昨夜の内に一体何があったのだろうか。
「えへへ。ちょっと怪我しちゃって」
「二人揃って?」
「うん」
二人揃ってドジな女もいたもんだ。今はこんなドジ女に構っている暇はない。さっさと大師に話をしにいこう。
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