僕はロザリーがいつものように僕に甘えてくれて嬉しく思った。このまま二度と僕に甘えてくれないんじゃないかと思って悩んでいたもやもやが一気に晴れたのだ。
「ねえ、ラインきゅん。私達これからどうしたらいいのかな? お互い好き同士ってわかっちゃったんだよ……」
ロザリーが僕に抱き着きながら上目遣いでそう問いかける。僕とロザリーの関係か。中々難しい問題だな。
「とりあえずは今まで通りでいいんじゃないかな。ロザリーが僕に甘えて、僕がロザリーを甘やかす。お互いが好きになってもそれは変わらない」
「うん……でも、少し恋人っぽいことしてみたいかな」
そう言うとロザリーは目を瞑った。少し唇を突き出して何かを待っているようだ。これはまさか俗に言うキス待ちなのか。
ロザリーは黙っているけど、表情からキスしてと催促しているのがわかる。前にロザリーと唇を合わせたことはあるけど、あれは口移しでちゃんとしたキスをするのはこれが初めてなのかもしれない。いや、僕は口移しをキスにカウントしない派だ。これがロザリーとのファーストキスだ。
僕は意を決してロザリーの顔に近づく。ロザリーの柔らかい唇が触れる。少し湿り気のあるそれは僕の心を甘く蕩かせる。何だこの幸せな感覚は……ずっとこうしていたい。けど、このままでいたらきっと僕は戻れないところまで行ってしまう気がする。それが何だか妙に怖かった。
僕がロザリーから唇を離そうとすると、ロザリーがそれを察知したのか、僕の背中に手をまわしてがっちり掴んだ。ロザリーの強い力に阻まれて脱出することが出来ない。
ロザリーの鼻から出る息が僕に当たる。お互いの呼吸音が聞こえるくらいの距離で僕達は密着している。それが何だか妙に恥ずかしい。ロザリーはどうなんだろう。僕と同じ気持ちなのかな? それとも、恥ずかしいと感じているのは僕だけなのかも……
甘い余韻に浸っている僕だが、ロザリーがいきなりパッと目を見開いた。そして、僕の拘束を解き地面に置いてあったレイピアを手に取った。
「ロザリーどうしたの?」
「敵が来る。この気配は昼間戦ったウェアウルフだ。そういえば奴らは夜行性だったな。昼間の時以上に厄介かもしれない」
僕にはその気配が全くわからなかった。流石ロザリーだ。戦場での勘はかなり鋭い。
「恐らく、私が騎士団から孤立していることを匂いで察知したのだろう。だから、群れで私を襲うことで昼間の復讐に来たのだ」
ウェアウルフはかなり鼻が利いて頭がいい。昼間の戦いでロザリーの匂いを覚えて、それからロザリーが孤立したのを確認して襲撃しに来たのだろう。ウェアウルフは群れで戦う習性を持っている。流石のロザリーも一人では夜のウェアウルフ達に太刀打ち出来ないであろう。
「ライン……キミだけでも逃げてくれ。今ならまだ逃げられる」
「そんな! ロザリーを置いて逃げるだなんて出来るわけないだろ!」
ロザリーを見捨てる。そんな選択肢を僕が取れるわけない。死ぬ時は一緒に死にたい。何故なら僕はもうロザリーを愛してしまっているのだから、ロザリーのいない世界なんて考えられないのだから。
「敵の標的は私だけだ。私の傍にいるとキミまで巻き込まれる。それだけは……それだけはダメなんだ!」
ロザリーが語気を強く荒げる。普段騎士団の団長として号令しているだけあってかなりの迫力がある。でも気圧されるわけにはいかない。
「ロザリー! 一緒に逃げよう。集落まで戻って仲間と合流すればきっとなんとかなる!」
ウェアウルフの速力はかなり高い。恐らく僕達が集落に辿り着くより早く遭遇してしまうだろう。けれど何もしないでいるよりかはその方が二人が助かる確率は高い。
「わかった。ライン。走るぞ」
僕とロザリーは集落へ向かって走り出した。ウェアウルフと遭遇する前に騎士団と合流出来ると信じて……
ロザリーは僕のペースに合わせて走ってくれている。彼女が本気を出せばもっと早く走ることが可能であろう。それほどロザリーの身体能力は化け物染みて高い。
「ライン。無理はするなよ。ペースを維持することを考えろ。下手に焦ってペースを上げると体力が尽きるからな」
「うん。わかってるさ。集落まではまだ距離がある。焦っちゃダメだ」
僕達の進行方向から足音が聞こえる。草を踏む音。大地を蹴り飛ばす音。この音は人間の足音ではない。ウェアウルフの足音だ。
「ダメだ。集落までの進路が塞がれている。案外近くまで来ていたようだな」
僕達が集落に向かっているのを察知してか、ウェアウルフ達は先回りをしたようだ。やられた。まさかウェアウルフがこれほど賢いとは思いもしなかった。
「ライン……私が囮になる。その間に時間を稼ぐから、キミだけでも逃げろ!」
「ダメだロザリー! そんなことしたらキミの命が……」
「キミがいたところで足手まといなんだ! 武器も持ってない衛生兵がどうにか出来る相手ではない!」
僕はロザリーの剣幕に押されて何も言うことが出来なかった。武器を持たない僕は戦闘においては足手まとい。その事実は僕が痛いほどよくわかっている。
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