朝になり、目を覚ます。既にジャンとアルノーは起きていた。ロザリーはまだ気持ちよさそうに眠っている。昨日あれだけこの屋敷を怖がっていたのに、呑気なものだ。
「ライン兄さん。おはようございます」
「ああ。おはようアルノー」
「昨日は何事もありませんでしたね」
ジャンの言う通り、昨日は何もなかった。そもそもの話、ユピテル男爵が敵であることが僕らの仮説にすぎない。考えすぎだったのであろうか。
それはともかくとして、そろそろロザリーを起こそうか。僕はロザリーに近づき、彼女の体を揺すった。
「ロザリー。朝だよ起きて」
ロザリーは幸せそうな顔をして眠っている。まだ起きないのかなと思い、もう少し近づいてみる。そしたら、いきなりロザリーが僕に抱き着いてきた。そのまま僕はベッドの上に抱き寄せられてしまった。
「ちょっ、ロザリー」
「えへへー……ラインきゅん」
ロザリーは僕の名前を呼んだ。まだ目を瞑っていることから完全に寝ぼけているのであろう。僕はロザリーを振りほどこうとするけど、力が強くて中々振りほどけない。寝ている状態とは思えない程のパワーを発揮している。完全に身体能力の差が出てしまっている。
「朝から何イチャついているんですかあなた方は」
ジャンは呆れたような視線で僕を見下ろす。見ていないで助けて欲しい。
「流石ロザリー団長! 寝技も完璧ですね。剣の腕だけじゃなくて、格闘能力も高いなんて騎士の鑑です!」
確かに相手を拘束させるとしてはこれ以上ない理想的なポジショニングだ。ってそんなこと言ってる場合じゃない。この体勢色々とまずい。柔らかい何かが当たってるし。
「ん……」
ロザリーが目を開けた。そして、僕と視線が合う。ロザリーは頭がまだ働いていないのか薄目の状態で訝し気に僕を見ている。
「あれ? ライン……どうして私のベッドに潜り込んでいるんだ?」
「寝ぼけたキミが僕を抱き寄せたんだよ」
「ん? あれ?」
ロザリーが周りを見回して状況に気づいた。僕に抱き着いている所をジャンとアルノーに目撃されていることに。
「あ、ち、違うんだ! これは! 寝ぼけていただけだから」
ロザリーはジャンとアルノーに向かって言い訳を始めた。ジャンはもう僕達の関係を勘づいているだろう。アルノーは……そういうのに疎いから、この状況を見ても何も思ってないだろう。
「寝ぼけていた状態であの抑え込み。流石ロザリー団長。格が違いますね」
「やはり、アルノーを連れてきて正解でしたね。これが他の団員だったら、今頃大騒ぎしてた所ですよ」
ジャンの人選に感謝しながら、僕はロザリーのベッドから離れる。いつまでも気を緩めていてはいけない。そろそろ身支度を整えて、ユピテル男爵の所にいかなくては。
◇
僕達が外に出ると執事が既に待ち構えていた。
「おはようございます。お待ちしておりました。それでは、ジュノーの墓地へと案内いたします」
僕達は執事に連れられて歩き出そうとした。しかし、執事は歩みを止めて振り返った。
「そうそう。ロザリー様とライン様はこの場でお待ちください。ジュノーの死体を確認するのはジャン様とアルノー様にお願い致します」
執事の急な申し出に僕達は驚愕した。何故今になって僕とロザリーは死体を確認してはいけないのだろう。まさか、僕がジュノーの死体を鑑定しようとしていることがバレたのか?
「何故だ! 何故私とラインは確認してはいけないのだ!」
「死体があるかどうか確認するだけなら、そちらのお二人でも十分でしょう」
理屈の上ではそうだ。今回ジュノーの死体の本人鑑定を行うのはユピテル男爵には秘密にしていることだ。もし、これを表立って鑑定すると言ったら、ユピテル男爵を疑うことになる。貴族に疑いをかけたら、大問題になるから堂々と鑑定することは出来ないのだ。
「いえ。問題があります。実は私はそちらのラインにジュノーの死体の本人確認をさせたいと思っていたのですよ」
ジャンが正直に僕達の思惑をバラした。一体どういうつもりなのだ。
「ほう。それは何故でございますか? まさかとは思いますが、わたくしの主であるユピテル様をお疑いなのですか? ユピテル様がジュノーの死体をすり替えて別人の死体に置き換えたと」
執事の言葉遣いこそは丁重なものだが、声色が明らかに圧をかけている。ここで返答を間違えれば僕達の首が物理的に飛びかねないだろう。
「いえ。もし、ジュノーが復活していたとしたら、死体を改められることを予想するでしょう。その時にジュノーが別人の死体を身代わりで墓の中に入れることは十分考えられます。その懸念をしているのですよ」
上手い。本当はユピテル男爵がこの件に関与している疑いをかけていた。けれど、ジュノーのせいにすれば、筋が通る。
「なるほど……確かにその可能性はありますね。ですが、ロザリー様とライン様はユピテル様にお呼ばれしているのです。死体の鑑定はその後でもよろしいかと」
「一先ず、まず私達が死体があるかどうかを確認するということですか。まあ後程ラインが鑑定してくれるならさほど問題はないですね」
「ああ。それなら問題なさそうだな。では、アルノー。ジャン。死体の確認を頼んだぞ。私とラインはユピテル男爵に会ってくる」
執事に連れられて墓地へと向かっていくジャンとアルノーを見送った。執事の話ではここで待っていればユピテル男爵は来るようだ。
コツコツと廊下に足音が響いている。歩幅からして背が高い男性のものだ。足音の方に目をやるとそこにはユピテル男爵がこちらに近づいてきている。
「おはようございます。ロザリー殿、ライン殿。昨夜はよく眠れましたか?」
「ええ。お陰様で。ユピテル様。僕達に何かご用命でしょうか?」
ユピテル男爵の目が微笑む。決して口角を上げないその笑い方に僕は違和感を覚える。何だこの薄気味悪い笑顔は……
「ライン殿……貴方は本当に似ている。かつて私が最も愛した男性に。まるで彼の生まれ変わりのようだ」
そう言いながら、ユピテル男爵は僕に近づいてくる。
「だから貴方を私の物にしたい!」
それだけ言うとユピテル男爵は目にも止まらぬ速度でロザリーの首筋に思いきり噛みついた。ロザリーですら知覚出来ない程の速さ。間違いない。このユピテル男爵はただ者ではない。
「あ……が……」
ロザリーは倒れこんでしまった。ロザリーの咬まれた箇所はまるで、牙をもつ生き物に噛まれたかのような跡があった。
「お前! ロザリーに何をした!」
「私に咬まれた者は徐々にモンスター化する。これが私の、ヴァンパイアの力だ」
ヴァンパイア……? まさかユピテル男爵がモンスターだとは思わなかった。人間社会に溶け込んでいるモンスターとかそんなのアリなのか?
「これはキミへのプレゼントさ。キミが我々の仲間になれば、その女はキミの忠実な下僕になるだろう。自分の意思を持つこともなく、主の命令に従うだけの傀儡になる。嬉しいだろ?」
「ロザリーが下僕……ふざけるな! ロザリーは人間だ! 意思を持った一人の人格がある人間なんだ! ロザリーを元に戻せ!」
「やれやれ……私のプレゼントが気に入らないとは……悪い子だ」
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