女騎士ロザリーは甘えたい

下垣
下垣

95.地獄から蘇った魔女

公開日時: 2020年10月19日(月) 23:05
文字数:2,526

 マーメイドを討伐した紅獅子騎士団は王都へと戻った。一先ず、騎士団は役目は終えた。だが、これから先、国がやらなければならないことがある。


 漁村エルマの殆どの人々はマーメイドにやられてしまった。再建は困難であろう。だから王都の失業者を漁村エルマに誘致して、漁師として活用しようという政策を打ち出すらしい。


 これで王都の雇用問題もエルマの人手不足問題も解消しようという作戦だ。だがそう上手く行くとは限らない。王都に出ている失業者の多くは、王都に何かしらの夢を見てやってきた者達だ。彼らが簡単に田舎の村に行くだろうか。


 それよりも、問題があった。王城に贈られた一通の書簡。それが、国の上層部を震撼させたのだ。


「 親愛なるルイ国王へ

 お元気かしら。私はとってもいい気分だわ。

 今まで真っ暗な地面の下に埋まっていたんですもの。

 その時と比べれば地上にいる今は天国のように思えるわ。

 私は、地獄から蘇ったの。貴方の先祖に焼かれた体はまだ疼くけど

 肉体の組織は日常生活を送るには支障がない程度には回復したわ。

 顔の左半分は火傷の跡が残っちゃってて見るに堪えないけどね。

 淑女の顔に傷を残すなんて貴方のお父様も酷いことをなさるのね。

 今日の手紙は挨拶代わり。今度、王城にお邪魔するわね。

 もちろん、私を焼いた復讐も兼ねて……ね?

                       魔女ジュノーより」


 こんなのはただの悪戯に決まっている。殆どの者はそう決めつけていた。しかし、リュカ大臣はこの手紙を見て古い資料室に向かった。


「間違いない……この筆跡は魔女ジュノーのものだ」


 大臣は極秘に管理されていた魔女ジュノーの手記と王城に届けられた書簡を照らし合わせたのだ。その事実は王城中に知れ渡った。この事実を国民に知らせるわけにはいかない。国民に知られてしまえば悪戯に不安を煽ることになってしまう。


 ならばやることは一つだ。秘密裏に魔女ジュノーと接触し、今度こそ彼女を二度と蘇らないように処刑するしかない。そこで白羽の矢が立ったのが、紅獅子騎士団のジャンだった。リュカ大臣はジャンを自身の執務室に呼び出した。


「お呼びでしょうか大臣殿」


「ジャン。キミも噂は聞いただろう? 魔女ジュノーが蘇ったという」


「ええ。既に耳に入れております。届けられた書簡とジュノーの筆跡が一致したという情報も含めて」


「なるほど。それなら話が早い。キミに魔女ジュノーの討伐をして貰いたいのだ」


「私が、でしょうか?」


「ああ。キミは優秀な軍師だ。キミは魔女ジュノーの軍勢を討ち滅ぼした軍師の血を引いている。紅獅子騎士団にはもったいない逸材だ」


「お褒めの言葉を頂けて光栄です」


「だから、キミに全ての軍の指揮権を明け渡そう。王国中の兵を自由に使ってもいい。だから、必ずや魔女ジュノーを倒して欲しい」


「わかりました大臣。必ずや魔女ジュノーを討伐してみせましょう。しかし、王国中の兵を動かすとなると私には荷が重いこと。私が指揮する騎士団は紅獅子騎士団で十分です」


 ジャンのその発言に大臣は戸惑った。てっきり、より優秀な手駒を獲得するかと思いきや、紅獅子騎士団で十分だと言うのだ。


「まあ、キミがしたいようにしてくれたまえ」


「はい、わかりました」



「というわけで、我々紅獅子騎士団が魔女ジュノー討伐の任につくことになった」


 ジャンのその言葉にロザリーは浮かない様子だった。


「ミネルヴァの件も片付いていないのに、ジュノーまで相手にしろと言うのか」


「それにしても人が蘇るなんてあるのでしょうか」


 アルノーが素朴な疑問を口にした。人が蘇るなんて普通に考えれば起こりえないだろう。だが、ある一つの可能性はあった。


「もしかしたら、ジュノーは不死系モンスターに転生したのかもしれませんね」


 ジャンが一つの可能性を提示する。


「不死系モンスターとは、いわゆるゾンビやゴーストのように死んだ生物がモンスター化したものです。普通なら、生前の記憶を失っていることが多いのです。しかし、極稀に生前の記憶を持ったままモンスター化することもあるようです」


「なるほど。その可能性がありましたか」


 アルノーはジャンの説明で納得がいったようだ。


「死んだはずの人がモンスター化か……嫌な話だね」


 僕は不死系モンスターの話を聞いて物悲しい気持ちになった。もし、オリヴィエが不死系モンスターに転生して僕達の前に現れたらと思うと非常にやるせない気持ちになる。僕達は立場上、モンスターを倒さなければならない。そうしたら、オリヴィエの死に様をもう一度見なければならない。誰だって大切な人がもう一度死ぬ所なんて見たくないだろう。


「魔女ジュノーの遺体は、王都から北東に位置するユピテル男爵の屋敷に眠っているとされています。まずはそこに調査に向かいましょう」


 目的地は決まった。もし、魔女ジュノーの死体が眠っていたままなら、この手紙は単なる悪戯の可能性も出て来る。だが、もし遺体が見つからなければ……その時は、魔女ジュノーの捜索が始まるであろう。



 ここはユピテル男爵の屋敷。私はこの屋敷に招かれていた。このユピテル男爵はとんでもない秘密を抱えている。それは私のモンスターテイマーの能力と深く関わりがあることだ。


「ようこそ。ミネルヴァ君。歓迎するよ」


 屋敷の応接間にある赤い豪華な椅子に彼は座っていた。この屋敷の主のユピテル。男性にしては長髪で肩までかかった紫色の髪。眼の色は乾いた血のように黒みがかった赤だった。


 その彼の右斜め後ろには赤いドレスを纏った女性がいた。女性は月のように黄色い髪で顔の左半分を隠している。


「貴女がミネルヴァね。私と同じくモンスターテイマーの力を持つ子……人間は嫌いだけど貴方となら仲良くなれそうね」


 彼女は魔女ジュノー。王国を壊滅寸前まで追いつめた災厄の魔女。私が人々から忌み嫌われるようになった原因を作った人物でもある。


「あらあら。そう睨まないで。私のせいで随分と苦労をかけてしまったみたいね。ごめんなさい」


「ええ。お陰様で私も表の世界では生きていけない闇の住人になったわ」


 私達のやりとりを見て、ユピテル男爵はニヤリと笑った。その彼の口元から人のものとは思えない鋭い牙がちらりと覗かせる。そう、彼は人間ではない……ヴァンパイアというモンスターなのだ。

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