女騎士ロザリーは甘えたい

下垣
下垣

46.ラインがいない戦場

公開日時: 2020年10月8日(木) 19:05
文字数:2,076

 私はウェアウルフの足跡を追跡していた。クランベリーが足跡の匂いを嗅いでいる。彼についていけばウェアウルフの所に辿り着けるだろう。軍用犬が来た時は最初はどうかと思ったけど、今では頼れるうちの団員だ。


 草原を北に進んでいく。この方角にウェアウルフの住処があるのだろうか。


 クランベリーが喉を鳴らして唸り始めた。これは敵が近くにいるのか。私は目を凝らしてクランベリーが見ている方角を見る。


 地平線の彼方から黒い影が見える。あの毛むくじゃらの物体は間違いない。ウェアウルフだ。人間のように二足歩行で歩き、爪や牙が発達している狼の化け物。あいつが村の羊たちを襲ったんだ。


「皆! 前方にウェアウルフを確認。剣を抜き戦闘態勢をとれ!」


 私の号令に各々が剣を抜き取り構える。さあ戦いの始まりだ! ライン後ろで私の勇士を見ててくれよ……あ、そうか。ラインは今回いないんだった。私が置いてきたから……彼を危険な前線に出すわけにはいかない。もし彼がいなくなったら私は……


 ラインがいない。そう考えただけで私の心が恐怖に震える。剣を持つ手がおぼつかない。何なんだこの不安感は。ラインがいないだけでこんなに違うのか。


「どうしたんですか? ロザリー団長?」


 キャロルが私を不安そうな目で見る。ダメだ。私がここでキッチリしないと団員達に不安が伝わる。団長の私は常に雄々しくあらねばならない。泣き言は吐かない! 私は紅獅子騎士団団長のロザリーなんだ!


「何でもないキャロル。ちょっと武者震いをしただけだ。さあ、私達は気合を入れて戦う。キャロルも怪我をした騎士達の手当てを頼むぞ!」


「はい! あんまり前線に出たことはなくて怖いけど頑張ります!」


 怖いか……いつからだろう。皆の前でその言葉を口にしなくなったのは……私もキャロルみたいに素直に怖いと言いたい……否、ラインの前では素直に言えるんだけどな。


「皆! 私に続け! 敵の牙や爪をへし折ってやるぞ! 所詮は獣! 人間には勝てないことを教えてやる!」


 敵は多数いる。けれど所詮は一つの群れでしかない。こちらの軍勢の方が数は多い。その数の利を活かして勝利するぞ。


 私の号令に騎士達が続く。私を先頭に偃月の陣を組んで突撃をする。


 私達に気づいたのかウェアウルフ達も陣形らしきものを組もうとしている。ウェアウルフは群れで戦うモンスターだ。連携力が高いのが特徴で個々の戦闘力も高い。まずは陣形を崩すために各個撃破を狙っていきたい。


「皆! 陣形を組まれる前に各個撃破を狙っていくぞ。急げ!」


 私は速力がある騎士を連れて先頭のウェアウルフに突っ込んでいく。急激に襲われたウェアウルフはまだ陣形を組んでいない段階だ。撃破するなら今しかない。


 慌てふためくウェアウルフ達。私はその内の一匹に思いきり斬りかかった。


 ウェアウルフも爪で私のレイピアを受け止めて攻撃を防ぐ。しかし、私の背後に立っていた騎士が前に出てウェアウルフの脇腹を思いきり刺した。


 この連携攻撃でまずは一匹のウェアウルフを仕留めることに成功した。即死ではなかったが、かなり深い傷を負わすことができた。この個体はもう戦えないであろう。


「やりましたねロザリー団長」


 ウェアウルフに止めを刺した騎士が私に声をかける。敵を倒せて士気が上がっているようだ。


「よし! その調子でいくぞ! だが決して油断はするなよ!」


 私は彼らを褒めて伸ばしていく。団の士気を上げるのも団長の務めだ。


 仲間を倒されたウェアウルフ達は私達に怒りの目を向ける。ウェアウルフは非常に仲間意識が高いのが特徴だ。仲間を殺された復讐心で私に思いきり襲い掛かってくる。恐らく、この騎士団のリーダーが私であることを察知したのであろう。私狙いなら丁度いい。このまま私が囮になろう。


「皆! 私が囮になって敵を引き付ける。その間に敵を確実に一匹ずつ仕留めるんだ」


 三匹のウェアウルフが私に襲い掛かって来た。最初の一匹が爪で私を引っ掻こうとする。私はその動きを躱した。躱した先にはもう一匹のウェアウルフが待ち構えていた。常人なら回避で体勢が崩れた状態で二撃目を躱すことは出来ないであろう。


 しかし、私は地面に片手をついて片手の力だけで跳躍するアクロバティックな動きを取り入れて二撃目も躱した。跳躍している状態の私に合わせて三匹目も跳躍してくる。私は三匹目を踏み台にして更に高く跳躍をした。三匹のウェアウルフ達の視線が上空の私に集中している。


「今だ! その三匹を狩れ!」


 私の合図と共に騎士達はよそ見をしているウェアウルフ達を突き刺し、斬り刻んでいく。不意を突かれたウェアウルフ達は無残な姿になってしまう。


 私が地面に着地すると群れのリーダーらしき個体が仲間達に撤退の指示をする。恐らく勝てないと踏んでの判断だろう。中々冷静なリーダーだ。リーダーの指示に従い、ウェアウルフ達は急いで逃げかえっていく。


「深追いはしなくていい。ウェアウルフは賢いモンスターだ。勝てない相手に無理に挑むようなことはしない。しばらくこちらを襲ってくることはないだろう」


 私も撤退指示を出し、村へと戻ることにした。ラインが待つ羊飼いの集落に。

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