俺がこの紅獅子騎士団に入ってから、そこそこの月日が経った。最初はライン兄さんに憧れて、この騎士団に入団を希望した。その希望が無事に通り、この騎士団に配属されることになり、本当に良かったと思っている。
ライン兄さんは父さんの命の恩人だ。とても優しくて、面倒見が良くて、俺の憧れの存在だ。会う前からライン兄さんに対してある種幻想のようなものを抱いていた。実際に会ったら、俺のことを気にかけてくれるし、本当にいい人だった。俺の兄のようなそんな存在だ。
最初はライン兄さん目当てで入ったこの騎士団だけれど、ロザリー団長も軍師のジャンさんも皆いい人だ。軍用犬のクランベリーも人懐っこくて可愛いし、俺はこの騎士団が大好きだ。
最初は新人だった俺でも、スライム討伐で前線を任されたり、ウェアウルフのリーダーを倒したりもした。入って初年でこんな武勲を立てられるとは自分でも思いもしなかった。
俺はもっとこの騎士団にとって役に立つ存在でありたい。そう思っている。だから、このリッチーとかいうモンスターを討伐するのを引き受けた。
俺の持ち味はスピードとテクニックだ。ハッキリ言ってパワーは最低レベルだろう。
その一方で、リッチーはかなりのパワータイプだ。メイスでの一撃で床を抉る程の威力である。まともに、ぶつかりあったらまず勝てる相手ではないだろう。
ハッキリ言ってパワーファイターの相手では俺と相性が悪いのかもしれない。けれど、そんな弱音を吐くつもりはない。俺は紅獅子騎士団の騎士アルノーだ! 俺にはロザリー団長のようなパワーはない。だけれど自分の強みは知っているつもりだ。
ライン兄さんに教えてもらった剣技を受けてみよ!
俺はレイピアを突いた。そしてその衝撃で発生させた突風をリッチーに浴びせる。相手にとっては向かい風で、こちらにとっては追い風だ。俺はそのまま風に乗って、リッチーにレイピアを突き刺そうとする。追い風と俺のスピードが乗った剣を食らえ!
ところが、リッチーはメイスを振るい、俺のレイピアを弾いた。右手に物凄い振動が伝わる。細いレイピアが折れるんじゃないかと錯覚するほどのパワー。全く風を意に介していないぞこいつは……
「何だそのそよ風は……風とはこうやって起こすものです」
リッチーがメイスを両手に持ち、力いっぱい横方向に振る。すると、物凄い風圧が俺を襲った。俺はそのまま風に飛ばされて背後の壁に叩きつけられる。
「がは……なんてパワーだ……」
「貴殿の風を発生させるテクニックは確かに素晴らしいものであった。けれど、パワーが足りぬ。力なき風は私にとってそよ風と一緒よ……」
リッチーはそのまま俺に向かってメイスを叩きつけようとする。レイピアで防いだら折られる。俺は左手に盾を持ち、それでメイスの攻撃を防いだ。
左手に衝撃が伝わる。盾で攻撃を防いだとしても全くノーダメージというわけではない。盾越しに衝撃は伝わるのだ。左手の握力が削られていくような感覚を覚える。そう何度も防げる威力の攻撃ではないだろう。
「ほう……盾を扱えるのですか」
紅獅子騎士団に入った当初はレイピアしかまともに扱えなかった。けれど、俺だってもっと強くなりたい。そう思って敵の攻撃を防げる盾の訓練もした。盾を効果的に使えなければ、ただの重りにしかならない。実際、俺も盾を持ち始めた当初は上手く使いこなすことは出来なかった。
けれど今は違う。盾を攻撃に用いることだって出来る! 俺は盾でリッチーの右手の甲を殴りつけた。
盾の攻撃を受けて、リッチーのメイスを握っている右手が少し緩む。盾は重い鈍器である。殴られれば痛い。守るためだけのものではない。
リッチーが右手でメイスを握りしめようとする。その瞬間、奴の意識は右手に集中しているはず。その一瞬の隙を突く。俺にはそれだけのスピードとテクニックがある!
俺はレイピアでリッチーの喉元を思いきり突き刺した。肉を貫く感触が俺の手に伝わる。勝った! 奴の喉を貫いてやった!
しかし妙な違和感を覚える。確かに喉を突き刺してやった感覚はあるのだけれど、何かがおかしい。何だこの妙な違和感は……返り血か!? 喉を突き刺したはずなのに、リッチーの血が全く出ていない。これはどういうことだ!?
そう思っているとリッチーの左手が俺のレイピアを持ち握りしめる。
「バ、バカな……レイピアで突き刺したのに生きているだと……」
リッチーは不敵な笑みを浮かべている。まるで俺の困惑している表情を見て優越感に浸っているようだ。流石に喉を損傷している状態では喋れないのか、無言だが、それがかえって不気味さを演出している。
俺はレイピアを更に押し込もうと力を入れる。しかし、リッチーのレイピアを引き抜こうとする力には敵わない。なんてパワーだ。力比べではやはり勝てない。
俺のレイピアはものの数秒で引き抜かれた。そして、そのままリッチーは俺からレイピアを取り上げて、それを床へと叩きつけるようにして捨てた。騎士の命とも言える剣をゴミを捨てるようにして捨てやがった。なんて屈辱だ……
「あー……やっと喋れる……ふふふ。驚いているようですねえ。私はアンデッド。不死の力を得ているのですよ。耐久力と再生力共に他のモンスターを凌駕している。急所を刺された程度では死なないのです」
ま、まずい。早く剣を取りにいかなければ。俺は急いで剣を拾いに行った。しかし、それを読まれているのか、リッチーはメイスで俺を殴ろうとする。
間一髪で避けた。後少し、反応が遅ければ俺はメイスで脳天を割られていた。俺の動きの軌道は読まれていた。軌道が読まれている以上は俺のスピードがいくら優れていても、奴を出し抜くのは困難だろう。
「剣を拾わせるほど私は間抜けではない。剣を持たない騎士など恐れるに足らない」
「確かに……騎士は剣がなければ何もできない。そんな存在だ。だから、遠慮することなく、レイピアを拾わせてもらうよ。間抜けさん」
俺は走り出した。リッチーはそれに対してメイスを構える。レイピアを拾う動作を見せれば、間違いなくメイスの餌食になるであろう。
だけれど、俺が向かう先はレイピアがある方向じゃない。俺はステップをして方向転換をした。そして、盾を前方に構えて全速力でリッチーに向かって跳躍をする。
「な!」
まさか盾を構えた状態でこちらに向かってくるとは思わなかっただろう。リッチーは完全に不意を突かれた状態だ。全速力で走ってくる盾という鈍器にリッチーはぶつかる。
「がは……」
その衝撃でリッチーは後方に下がり怯んだ。俺はその隙に手早くレイピアを回収する。
「ぜえ……はあ……や、やりますねえ。だけれど、レイピアを持った所で私に勝てると思うな! 私の耐久力はアンデッドの中でも上位に君臨している!」
「そのセリフは俺が編み出した最強の剣技を受けてから言うんだな」
俺はレイピアを構えた。ライン兄さんに教えてもらった突風を起こす剣技。あれは広範囲に突風を巻き起こす汎用性の高い技だった。けれど、俺が新たに編み出した技は違う……俺のパワー不足を補うために破壊力を増した技だ。
俺はレイピアの突きに回転を加えた。突風が竜巻へと変化して、一点突破の破壊力を持つ風へと変貌する。
範囲は狭まったが、その分回転力が破壊力に加わる。俺のテクニックならこの技を狙った箇所に撃てる。そう、俺が狙うのは先ほど、リッチーに突き刺した喉だ!
同じ箇所に再び突き攻撃を食らったリッチー。しかし、今度は破壊力がある回転付きだ。
その攻撃を受けてリッチーは倒れてしまった。ダメージの蓄積と高威力の技を受けたことによる衝撃。不死身に近い肉体を持つリッチーでもこれには耐えきれなかったようだ。
「はあ……はあ……なんとか勝った……」
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