スライム討伐要請が来てから三日後、作戦決行の日がやってきた。僕達、紅獅子騎士団はリュナ湿原地帯を目指して馬に乗って大移動をした。湿原は今は雨季に入っていて、今日も雨が降っているとの情報だ。雨の日はスライムの力が増大しているのでかなり危険だ。
ロザリーもそれはわかっていることであろう。父親を殺した相手であるスライムの生態についてはロザリーは人一倍詳しい。そういう意味では、今回の討伐の任はロザリーは適任かもしれない。
王都から馬を走らせること三時間半。僕達はリュナ湿原地帯へと辿り着いた。ここから先は|泥濘《ぬかるみ》が激しく、馬での走行は困難だ。一歩一歩人間の足で進む必要がある。
「ここから先は私とアルノーが先陣を切って進む。皆も後ろからついてきてくれ!」
ロザリーが団全員に行き渡るほどの透き通る声で号令をかける。団の皆も雄たけびを上げて返事をする。スライム討伐に向けてかなり気合が入っているようだ。
それに対して前方にいるアルノーは少し委縮してしまっているようだ。緊張でもしているのだろうか。
「どうしたアルノー? 気合が足りないのではないか?」
ロザリーがアルノーの肩をポンと叩いた。アルノーはそれに対してビクっと体を震わせる。
「ロザリー団長……俺今日のこの日のために特訓を頑張ってやってきました……でも、もし俺の剣が通用しなかったらと思うと……」
アルノーが前線に立って戦うのは初めてのことだ。相当気負っているのだろう。ロザリーはそんな彼の背中を叩いて励まそうとする。
「ははは。アルノー。気持ちはわかる。私も最初の戦いの時は怖かった。でも、なんとかなって今こうしてここにいる。アルノーも大丈夫さ」
最初の戦いの時か……ロザリーは今でも戦いの前は怖くて不安に押しつぶされそうになっているのに、それを隠している。アルノーの前で弱みを見せない。頼れる団長でいることで彼を勇気づけようとしている。本当に立派だよロザリーは……
「団長ありがとうございます! 俺勇気が出てきました。俺の剣で一匹でも多くのスライムを倒してみせます」
アルノーは完全にやる気になったようだ。良かった。
◇
湿原を南西に進むこと一時間、ついに川を渡るための橋が見えてきた。一部のスライム達がこの橋に住み着いていて、外敵を排除しようとしている。いわば、このスライム達は見張りの兵というわけだ。
橋の中央に水色のぶよぶよしたゲル状のモンスターがうねうねと|蠢《うごめ》いている。これがスライムだ。
スライムは橋の上だけでなく、手すり部分にもへばりついているのもいて、横方向からの襲撃にも気を付けなければならない。ロザリーもアルノーもそれを確認して承知しているだろう。
「よし、皆。私が合図するまで橋を渡るな。ここで待機しててくれ。万一私かアルノーがやられることがあれば後方の騎士と入れ替えを行う。そうして確実にこの橋を突破するぞ」
ロザリーとアルノーの後方に待機している騎士達もウォーミングアップを始めている。いつでも入れ替えられるように準備をしているのだ。尤もそのような事態が起きないことが一番だが……
「よし、行くぞ! アルノー!」
「はい!」
ロザリーとアルノーは橋を渡り始めた。剣を構えてスライム達がいる地点まで一気に走り抜く。
スライム達も二人に気づいたのか、身構えているようだ。ぷるぷるとした形状の体が少し強張り固くなる。これがスライムが戦闘態勢に入った証拠だ。
「でや!」
ロザリーが掛け声と共にスライムに突き攻撃を食らわせようとする。スライムは体を硬質化してそれを防ごうとするが、硬質化するよりも早くロザリーの剣がスライムの核を貫く。
体を貫かれたスライムはその場で穴をあけられた水風船のように破裂して、その場には水だけが残った。まずは一匹。ロザリーの勇ましい一撃により倒すことが出来た。流石はロザリーだ。この戦いが終わったらうんと褒めてあげないと。
「俺だって!」
アルノーが素早い剣技でスライムの核を突いた。スライムは最早アルノーの高速の剣に対応することすら出来ずにその場で破裂して散っていく。凄い。スピードだけならアルノーはロザリークラスの実力はあるようだ。
「よくやったアルノー! だが油断するな。まだまだ数は多い」
仲間がやられたことに腹を立てたスライムが粘液を飛ばしてきた。ロザリーは後方に跳び、その粘液を躱した。この粘液はとてもネバネバしていてもし触れていたらその場に貼り付けされていたであろう。そして、そのままスライムの溶解液に溶かされて捕食される運命しか待っていない。
「下衆な粘液を私にかけようとするな!」
ロザリーは粘液を飛ばそうとしたスライムに剣を振るおうとする。しかし、ロザリーの側面には既に手すりにへばりついているスライムがいた。そのスライムが仲間を守ろうと粘液を飛ばしたのだ。
「な!」
ロザリーは寸前のところでそれに気づいて粘液を躱した。後一瞬反応が遅れていたら粘液の餌食になっていただろう。
「あ、危なかった」
随分と危なっかしい戦いだ。この戦いの行く末は大丈夫なのだろうか?
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