女騎士ロザリーは甘えたい

下垣
下垣

48.甘えてばかりいられない

公開日時: 2020年10月8日(木) 21:05
文字数:2,028

 ロザリーの顔が松明の火に照らされる。暗闇に映える美しい女の人の顔はとても幻想的で良いものだ。


「僕がここに来た理由か……少し夜風に当たりたくなっただけさ」


 僕はロザリーの先程の問いにそう答えた。それよりもロザリーはどうしてこんな所にいるのだろうか。


「ははは。私も同じようなものだ。気が合うな」


 ロザリーは少し自嘲的に笑った。彼女の困ったような顔が少し愛おしく思える。


「はあ……どうして好きになっちゃったんだろうな……ラインのこと」


 ロザリーが夜空を見上げる。夜空は透き通っていて綺麗な星が見える。綺麗な星空だ。僕はこの星空をロザリーと見れて嬉しく思った。


「ただ甘やかしてくれる存在だけで良かったのに……弱さを見せられる存在で良かったのに……」


「僕も同じ気持ちだよ。ロザリーのことを異性として見ることになるなんて思いもしなかった」


 ロザリーは、ただ僕に甘えてくれて、僕の承認欲求を満たしてくれる存在……それだけのはずなのに、いつの間にか僕の中で大きな存在になっていた。


「花なんか贈らないでくれよ……あんなんじゃ恋に落ちるしかないじゃないか……」


 ロザリーが口を尖らせて拗ねる。そうか……あの花が僕達にとっての分岐点だったんだ。それさえなければ、きっと僕達の関係はそのままずっと甘えたい女騎士と甘えられたい衛生兵の関係でしかなかった。


「あのさ……ライン。私、こういうの疎いからよくわからないけど、お互い好き同士の恋人って何をしたらいいんだ?」


「甘えたり甘やかしたりするんじゃないかな」


 僕だってそんなに詳しい訳じゃない。ロザリーが剣に生きてきたのと同じように僕も剣を置いてからはずっと医学の勉強をしてきた。関わった異性はロザリーくらいなものだ。


「ははは。それじゃあ、私達はずっと恋人同士みたいじゃないか」


「そうだね。僕達は不器用だったからお互い好きだってことに気づかなかっただけで、本当は誰よりも深く思い合っていたのかもね」


 二人して笑い合う。このふんわりとした雰囲気が好きだ。


「なあ。ライン。私、もうこれからキミに甘えるのはやめることにする」


 ロザリーが衝撃的な発言をした。一体どういうことだ。僕の頭の中が真っ白になる。


「いつまでもキミに甘えているわけにはいかない。キミだっていつかは戦場で散ってしまうかもしれない。そうなった時に私は耐えられないんだ」


 ロザリーの緑色の瞳が潤む。彼女は彼女なりに自立をしようとしているのだろう。少し物寂しいけど彼女が決めたのならしょうがない。僕はそれに従うしかない……ないんだけど……


「そうか……なら僕は衛生兵を辞めるよ」


 その一言にロザリーが目を丸くして驚いた。もし僕が死ぬことでロザリーが不幸になるというのなら命の危険がない場所でのんびり暮らすのも悪くないかなと。


「ど、どうしてそういうことを言うんだ! ラインはウチの団に必要な存在なんだ!」


「だって、僕はロザリーを甘やかしたいから。だったら、この団を抜けて僕は町医者にでもなるよ。そして、ロザリーと結婚して戦場帰りのキミを甘やかす生活をするのも悪くないかなって」


 ロザリーと結婚いい響きだ。きっと僕とロザリーなら幸せな家庭を築けるだろう。


「そ、そうまでして私を甘やかしたいのかキミは!」


「もちろん!」


 即答だった。ロザリーを甘やかすことそれこそが僕の存在意義であり、全てだ。この役目を誰にも譲るわけにはいかない。もちろん、ロザリーを甘やかさずに放置するつもりも毛頭ない。


「ずるいぞライン! 本当にずるいやつだキミは! ずるいずるい!」


 ロザリーが駄々っ子のようにずるいという言葉を連呼する。


「何でもない日に不意打ちで花を贈るのもずるい!」


 ロザリーが僕をビシっと指さす。


「私を甘やかすために衛生兵を辞めるとかいう決断をするのもずるい!」


 ロザリーが僕に一歩近づく。


「そして、何より……このついつい甘えたくなる包容力がずるい!」


 ロザリーが僕に抱き着いてきた。いつものように顔を胸板にすりすりする定番の甘え方だ。


「やだよう、ラインきゅん。衛生兵辞めないでぇ……ラインきゅんがいなくなったらロザリーもう戦えないよぉ」


 僕は心の底から安堵した。もうロザリーが僕に甘えてくれないんじゃないかと思っていたから。でも、またこうして甘えてくれて安心する。


「今日ラインきゅんと離れてみてわかったんだ。ラインきゅんが後ろにいないのってとっても寂しくて不安で……だから、いつでもロザリーの後ろにいて! ロザリーの背中を守ってよ!」


 ロザリーは泣きじゃくっている。そうか。そんなに僕が衛生兵を辞めるのを嫌だったのか。それは少し悪いことを言ったな。


「ああ。わかったよロザリー。衛生兵は辞めない。ずっと戦場ではずっとキミの傍にいるよ」


「本当? ラインきゅんどこにもいかない?」


 ロザリーが潤んだ上目遣いで僕を見る。その目は反則だ。胸が締め付けられるくらいキュンとくる。


「わーい! ロザリーの言うこと聞いてくれるラインきゅん好きー! しゅきしゅき!」

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