女騎士ロザリーは甘えたい

下垣
下垣

70.ラインの悩み

公開日時: 2020年10月13日(火) 23:05
文字数:2,115

 ハーピィを倒した僕達はタクル高山を下山した。保護した少年はすぐに軍の病院施設に入れられて健康状態に問題がないか診察された。監禁生活で多少体は衰弱しているものの、命に別状はなく後遺症も特にはないようだ。しばらく検査入院した後に家族の元へと帰されるだろう。


 彼の無事を確かめたかった両親が軍の病院施設にお見舞いに来ていた。両親は泣きながら少年を抱きしめて、少年も両親に会えた安堵の涙を流している。少年を救えて良かった。


 僕は今回の一連の事件に複雑な思いを|抱《いだ》いていた。ミネルヴァのしたことは到底許せるものではなかった。ゴブリンの軍勢を操って傭兵部隊を全滅させたり、ハーピィに協力して罪のない少年を攫ったこと。軍人として見過ごせるものではない。


 しかし、彼女の正体は僕の幼馴染のエリー。彼女には悲しい過去があり、それで王国を恨んでいるのはわかる。でも、だからと言ってこんなことをしていいわけがない。僕の立場上、ミネルヴァは倒さなければならない敵なんだ……


 でも、僕は撃てなかった。殺せなかった。僕は自分の手でミネルヴァを殺すことを恐れていた。僕はもう命を奪いたくない。だから、騎士を辞めて命を救う衛生兵になったというのに、命を取捨する選択を迫られるなんて。


 あの時、どうするのが正解だったかは僕にはわからない。撃っていれば王国は確かに平和になっただろうけど、僕の心にはエリーを殺したことが一生残り続ける。僕は卑怯者だ……自分が重荷を背負いたくないから、撃たなかった。公の安全よりも自分の心の平穏を優先したのだ。


「どうした。ライン浮かない顔しているな」


 ロザリーが僕の顔を覗き込んでくる。距離が近い。そんなに近寄られたらドキドキしちゃうじゃないか。


「何か悩みがあったらこの頼れる団長ロザリーに話してくれてもいいんだぞ?」


「何でもない」


 僕は嘘をついた。僕とミネルヴァの関係は秘密にしておいた方がいい。今回だって洞窟の中にミネルヴァはいなかった。そう嘘をついて報告したのだ。僕はミネルヴァに会っていない。公の記録ではそうなっている。


「何でもないってことはないだろ。ミネルヴァに会ってないと嘘をついてまで悩んでいることがあるんだろ?」


「何だ。ロザリーにはバレていたのか。参ったな」


「私を侮るなよ。キミのことなら何でもお見通しだ。長い付き合いだからな」


 参ったな。ロザリーには隠し事は出来ないか……でも、全てのことを話すのか? ミネルヴァの正体が僕と同じ村出身の少女エリーだということを。そして、僕はそのことを知ったせいでマスケット銃の引き金を引くことが出来なかったことを……全て話せば懲戒ものであろう。僕は王国の敵を見逃したことになる。


「まあ、話したくないならいい。それよりもだ。例の少年が退院したそうだ」


「そうか。彼が退院してくれたなら良かった。それはめでたいな」


「ああ。だが、軍は彼からミネルヴァの情報を訊き出そうとしているのだけど、警戒されてしまって上手く訊き出せないらしい。年頃の子供というのは難しいものだ」


「ははは。軍人は顔や態度が怖い人が多いからね。子供の相手が苦手な人も多いし苦労はするだろうね」


「そこでキミにお願いがあるんだ。彼と会ってくれないか? 少年を助け出したキミならきっと彼も心を開いてくれるだろう」


 まあ大体こういう流れになるのは予測出来た。幸い僕は子供の扱いには自信があるので適任と言えば適任か。


「わかった。早速彼のところに行ってくるよ」



 タクル高山の麓にある村。そこに住んでいる少年の家の前に僕は来ていた。扉をノックするとそこの家のお母さんらしき人が出迎えてくれた。


「あら、ラインさん。貴方は息子の命の恩人です。その節は本当にありがとうございました」


 お母さんはペコリと頭を下げた。僕もそれに釣られて頭を下げる。


「いえ。僕は当然のことをしたまでです」


「息子が貴方に会いたがってました。ささ、どうぞ。あがってください」


 僕は促されるまま家にあがりこむ。少年が家の中を妹と一緒に駆け回っている。とても楽しそうだ。そういえば、僕も昔はエリーとそうやって遊んでいたな。


「あ、ラインさん!」


 少年が僕に気づいたのかこちらに駆け寄ってくる。監禁されていた時と比べて顔色が良いようで安心した。


「やあ、元気だったかい。キミの様子が心配でちょっと寄らせてもらったよ」


「そうなんだー。ねえ、ラインさん一緒に遊ぼう」


「遊ぼ遊ぼ」


 僕は二人の少年少女に引っ張られて外に連れ出されてしまった。本来の目的とは違うのだが、警戒されないために必要なことだ。決してただ単に遊んでいるわけではない。


 少年とその妹が棒切れを持って僕に戦いを挑んできた。僕も棒切れを持って応戦する。僕にある程度剣の心得があるとはいえ、相手がただの子供とはいえ、二人がかりは流石にきつい。攻撃を捌くだけで精一杯だ。


「わーラインさん強いー。本物の騎士みたいー」


「強い強い」


 少年少女に絶賛されると悪い気がしない。ただのごっこ遊びだった剣にも熱が入り、気づいたら本気で剣の指導をしていた。少年も妹も僕の教えを真剣に聞いてくれて剣の腕も大分上達したようだ。中々筋がいいな。将来は王国の騎士になれるかな?

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