ロザリーと共に走り出した僕達はアルノー達とそのまま合流して北上をする。そろそろミネルヴァに追いついてもいい頃だと思うけど、一向にその気配を見せない。彼女は所詮モンスターテイマーであり、体力は人並しかない。日夜訓練に勤しんでいる騎士に敵う訳がないのに。
まさか、ミネルヴァは北上しないで別のルートに行ったのか? 少し回り道だが、東側から村へと侵入できるルートがある。しかし、今となってはそのルートを通り過ぎてしまったため使えない。今から東に行こうとしても険しい道のりで体力を余分に消耗するだけだ。
僕は一抹の不安を抱えながら、森の出口を過ぎてガスラド村へと辿り着いた。ガスラド村の南出入り口では既に戦闘が始まっていて、紅獅子騎士団の皆がリザードマンと応戦している。
「よし。このままリザードマンに突っ込んで挟み撃ちにしてやるぞ」
ロザリーの指揮の元、リザードマン達に突撃を仕掛ける。後方からの奇襲を受けたリザードマンはあたふたし始めて、驚き戸惑っている。挟み撃ちされる形になり、そのまま形成は不利になったリザードマンは一方的にロザリー達の剣の餌食になってしまった。
「く……てめえら! 防御に徹していると思ったらこれを待ってやがったのか!」
赤いリザードマンが唇を噛んで恨めしそうな目でこちらを見ている。恐らく彼が群れのリーダーなのだろう。赤いリザードマンはロザリーに剣を向けて駆けだした。
「せめて、大将の首は貰う! 覚悟しろ!」
赤いリザードマンが振りかざした剣をロザリーは華麗に躱した。
「何!?」
そのまま、隙が出来た赤いリザードマンの腹部にロザリーのレイピアが突き刺さる。リザードマンの口から出た鮮血がロザリーの服にかかった。
吐血をしたのがリザードマンの最期の行動となった。そのままリザードマンはぐったりとして動かなくなり、リーダーをやられたリザードマンはやけになり暴れ狂った。しかし、雑な剣技が紅獅子騎士団に通用するはずもなく、瞬く間にリザードマン達は討伐されていった。
もうリザードマンとの決着はついただろう。ここはもう心配はいらない。
「皆……ごめん。僕ちょっと村の様子を見て来る」
「あ、おい! ライン!」
ロザリーが僕を制止しようとするが、それを意に介さず僕はガスラド村へと入っていった。
◇
「ふう……まさか、本当にモンスターが攻めてくるとはな……紅獅子騎士団の言うことを聞いていれば良かった」
いた。あの加齢臭のする憎きあの親父がいた。先に逃げられたらどうしようと思ったけど、まだこの村にいてくれたようで良かった。
「村民の避難も済んだし、そろそろ私も退散しようとするかな」
そうはさせるか。私は短剣を手に取り、村長に向かって飛び掛かった。
「な、お、お前は……ミネルヴァか!」
やはり手配書で私の顔は割れている。それにしてもこの男は私の正体を感づかないのか? ラインお兄ちゃんはすぐに気づいてくれたというのに。
「死ね!」
私は村長の肩に思いきりナイフを突き刺した。村長の白いシャツがじんわりと赤く染まる。あえて致命傷になる箇所は刺さない。こいつには苦しんで死んで貰わなければならないから。
「あが……い、痛い……や、やめてくれ!」
モンスターを使ってこの男を殺すのは簡単だ。しかし、それでは私の気が晴れない。この男は私の手によって殺してこそ、復讐が完了するというものだ。
「ゆ、許してくれ……わ、私はただの村長だ。さっきまでも村民のために、全力で避難指示を出していた。村民のことを第一に思う善良な村長なんだ」
私はその言葉に怒りを覚えた。過去に村民を傷つけておいてよくそんなことが言えたものだ。私も、ラインお兄ちゃんもどれだけ苦しんだのかこの男はわかっていない! 何が村民のためだ! この男は生かしておけない! もう一度突き刺してやる!
「やめろ!」
後ろから声が聞こえた。敵だけど敵対したくない人の声。ラインお兄ちゃんの声だ。
「やめるんだミネルヴァ……」
「何で止めるの? ねえ! 私がこの男に何されたのかラインお兄ちゃんも知ってるでしょ!」
「お、おお。ライン……わ、私を助けてくれるのか。うう、すまないライン。私はキミを追い出したというのに……」
どこまでふてぶてしいんだ。この親父は。酷いことをした相手に助けて貰おうだなんて虫が良すぎる。
「あ、あれ……目が霞んできた。吐き気もする……なんだ。これは……」
「ふ、ふふふ。毒が効いてきたようね。私のこの短剣にはシースコーピオンの毒が塗ってある。毒が全身に回れば貴方は死ぬの」
私の言葉に村長の顔面が蒼くなる。それとも毒のせいかしら? どっちにしろ絶望的な表情を見せてくれてとてもいい気味だわ。
「村長。これから死にゆく貴方に良いことを教えてあげる。私の正体はエリー。この村で育ったエリー。貴方がたに迫害されてこの村を追放されたエリーなの!」
「エリー……はは、やはり私の判断は間違ってなかった。お前はこうして王国に牙を剥くテロリストになったわけだからな。結局モンスターテイマーは人類の敵なんだ」
私の正体を知れば少しは反省の色を見せるかと思ったけど……どうやら私の認識が甘かったようね。こいつは生かしてはおけない人間なんだ。このままもう一度短剣を突き刺して殺してやる。
短剣を突き刺そうとした私の腕を何者かの手が掴んだ。……何者かは知っている。ここには私と村長と彼しかいないもの。
「離してラインお兄ちゃん」
「ダメだ。エリー。村長を殺したいキミの気持ちは痛いほどよくわかる。僕だってこの村長のことは嫌いだ。でも、殺すのはダメだ」
そうだよね……ラインお兄ちゃんは衛生兵。医療従事者だもの。人間の命を何よりも優先で考えるよね……
「わかった。これ以上私が村長にどうこうすることはない。ラインお兄ちゃんに免じて殺すのは勘弁してあげる」
「わ、私は助かるのか!?」
「いいえ。残念ながら貴方はどっちにしろ毒が回って死ぬわ。解毒剤を飲まない限りはね。ラインお兄ちゃん……貴方は村長に生きていて欲しいんでしょ?」
「当たり前だ」
「なら、差し出せるよね? アルラウネの花弁を……そしたら解毒剤と交換してあげる」
アルラウネの花弁という単語を出した途端、ラインお兄ちゃんは苦い顔をした。やはり、私の狙いが水龍薬だと気づいている証拠。でなければこの村に紅獅子騎士団が来ないからね。
「あ、言っておくけど私から無理矢理解毒剤を奪うのはなしね。私はいくつも薬を持っているもの。どれが解毒剤かわかるのは私しかいない。間違って劇薬を与えちゃうかもねー」
いくらラインお兄ちゃんでも流石にその提案は飲めないだろう。私に水龍薬の材料を与えないために頑張っているのに、それを無に帰すようなことは……
「わかった。それで村長の命が助かるならこんなものいくらでも差し出す」
「へ?」
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