女騎士ロザリーは甘えたい

下垣
下垣

74.帰郷

公開日時: 2020年10月14日(水) 22:05
文字数:2,235

 騎士団の詰め所に戻った僕達はルリから得た情報をジャンに話した。ミネルヴァが水龍の薬を狙っている可能性が高いことを。そのために必要な材料が、ハーピィの交雑有精卵。セイレーンの髪の毛、マーメイドの鱗、アルラウネの花弁であることを。


「なるほど……水龍の薬。東洋の予言者はそのようなものが未来に開発されると予言したのですか中々興味深いですね。私も雑務がなければルリという東洋の少女からお話を聞きたかったものです」


「そういえばジャンは東洋の文字が読めたよな? 東洋の文化に興味でもあるのか?」


 ジャンは東洋の文字も読めたのか。中々知識が豊富だな。


「はい。私の曽祖父が東洋で学術研究をしてました。そこで得た東洋の軍師の知識が私の家系に代々受け継がれてきたのです。この騎士団が取っている陣形も東洋にルーツがあるのですよ」


 そうだったのか。ジャンの曽祖父は軍師の父とも言えるほど偉大な人物で彼が与えた影響は計り知れない。彼が戦場で使っていたトリッキーな戦術は東洋由来のものだったのか。それがやがてこの国の陣形のスタンダードになるのだから、本当に偉大な人物だ。


「さてその四匹のモンスターの内、既にハーピィは討伐されてしまいました。しかし、ミネルヴァはモンスターテイマーです。独自のルートでまた希少種のハーピィを見つけているのかもしれません」


「そうだね。僕達がハーピィが有精卵を作り出す前に彼女達を討伐したからミネルヴァは別の方法でハーピィの有精卵を確保しようとすると思う」


「ハーピィの生態が謎に包まれている現状ではこちら側が新しい生息域を見つけられるとは限りません。そこで、現在生息域が分かっているアルラウネの所に行き、アルラウネから素材を得ようとするミネルヴァを捕まえるというのが最善の行動かと」


 やはり、そう来たか。アルラウネの生息域は僕の故郷の付近だ。当然騎士団は僕の故郷に協力を要請するだろう。騎士達が安全に寝泊まり出来る場所がどうしても必要なのだから。


「アルラウネの生息域はガスラド村の付近です……確かラインの故郷の村ですよね?」


 ジャンに問いかけられて僕はドキりとした。何も悪いことをしていないのに、罪悪感を覚える。別に隠していた訳ではないが、なぜジャンは僕の出身地を知っているのであろう。


「ああ。確かにガスラド村は僕の故郷だ。でも、どうして知っているんだ?」


「紅獅子騎士団の団員の素性は全て記憶してますよ。貴方が幼少期に魔女と呼ばれた少女を庇って村を追い出されたことも調書には載っています。私はそれを見ただけです」


 やはりジャンには全てがお見通しか。彼には隠し事が出来ないな。本当に。


「流石だなジャンは……それでこそ僕達の軍師だ」


「優秀なのは軍の密偵です。私はただ、それを元に下衆な想像をすることしか出来ません」


 下衆な想像か……ジャンはミネルヴァの正体を感づいているのだろう。けど、あえてそれを口にするようなことはしない。いい奴だよ。本当に。


「ロザリー。我々のこれからの動向はガスラド村に行き、そこでミネルヴァを迎え撃つ。その作戦で構いませんね」


「ああ。それでいい。紅獅子騎士団の皆にもそう伝えよう」


「私はガスラド村に要請をします。騎士団が滞在するには彼らにもそれ相応の準備が必要でしょうし、その手続きは任せて下さい」


 一週間後、僕達はガスラド村に出向くことになった。僕とエリーの故郷の村。僕達とミネルヴァの戦うきっかけとなった場所。全ての始まりの場所と言ってもいい。ミネルヴァ……キミは故郷に対して何を想う?



 ガスラド村は森に囲まれた小さな村だ。ここの地形は僕が一番良く知っている。僕を先頭に騎士団達が森を歩いていく。もうすぐガスラド村に着く頃だ。


「ライン兄さん。さっきから険しい顔してますけど大丈夫ですか?」


「ん? そんな顔しているのか僕」


 自分でも気づいていなかった。アルノーに指摘されて少し表情を和らげてみた。僕はやはり自分の故郷が好きになれない。エリーに酷いことをした村の大人達がどうしても許せなかった。


 道なりに歩いていると村の門と家々が見えてきた。ガスラド村に辿り着いたのだ。


 村の門をくぐり抜けると加齢臭のする村長が待ち構えていた。村長と会うのも随分と久しぶりだ。かなり老け込んでいて、黒かった髪の毛は全て白髪になり、髪の毛もハゲてきているのか密度がすかすかだ。


「ようこそ紅獅子騎士団の皆様」


 口では歓迎しているようだけど、僕には一切目を合わせなかった。僕は一度村を追い出された身。村長としても僕に二度とこの村の土を踏んで欲しくなかったであろう。僕だって踏みたくなかった。


「久しぶりですね。村長。お元気でしたか?」


 僕はその場を取り繕う挨拶をした。本当は今すぐにでもこの村長の胸倉を掴んで殴りかかりたかった。


 もし、この村がエリーを魔女として迫害していなければ……エリーを他の子と変わらず村の子として受け入れてくれたなら、この国の敵ミネルヴァは生まれずに済んだ。この村長のほんの少し優しければ、王国の危機はなかったのかもしれないのだ。この加齢臭のするハゲこそが全ての元凶……エリーばかりが責められて、何でこいつが罰せられないんだ……


「久しぶり? はて? あなたとは初めて会いますけどな」


 腹立たしい。殴りたい。この村長は僕の存在までなかったことにしたいのか!


「ライン落ち着いて下さい。任務が終わるまでの我慢です」


 ジャンが耳打ちする。わかったよ……紅獅子騎士団の顔を立てるためにもここは我慢だ。

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