才霊寺院の入り口には二人の白装束を身に纏った若い女性がいて、僕達を出迎えてくれた。年齢はルリと同い年くらいだろうか。何故か僕の方をジロジロと見ている。何か見られているとむず痒いというか嫌な気分だ。僕何かしたのかな?
若い女性二人は東洋の言葉を使った後に深々と頭を下げた。それに対して、ルリも東洋の言葉で返した。言っていることは理解出来ないけれど、ルリはここではかなり偉い立場らしい。二人の女性が丁寧に接しているのに対して、ルリは特に無遠慮な様子だ。
ルリと女性達の会話が終わった頃、ルリがこちらに近づき耳打ちをした。
「ロザリーとラインを歓迎してくれているみたい。ここは女性の修行場で男性が立ち入ることはないんだけど、特例でラインは入っていいみたいだよ」
「そうなんだ。何か悪いな……」
特例と聞くと何だか申し訳ない気持ちになってくる。別に僕自身が悪いことをしているわけではない。けれど、本来のルールを捻じ曲げてしまったことには変わりない。
「さっきもラインのことをジロジロ見てたと思うけれど、あの子達にとって男の人は珍しいものだから許してあげてね」
「なんだ。そんな事情があったのか」
訳も分からず、ジロジロ見られるのは不快な気持ちになる。だが、きちんと理由があるなら納得は出来る。
「それより急に東洋の言葉が出てきてビックリしたぞ。あの二人に話しかけられた時はどうしようかと思った」
ルリがペラペラと喋っている中、僕の隣でロザリーは青ざめていたからね。
「驚かせちゃってごめんね。でも、これから会う大師は西洋の言葉を学んでいるから普通に話せるよ」
「それは助かる。私は東洋の言葉はさっぱりだからな」
女性がルリに近づいて、再び東洋の言葉を話す。僕には言っていることの一パーセントも理解できない。
「それじゃあそろそろ準備が出来たみたいだし行こうか」
僕達は女性に付いていった。そして、豪華な装飾がされた部屋に案内される。壁の一面に金箔が塗られていて、部屋の一番奥には木彫りの像が立てられていた。
その部屋の真ん中に目を瞑っていた一人の年老いた女性が鎮座していた。女性は物音に気付いたのか、ゆっくりと目を開き立ち上がった。
「ルリか。よく帰って来たな。西洋の文化は勉強してきたのか?」
「いえ。まだ勉強している途中です。本日は相談があって、この国へと帰ってまいりました」
「そうか……そちらのお二人は西洋人ですかな? 顔つきが東洋人のそれとはかけ離れている」
年老いた女性は自身の顔の皺を指でなぞり、僕達をまじまじと見ている。そんなに西洋人が珍しいのだろうか。
「あ、はい。私は西洋の王国の騎士団長をしているロザリーです。よろしくお願いします」
「その騎士団の団員のラインです。最近までは衛生兵をしてましたが、騎士に転向しました」
僕達は簡単な自己紹介を済ませた。女性は僕を見てニッコリと笑った。
「ふふ。若い殿方は久しぶりに見たねえ。この山奥は女の修行僧しかおらんて」
「この人はヒスイ大師です。この寺院で一番偉いお方。くれぐれも失礼のないようにお願いね」
ヒスイ大師はこの寺院で一番偉いということは、かなり修行と徳を積んでいるのであろう。その風格というかオーラがどことなくにじみ出ている。
「ヒスイ大師。実はお願いがあってきました。こちらのお二方に水龍薬を譲っていただきたいのです」
ルリは単刀直入にそう言った。するとヒスイ大師は顎に手を添えて何やら考え込んでいるようだ。
「何故、水龍薬が必要なのだ? 人類は陸上で暮らす生き物。水中に行ったところで何もいいことはあるまい」
理由を問われた。まあ当然であろう。水龍薬は本来は門外不出のものみたいだし、そう簡単に部外者である僕らに渡すことは出来ないだろう。
「王国を救うために必要なのです。私の国には、ミネルヴァという魔女がいます。彼女は水龍薬の材料を集めてそれを作ろうとしているのです。奴が水龍薬を使って何を企んでいるのか……正確な所はまだわかりません。しかし、私達には必要なのです。水龍薬を手に入れたミネルヴァに対抗できる力が」
ロザリーは嘘偽りない事情を説明した。それを聞いたヒスイ大師は再び考え込んでしまう。
「水龍薬は本来、門外不出のもの。国内であっても、自由に持ち運びするのは好まれないのに、ましてや国外の西洋に持ち出すなんて考えられない」
「そこをなんとか!」
やはり無理か。ここまで来て無駄骨は流石に嫌すぎる。何としてでも説得したい。そう思っていたら、ヒスイ大師の口からとんでもない言葉が出てきた。
「まあ、水龍薬は既にここにはないんだがな」
全てがひっくり返ったかのような衝撃。まさかの水龍薬不在に僕は思わず口をあんぐりと開けてしまった。僕は思わずルリの方を見る。ここにあるって行ったじゃないですか!
「え、ええ!? ヒスイ大師! 水龍薬どうしちゃったんですか?」
「いやあ。実はな。数日前に皇帝の使いがここに来てな。剣術大会の賞品を献上してくれとうるさくてな。メノウの予言で作った魔法のアイテムが欲しかったんだろう。だから、つい、水龍薬を渡してしまってな」
「ついじゃないでしょうが!」
ルリはヒスイ大師に対して憤慨している。門外不出のものをあっさりと渡してしまったことに対する怒りだろうか。
「いや。でも上の命令には逆らえないし。だって帝だぞ?」
「そ、それはそうだけど……よりによって水龍薬を渡すなんて……適当に媚薬でも渡しておけば良かったじゃないですか! アレなら作るのに手間もかからないし」
「いやー。あのピンク色の玉も在庫がなくてな。私も夜に一人寂しい思いをすることがあるから……つい」
「ついじゃないでしょうが!」
何なんだこのヒスイ大師とかいう人は……とんでもない人だな。でも、この歳で媚薬が必要になるってそれはそれである意味凄いと思う。何の用途に使ったのかは考えたくないけれど。
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