「どうしたんですか? クーちゃん?」
軍用犬クランベリーの様子がどうも落ち着かない。何かの臭いを嗅いで危険を察知したのだろうか。低い唸り声をあげて南の方を警戒している様子だ。
「まさか、ミネルヴァの気配を察知したのですか? 念のため村民を非難させた方が良さそうですね」
ジャンは村長の所に行って村民を非難させるように要請した。しかし……
「避難? ははは。たかが犬の鳴き声一つで大袈裟なことを言わないで下さい」
「クランベリーはただの犬ではありません。軍が訓練した立派な兵です。そのクランベリーが警戒しているのですから何かがあるはずなんです」
「全く。軍人さんがたかが犬一匹に翻弄されるなんて情けない話ですな。この村の村長は私だ。勝手に避難指示なんて出さないで下さいよ」
ジャンはこの村長はダメだと悟り、作戦を切り替えることにした。何とかして、村民を守らなければならない。それが自分達軍人の役目なのだと。ジャンは現在村にいる騎士達を集めて、作戦会議を開いた。
「恐らく、ミネルヴァはこのガスラド村に襲撃をかけてくるでしょう。クーちゃんがその気配を感じ取ってくれました。クーちゃんが指し示している方角は南です。なら、南に厚い防衛線を張り、そこからの襲撃に備えます」
ジャンは村の地図を開き、そこの南の出入り口の所に自軍を表す青い駒を置いた。
「攻撃と防衛では防衛の方が不利だとされています。それは、攻撃は一点の方向に戦力を集中できるのに対して、防衛側はどの方向から攻められるか分からないから、戦力が分散されてしまうというものがあります。今回は攻められる方角が分かっているのでそこまで不利にはならないでしょう」
次にジャンは敵軍を示す赤い駒は南側に置いた。ここから攻められるのを想定しているのだろう。
「次に敵が攻め込まれた時……決してこちらから攻撃を仕掛けてはいけません。我々はあくまでも防御に徹することです。今この村にいる戦力では敵を返り討ちにするのには心もとないです。だからこそ、待つのです。現在、森を探索している皆を……森を南下していたロザリー達を」
◇
リザードマン達の長であるリザードロード。赤いウロコに覆われた通称赤トカゲと呼ばれる個体である。そのリザードロードがガスラド村の南の出入り口を遠目で見ていた。
「妙だな……何故紅獅子騎士団の奴らが南に集まっている。まるで防衛線を張っているみたいだ。俺達の襲撃を予知していたとでも言うのか?」
「ボス? どうします? 攻める方角を変えますか?」
「いや、俺達が村を回り込むには足場の悪い森を回り道しなければならない。体力の消耗が激しすぎる。もし、西側と東側にも同様の警備があったら無駄に体力を失うだけだ。このまま攻め入るのが一番安定している」
リザードロードはそのまま紅獅子騎士団の防衛線に突っ込む決断をした。数十のリザードマンの兵を引き連れ、ガスラド村に襲撃をかけた。
「皆さん、予想通り敵が来ました。応戦してください」
ジャンの指示の元、紅獅子騎士団は応戦することになった。決して攻撃的ではない守備的な陣形。仲間が帰還するまでの時間を稼ぐためのものだ。
「食らえ!」
リザードマンは剣を振りかざした。騎士がそれを盾で受け止める。そのまま盾を前面に突き出してリザードマンを後方に押し出そうとする。
「うおっと……盾で殴るつもりかい? 随分と消極的じゃねえか! 剣を抜いてかかってこいや!」
防御的な布陣をする紅獅子騎士団にリザードマンが挑発をする。しかし、ここで反撃しては相手の思う壺である。自分達の作戦はあくまでも時間稼ぎであることを忘れてはいけない。
「びびってんのか? おい。腰抜けが! 盾に守られてないと何も出来ないんでちゅか~」
「何とでも言え。これが俺達の戦い方だ!」
「チッ……だったら、その盾で防ぎきれないほどの猛攻を食らわせてやる!」
激昂したリザードマンが剣を滅茶苦茶に振り回す。軌道の読めない攻撃だが荒い剣筋なら見切ることは十分可能だ。騎士として訓練されている者ならこの程度の攻撃を盾で躱すことなど容易い。
「おらおら!」
リザードマンは剣での攻撃を続ける。騎士は盾を持つ手に力が入る。
「なーんてな」
リザードマンは足払いをして、騎士の体勢を崩した。盾に意識が集中したことで足元の注意が疎かになってしまったのだ。騎士が「しまった」と思った時には既に手遅れだった。リザードマンの剣での攻撃は完全に囮だった。
「うわ……」
すっ転んだ騎士に向かってリザードマンが剣を振り下ろそうとする。
「終わりだ! 死ね!」
騎士とリザードマンの間に剣が割って入る。隣にいた仲間の騎士が助けてくれたのだ。仲間同士の連携が取れているのも紅獅子騎士団の強みだ。
「何やってんだよ。ったく。早く立ち上がれ」
「すまねえ油断した。でけえ借りが出来ちまったな」
助けられた騎士は立ち上がり、再び盾を手に取った。
「もう油断はしない! さあ、かかってこい!」
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