女騎士ロザリーは甘えたい

下垣
下垣

79.エリーの家族

公開日時: 2020年10月15日(木) 22:05
文字数:2,115

 夢から覚めた。窓から差し込む光が僕の顔を照らす。寝起きの状態で見る日の光はとても眩しい。僕はベッドから起き上がり、身支度を整える。両親はまだ寝ているようだ。挨拶してから行こうと思ったけど起こすのも悪いからそのまま家の外に出る。


 今日もいい天気だ。この村は空気が澄んでいて、このような爽やかな朝を迎えるのは実に久しぶりだ。王都にはない静けさがこの村にはあった。


 ふと、その静寂を破るように隣の家の扉が開く音がする。中から出てきたのはエリーの面影がある女性と二人の男の子だ。女性は僕と目が合うと怪訝そうな顔をした。


「おはようございます……?」


 不審な人物を見る目だ。見知らぬ人がいたらジロジロ見てしまう。それが田舎に住んでいる人の特徴なのだろう。とりあえず警戒されないように僕も「おはようございます」と挨拶を返す。


「あの……騎士団の人ですよね? この村に滞在していると聞きました。朝早くからこんな場所で何をしているんですか?」


 騎士団の皆はここから少し離れた小屋に宿泊しているから、僕がここにいるのはかなり不審なのだろう。


「僕の名前はライン。昔、この家に住んでいた者だ。だから、昨日は実家に泊まったという訳さ」


 僕の説明に女性は納得いったのか安堵した表情を見せる。


「そうなんですね」


「ねえねえ、お姉ちゃん。早く遊びにいこうよー」


 二人の男の子は女性のスカートを引っ張ってせがんでいる。


「はいはい。わかったよ……それじゃあ、これにて失礼します」


 そう言うと女性は男の子二人を連れてどこかへと去っていった。丁度入れ替わるようなタイミングでエリーの家からエリーの父親が出てきた。


「キ、キミは……ライン君」


 エリーの父親はバツが悪そうな顔で僕を見ている。彼にも一応娘を見捨てた罪悪感というものがあるのだろうか。


「あの子達はエリーの妹と弟ですか?」


「あ、ああ。あの時、妻が妊娠していた子供が無事生まれた。元気な女の子だった。それから数年後、双子の男の子が生まれた……キミはあの子達に余計なことを言ってないだろうね?」


「余計なこと?」


「ウチは三人兄弟ということになっている。あの子達は自分にエリーという姉がいたことを知らない」


 なんだよそれ。エリーの存在をなかったことにしようとしているのか。自分の娘だぞ! 僕はこの父親に対して怒りが込み上げてきた。


「どうして……どうしてですか! 貴方にとって娘の……エリーの存在は余計なことだったんですか?」


「ウチには子供は三人しかいない! それで平穏に生活出来るならそれでいい! 私には魔女の娘はいない!」


 最早、言葉すら出なかった。この父親はエリーが虐められている時の顔を見て何も感じなかったのか。父親に見捨てられた時の絶望した表情が見えなかったのか。


「……僕はこれから騎士団の仕事があるので失礼します」


 これ以上この父親と会話していたら、怒りが頭がおかしくなりそうだ。早く紅獅子騎士団の皆に会いたい。会って、この苛ついた気持ちをなんとかしたい。



 紅獅子騎士団が宿泊している小屋の前に辿り着くと、騎士達は既に剣の訓練をしていた。騎士達の気合の入った掛け声と共に金属同士がぶつかる甲高い声が聞こえる。皆の監督をしているロザリーが僕に気づいたようだ。


「ライン。おはよう」


「ああ、ロザリーおはよう……目の下にクマが出来ているけど大丈夫? ちゃんと寝れた?」


「ははは。昨日ガールズトークが盛り上がって中々寝かせて貰えなかったんだ」


「そうなんだ。ロザリーでもそういうので盛り上がることがあるんだね」


「私だって一応女だぞ!」


 ロザリーが口を尖らせて拗ね始めた。少し言い方が意地悪だったかな。


「知ってるよ。ロザリーはとっても可愛い甘えん坊の女の子だってことはね」


「うぅ……」


 周りに聞こえないようにロザリーの耳元で囁くと彼女はしおらしくなってしまった。


「皆さん! 訓練は一旦終了して私の話を聞いて下さい。今日の行動をこれから伝えます」


 ジャンの発言に騎士達の剣がピタリと止まった。全員一斉ジャンの方を見る。視線を集めたジャンはそのまま話を続ける。


「これから森の中を数班に分かれて探索します。主な標的はアルラウネ。それ以外にも周辺の森のモンスターは出来るだけ狩っておきたいですね。ミネルヴァが周囲のモンスターを仲間に引き入れて戦力を増強させないために」


 アルラウネはハーピィと同じく希少なモンスターだ。そう何匹もいるようなものじゃない。見つけ次第狩れば、ミネルヴァがアルラウネの花弁を手に入れるのを阻止出来るだろう。


「それとミネルヴァの匂いを追跡出来るクーちゃんにも森の中を探索させましょう。追跡班は少人数でいいでしょう」


 軍用犬クランベリー。一番最初にミネルヴァを見つけたのも彼のお陰だ。彼は既にミネルヴァの匂いを覚えている。彼女が近くにいるのであればいち早く察知出来るだろう。


「隠密行動には出来るだけ小柄で素早い騎士が望ましいですね。アルノー。クーちゃんと組んでミネルヴァが周囲にいないか探って下さい」


「わかりました!」


 ジャンの采配で班の振り分けが完了した。幸運にも僕とロザリーは同じ班になることが出来た。と言ってもこれは任務だからイチャつくわけではない。決して。

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