父さんが災厄の魔女ジュノーの話をし終わった頃にはすっかり日も暮れていた。ただ漠然と悪いことをした魔女だという知識しかなかったけど、その詳細を聞いたら王国を滅ぼす寸前まで追いつめたとんでもない存在であることがわかった。
確かにモンスターテイマーが忌み嫌われるようになったのは仕方のないことだけど、だからと言って無関係のエリーに酷い仕打ちをしていい理由にはならない。やはり、僕は村長を始めとするこの村の人間を許すことが出来ない。
「お話ありがとうございました。では、私はそろそろ失礼します」
「あら? もう帰るんですか? ウチに泊まっていっても良かったのに」
母さんが残念そうな顔でロザリーを見る。
「すみません。私も団長としての立場があるので、そろそろ戻らないといけません」
「ロザリー。途中まで送っていくよ」
僕はロザリーと共に家を出た。ロザリーがいくら強いとはいえ、夜道を女性一人に歩かせるわけにはいかない。
虫の鳴き声が聞こえる田舎道を二人で歩く。子供の頃よく歩いた道だけど、大人になった今では違った光景に見える。目線の高さが違うせいだろうか。
「ありがとうライン。ここまで来れば一人で帰れる」
「本当に僕の家に泊まっていかなくても良かったのか?」
「今夜はキャロル達とガールズトークをするって約束をしててな。すまない」
「そうか。それは残念だね。僕の家に泊まればいっぱい甘やかしてあげたのに」
「うぐ……どうしてそんなことを言うんだキミは!」
ロザリーが物欲しさと恨めしさが混ざった目で僕を見た。僕の発言のせいで甘えたいという意識が芽生えてしまったのだろう。ちょっとした冗談のつもりで言ったのにスイッチを入れてしまったのは申し訳ない。
ロザリーがもじもじし始める。僕に甘えたいけど、キャロル達との約束を破るわけにはいかない葛藤に心が揺れているのだろう。
「ハグして……今日はそれで我慢するから……」
上目遣いで懇願されたらロザリーの望みを叶えるしかない。僕はこの瞳に抗えなかった。ゆっくり、優しくロザリーの体を抱きしめる。夜風で少し冷えていた体がロザリーの温もりで少しだけ温まる。
僕は無意識のままロザリーの頭をそっと撫でる。それに反応してか彼女は僕の体にしがみ付いてきた。より身近でロザリーという存在を感じる。体の距離が縮まるのに比例して心の距離までより近いものになっていく感覚だ。
「もっと撫でて……ラインきゅんから離れたくないよぉ」
「僕だってロザリーを離したくないさ」
このままずっとこうしていたいけど、そういうわけにもいかない。僕はゆっくりとロザリーを撫でるスピードを落としていき、やがて手の動きを止める。ロザリーも終わりの時間が来たのだと悟ったのか、甘えん坊の顔から元の女騎士団長の顔に戻っていく。
「ありがとうライン。悶々としていた気持ちが晴れた」
「役に立てたようで良かった。それじゃあ、おやすみロザリー。また明日」
「ああ、おやすみ。良い夢を見ろよ」
ロザリーと別れた僕は再び実家に戻る。今日はもう疲れたので、僕は自室に戻って眠ることにした。僕の部屋は綺麗に片付いていた。母さんが綺麗にしてくれたのだろう。母に感謝しながら僕は昔使っていたベッドに潜り込み、夢の世界へと入っていったのだ。
◇
「ラインお兄ちゃん! あーそぼ!」
よく晴れた日の朝、いつものように僕の家にエリーが遊びに来る。エリーは隣の家に住んでいて、僕によく懐いている子だ。
「今行くから待ってて」
僕は瓶の中に汲んであった水で顔を洗い、手早く手櫛で髪を整えてから家を出た。
「ラインお兄ちゃん。いこ?」
爽やかな朝によく映えるエリーの笑顔。僕はこの愛らしい笑顔が好きだ。
「今日は森に行こうか」
「うん!」
僕の提案にエリーはにこやかに返事をした。森の奥深くにはモンスターが生息していてとても危険だから、あんまり人里離れた所にはいけない。もし、森の奥深くに入ったのがバレたら村の大人に怒られるだけじゃすまないだろう。
「ラインお兄ちゃん。一緒に手を繋ご」
僕はエリーと手を繋いで森へと向かった。村の大人達は僕達を見て微笑ましい視線を送る。村の大人達はあなた達は本当の兄妹みたいだねと言った。僕もそう思う。僕にとってエリーは妹のような存在だ。僕には兄弟がいないから、余計にエリーを愛おしく思う。
「ねえ、ラインお兄ちゃん。エリーね。もうすぐお姉ちゃんになるんだよ」
「うん。良かったね」
エリーは一人っ子だったけど、彼女のお母さんは現在妊娠中だ。兄弟か……羨ましいな。僕も兄弟が欲しい。
「弟かな。妹かな。どっちかな? 私いいお姉ちゃんになれるかな?」
「エリーならいいお姉ちゃんになれるさ」
「えへへー。ラインお兄ちゃんもそう思う? 嬉しいな」
僕達は森の中に入り、手慣れた様子で進んでいく。この辺りはよく遊んでいる場所なので土地勘があり迷うことはない。そのまま、ある場所へと向かっていった。
僕達は森の中にある大樹の前に来ていた。この木はこの森の中で一番大きい木らしく、僕のお爺ちゃんのお爺ちゃんのそのまたお爺ちゃんの代から生えているらしい。
「ラインお兄ちゃん。いつものアレやろう」
僕は鞄からナイフを取り出して、自分の身長と同じ位置に傷をつけた。僕達はたまにここに来ては、自分の身長と同じところに傷をつけて、大きくなったかを確認している。前回と比べてあんまり伸びていないな。
「エリーのもやって」
木を背に立つエリーの頭の上にナイフで傷をつける。エリーの身長は結構伸びているようだ。
「わーい。結構伸びてるー。このままじゃいつかラインお兄ちゃんを追い越しちゃうかもね」
「僕だってこれからもっともっと伸びるんだよ。そう簡単には追い越されないよ!」
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