女騎士ロザリーは甘えたい

下垣
下垣

72.ロザリーの追求

公開日時: 2020年10月14日(水) 20:05
文字数:2,087

 ルリから情報を得た僕達は彼女のいる学術研究組織を後にした。ミネルヴァが狙っているのが水中でも呼吸が出来るようになる水龍薬なら彼女の動向が探りやすくなる。


「なあ、ライン。大丈夫か?」


 ロザリーが僕の顔を覗き込んで心配してくれている。アルラウネの情報が出た時から僕の様子がおかしいことに気づいたのだろう。


「キミの故郷のことは知っている。キミは確か魔女と呼ばれた少女を庇って故郷を追い出されたんだよな」


「ああ。両親もついてきてくれたけど、僕が自分で生活出来る大人になってから両親も村に帰った。それっきり、両親には会っていない」


「両親がいるのに会えないなんて辛くないか?」


 ロザリーの両親は既に二人共死んでいる。だから僕に気を使ってくれているのであろう。


「大丈夫。僕は平気さ」


 ロザリーの顔立ちが変わる。先程までの雰囲気とは違って、一切の喜楽の感情がない無表情の顔を見せる。


「なあ。もしかして、キミが庇った魔女ってミネルヴァのことじゃないのか?」


 ロザリーが的確な質問をしてくる。図星だ。僕はその質問に答えることが出来なかったが、僕の様子を見た彼女はそれが肯定であると捉えたようだ。


「ジャンに聞いたんだ。この国の歴史の話。モンスターを操る能力を持った悪人を魔女と呼んで処刑した。その時、昔キミが言っていた魔女と呼ばれた少女のことを思い出したんだ。もしかして、その魔女と呼ばれた少女がミネルヴァじゃないかってね」


 参ったな。ジャンは本当に何でも知っている。ミネルヴァがモンスターテイマーであることを知ったその日から、そのことについて調べていたのだろう。恐らくは僕の故郷で魔女と呼ばれた少女が出たという史実も彼は知っているのだろう。知っていてあえて僕には黙っていてくれているのであろう。


「ライン。キミはミネルヴァに会った。そして、ミネルヴァの正体が昔キミが庇った少女であると知った。だからキミの様子がおかしくなった」


「正解だ……そのことを上に報告するか? ロザリー。僕がミネルヴァと遭遇し、その正体がわかった上で逃したと」


「そんなこと出来るわけないだろ! 私は何があってもキミを守る!」


 全く……頼りになる団長だ。もし、男女が逆転していたら思わずキュンと来てしまうようなシチュエーションだろう。


「ただ、ミネルヴァの出身地がキミの故郷と同じという事実は隠せそうにもない。ジャンもそのことに感づいている。私が隠し通せるのはキミがあの洞窟でミネルヴァと会ったということだけだ」


「ああ。それで十分だ。ありがとう」


「ライン……辛くないか? キミがかつて守りたかった少女が今は敵として倒さなければ存在になるって」


 僕はロザリーの言葉を聞いて、心に棘が突き刺さったような気持ちになった。


「仕方ないさ。これも運命だと思うしかない」


 嘘だ。本当は辛い。でも僕にはどうすることも出来ない。ミネルヴァとは戦いたくないけど、ミネルヴァを放置すれば王国が危機に陥る。どっちも僕にとっては最悪の選択肢だ。僕は今まさに、右手を失うか左手を失うかの二択を迫られているような気分だ。


「現状、生息域が分かっているモンスターはアルラウネのみだ。軍はミネルヴァがそこに来るだろうと思って、私達紅獅子騎士団をそこに配置するだろう」


「そうなるね……でも、僕はその作戦には参加出来ないかな。村からは出禁食らってるし」


「王国のお触れとなれば村もキミを迎え入れるしかないだろう。無理矢理にでもついてきてもらうぞ」


 ロザリーが僕の肩をポンと叩く。あーやっぱりそうなる? 自分を追放した村に帰るのって気まずくてなんか嫌なんだよな。両親には久しぶりに会いたいけど、僕を追い出した村の皆には会いたくない。顔も見たくない。声も聞きたくない。村長の加齢臭とか一番嗅ぎたくない。


「ロザリー……ごめん」


「何がだ?」


「僕がうだうだ悩んでいたのを知っていたから、甘えるのを控えてくれてたんだよね?」


「んな!」


 ロザリーの顔が真っ赤になる。ここ最近ロザリーに甘えられていない。何か理由があるのかなと思ったけど、今日のロザリーとの会話で彼女が僕に気を遣っていてくれたのだと分かった。


「も、もう! キミが暗い顔してたら甘え辛いじゃないか! 私が甘えて更に負担をかけるわけにもいかないし、ずっと我慢してたんだぞ!」


「前にも言ったけどロザリーを負担に思ったことはないって。むしろ、いつも通り甘えてくれた方がいいかな。その方がこっちも落ち着くし」


 ロザリーの表情が崩れていく。顔つきも大人っぽくて凛々しいものから、成人女性なのにやや幼い雰囲気を醸し出す甘えん坊の顔になっていく。


「そんなこと言って……もう我慢出来ない……今すぐ責任を取ってもらう!」


 ロザリーが僕に抱き着いてくる。今までの|鬱憤《うっぷん》が溜まっていたのかかなり強い力で思わずよろめきそうになる。僕は崩れ落ちないようにしっかりと足腰に力を入れて彼女を支える。


「ラインきゅん。元気出してー。じゃないとロザリーまで暗い気持ちになっちゃうよ」


 そんな風に甘えられたら元気を出すしかない。悩みなんて吹っ飛ぶくらい甘えている時のロザリーは可愛いな。

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