女騎士ロザリーは甘えたい

下垣
下垣

73.二人の誓い

公開日時: 2020年10月14日(水) 21:05
文字数:2,120

 ロザリーが僕の胸板に顔をうずめている。彼女は本当に僕の胸板が好きなようで甘える時はいつもここに匂いを擦り付けるようにしてくる。


「ラインきゅん……ラインきゅんはロザリーを裏切ったりしないよね?」


 ロザリーは小首を傾げながら僕に問うた。その表情はとても切なそうで、涙が潤んでいる。そうか。ロザリーは今不安になっているのか。僕がミネルヴァのことを考えているから、彼女に肩入れをするかもしれないと……


「ロザリー。僕はいつだってキミの味方だ。それだけは信じて欲しい。絶対にキミを裏切るようなことはしない」


 その言葉にロザリーは安心したような表情を見せる。母親に抱かれている子供のように穏やかな顔で僕を見つめている。僕は彼女の髪の毛を優しく撫でた。きめ細かい髪の毛はとても指触りが良くて心地いい。


「ラインきゅんだけは何があってもロザリーの味方でいてね……ロザリーもラインきゅんの味方でいるから……お願い」


 ロザリーの手が僕の手を包み込む。彼女と手を重ねると心まで一緒に重ね合わさったような気持ちになる。


「ロザリーはね……本当はミネルヴァに少し嫉妬しているの……ラインきゅんと出会ったのが私よりも早い。私の知らないラインきゅんをあの女は知っていると思うと心がもやもやする」


「ロザリー……出会いはミネルヴァの方が早かったけど、一緒に過ごして来た時間はロザリーの方が長いよ。僕のことを世界で一番良く知っているのはロザリー。キミなんだ」


「本当? えへへ嬉しいな。ロザリーのことを世界で一番良く知っているのもラインきゅんだよ。私達お揃いだね」


 確かにこんなに甘えん坊のロザリーを知っているのは僕くらいなものだろう。そう思うと不思議と優越感が沸いてくる。僕だけが知っているロザリー。他の誰にもロザリーのこの姿は見せられない。


「ねえ、ラインきゅん……ロザリーに誓いを立てて。必ずミネルヴァを倒すって……そのために一緒に戦ってくれるって……お願い」


 僕が……僕が、そう誓いを立てないとロザリーが安心出来ないと言うのなら……僕はいくらでも誓いを立てられる。ごめん、エリー。僕はもう大切な人が出来てしまったんだ。その人を裏切りたくない。だから、キミと敵対することになる。本当はキミとも和解出来る道があればいいんだけど、王国の敵は死刑以外ありえない。その道はもうとっくに潰えている……だから、僕はキミを討つ。


「わかったよロザリー。ミネルヴァは敵だ。僕はもう迷わない。彼女を倒すためにこの身を捧げるつもりだ」


「うん……ラインきゅんは絶対に嘘は言わないからね。その言葉信じるよ。ありがとう……私を安心させてくれて」


 僕は嘘を言わないか……違うよ、ロザリー。僕はとんでもない大嘘つきだ。エリーが魔女として糾弾された時も、僕は彼女を守るとうそぶいていた。でも結局子供の僕は無力で何もすることが出来なかった。一度守ると誓った女の子を僕は倒そうとしている。最低の男だよ僕は……


「ライン……キミは悪くない……悪くないんだ。誰もキミを責めたりはしないさ」


 ロザリーが僕の心を見透かしたように慰めてくれた。僕を抱きしめて背中を優しくとんとんと叩く。なんだろう。この気持ちは……とても安心する。


「ロザリー。僕を励ましてくれてるのか?」


「ふふふ。そうだな。たまには団長らしいことをさせてくれ。私だってキミの心の支えになりたいんだ」


「ロザリーはとっくに僕の心の支えになってるよ。キミが……本当は心がとっても弱いキミが折れずに頑張ってくれているから僕も頑張ろうって思えているんだ。キミが勇気をくれなかったら僕はとっくに戦場から離れているさ」


「私だってキミが支えてくれなかったらとっくに心が壊れて使い物にならなくなっていただろう」


 お互いがお互いを必要としあっている。ロザリーとそういう関係になれて僕は幸せ者だ。


「ロザリー。そろそろ皆の所に戻ろうか。そろそろジャンが痺れを切らしている頃だと思う」


「ああ。早くルリから得た情報をジャンに伝えないとな。アイツは頭がいいからきっと何か策を考えてくれるはずだ」


 ロザリーは騎士団の詰め所がある方向へ向かって歩き出した。僕は彼女の背中をじっと見つめている。


「ロザリー!」


 僕の呼びかけに歩き出したロザリーが振り返る。


「僕、キミと会えて本当に良かったと思っている」


 その言葉にロザリーは頬を赤らめて困惑した表情を見せる。


「な、何だよ急に」


「もし、キミがいてくれなかったら僕はミネルヴァの側についていたと思う……自身の過去の贖罪しょくざいのために動いていたと思う」


 それくらいエリーは僕にとって大きい存在になっていたのだ。昔守れなかったエリーの望みをかなえてあげることで罪滅ぼしをしていたであろう。


 でも、僕にはエリー以上に大きい存在のロザリーがいる。ロザリーが王国を守るという意思があるのなら、僕はそれに従うまで。ロザリーが守りたいものは僕が守りたいものでもあるのだから。


「ロザリー。ありがとう……僕にとって大きい存在でいてくれて本当にありがとう。お陰で僕は王国を裏切らないで済んだ」


「へ、変なこと言ってないで早く戻るぞ。キミが王国を裏切るわけないじゃないか。次そんな冗談言ったら怒るぞ」


「ははは。そうだね」

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