僕とロザリーはいつものように剣術の稽古に励んでいた。今日は師匠が用事があって出掛けているので、僕とロザリーの二人だけだ。
ロザリーが「せい! やあ!」という掛け声と共にレイピアで刺突の訓練をしている。最初の頃はぎこちなかった動きも段々と洗練されてきて、僕のそれと見劣りしないくらいにまで成長していた。
「いい調子だロザリー。キミは剣術の才能があるんじゃないか?」
「え? そ、そうなの……嬉しい」
ロザリーの顔がわかりやすく赤くなった。褒められて照れているのだろう。本当に可愛い子だ。
「あ、あの……ラインきゅん? ちょっといいかな? お願いがあるんだけど」
「何? 僕に出来ることだったら聞くよ」
「その、褒められて嬉しかったから、頭撫でて欲しいな。そしたら、ロザリーはもっと嬉しくて幸せな気持ちになれるから」
伏し目がちでそう言うロザリー。僕の答えは決まっている。こんなの迷う必要すらない。
「いいよ。最近のロザリーは頑張っているからね。それでロザリーが喜んでくれるなら、いくらでも頭を撫でるよ」
ロザリーの顔が明るくなる。まるで花が咲いたかのようなその笑顔を見ていると僕まで嬉しくなった。
ロザリーの頭の上に手をのせる。彼女のふわりとした感触の髪の毛が心地いい。このまま髪の毛をもふもふしたい衝動に駆られるが、我慢しよう。これはロザリーへのご褒美。彼女が満足するまで頭を撫でてあげよう。
「あうぅ……ラインきゅんの手いいよぉ……」
ロザリーは目を細めている。そんなに僕に撫でられて嬉しかったのか。彼女はまだ父親を亡くしたばかりで精神的に不安定な所もあるだろう。だから僕が支えてあげないと。
「ラインきゅんごめん……」
そう言うとロザリーは僕に抱き着いてきた。僕の体は女の子特有の柔らかい感触に包まれる。初めての経験に僕は衝撃を受けた。世の中にこんなに柔らかいものがあったのか。
「ごめんね……ごめんね……我慢出来なくてつい……」
ロザリーは僕に謝りながらも抱き着くのをやめない。謝られてはいるものの僕は嫌な気分はしなかった。人間生きていれば誰かに抱き着きたくなる時はあるだろう。それが甘えん坊な彼女なら猶更だ。僕はそれを受け入れてあげることにした。
ロザリーに抱き着かれている間も僕は撫でるのをやめなかった。ただひたすら撫で続ける。撫でる度にロザリーを愛おしいと思う気持ちが増してくる。この子を守りたい。僕の中でその気持ちが芽生えていく。
「ロザリー。辛い時はいつでも僕に甘えていいんだよ。僕はロザリーの味方だ。誰が敵になったって僕はロザリーを守る。例え世界を敵に回すことがあっても」
今思えば、僕はこの時のロザリーにエリーを重ねていたのかもしれない。僕のことをお兄ちゃんと呼び、慕ってくれた女の子。いつも面倒をみてあげていたけど、もう彼女のために何もしてあげられない。ロザリーを甘やかすのはその代替行為なのかもしれない。
追い詰められていくエリーを救えなかった罪悪感。それを父親を亡くして家族が誰もいないロザリーの心を安らげてあげることで拭おうとしているのだ。
僕は自分が思うようないい人ではないのかもしれない。結局、ロザリーの辛さを和らげてあげたいという気持ちよりも、自分が救われたいという気持ちの方が勝っているのだ。
もし、ロザリーが僕に甘えるのを辞めたら僕はどうなるのだろう。誰の心も癒すことが出来ないちっぽけな人間になってしまう。エリーを救えなかった事実だけがナイフのように僕の心を抉り続ける。そんな毎日を送ってしまうだろう。
僕はロザリーに会えて本当に良かったと思った。自分に甘えてくれる女の子。それがいるだけで、僕は自分に価値を見出せる。まだこの世に存在してもいいんだと思える。
◇
それからも僕とロザリーの生活は続いた。二人はやがて成長していく。ロザリーの小さかった背はみるみるうちに大きくなり、いつの間にか女性の平均身長を超えて、一般的な成人男性より少し低い程度に落ち着いた。
「むー。最近身長の伸びが止まったような気がする。伸び始めた頃は、ラインの身長を超すかもしれないとワクワクしたものだがな」
「ははは。僕は超されなくて良かったと思うよ」
ロザリーの口調も変わった。最初の方はオドオドとして如何にもメンタルが弱そうな子だった。しかし、剣術の修行を続けている内に自信がついたのか、女騎士らしい口調になっていった。けれどもロザリーは騎士になるつもりはないようだ。剣術が優れていても彼女は戦いは好きではないのだ。
「ロザリーが僕よりでかくなったら、こうやって甘えさせてあげることが出来なくなるからね」
僕はロザリーを抱き寄せて、彼女の頭と僕の胸板を密着させた。すると、ロザリーは恥ずかしさからかもじもじとし始めた。
「も、もう……ラインきゅんは……ロザリーを喜ばせてどうするつもりなの……」
甘えん坊になる時は今までと口調は変わらないようだ。口調が変わったのはあくまでも表面を取り繕う時だけで、本質的な中身はそのままなのだ。
「そういえば、ラインは今日が初任務だったな」
「ああ。そうだね」
僕は騎士になり、不死鳥騎士団に所属することになったのだ。
「念願の騎士になれて良かったな。ライン」
「そろそろ時間だ。それじゃあ行ってくるよ」
こうして僕は不死鳥騎士団の初任務に参加することになった……ただ、この任務で不死鳥騎士団は壊滅し、僕は騎士の道を諦めることになってしまった。
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