女騎士ロザリーは甘えたい

下垣
下垣

134.海底冒険

公開日時: 2020年10月30日(金) 22:05
文字数:2,500

「よし、ヘキス海域に着いたぞ」


 ボルグ船長がそう言った。私は水龍薬を口に含み、それを飲み込んだ。少し苦いが、喉にへばり付くほどの苦さではない。我慢しよう。


「これで本当に水中でも呼吸が出来るようになるのだろうか」


 私は半信半疑の気持ちで、海面に顔を近づけた。そして、意を決して顔を海中に潜らせる。


 最初の頃は息を止めていたが、呼吸を試みてみる。普通なら、鼻に水が入り呼吸困難に陥るところだが、そのようなことは起きなかった。凄い。海中だというのに普通に呼吸が出来る。まるで魚になったかのようだ。


 私は調子に乗って海中で深呼吸をする。うーん。海の空気は美味しいな。


 水龍薬の効果を堪能した所で、私は顔を上げた。実験は大成功だ。このまま潜って邪龍が封印されている場所を目指そう。


「本当に行くのか?」


 ボルグ船長が私にそう問いかける。


「ええ。ミネルヴァは邪龍の所に来るだろう。そこで奴と決着をつける……」


「そうか……気を付けろよ」


「ここまで送ってくれてありがとうございます」


 私は船を飛び降りて、海中へと勢いよくダイブした。水飛沫が飛び散る。景気の良い音に気分を良くしながら、私はどんどん下へと潜っていく。


 海底の世界。今だ人類が到達したことのない領域だ。そこには見たこともない魚がいる。美味しそうだな。後で捕まえて食べるか。いや、見たこともない魚は毒があるかもしれない。下手に触らない方がいいかも。


 私は綺麗な青い海を堪能しながら、海底を探索している。


 しばらく潜ったであろうか。海底の中に洞穴を見つけた。ここから物凄い混沌としたオーラが溢れ出ているのを感じる。邪気と聖なる気。その二つが入り混じったような感覚を肌で感じる。ここに封印された邪龍と聖龍がいるのだろうか。


 私は固唾を飲み込み、そこの洞穴の中に入っていく。洞穴は上へ上へと道が出来ていて、私はそのまま道なりに進む。そうすると上に海面が見える。地上に出るのだろうか。


 海面から顔を出した私。周りは岩の壁に囲まれていて、どうやらここは洞窟のようだ。岩の周りに苔がびっしりと生えていて、それが光を放っている。そのお陰でこの洞窟は全く暗くない。


「光る苔か……珍しいな」


 私は海中から出て、洞窟の中へと足を踏み入れた。混沌の気配はどんどん近づいている。この先に邪龍が封印されているのだろうか。


 私は湿気が多くて滑りやすい岩を慎重に歩んでいく。進んでいった先に、見覚えのある顔がそこにいた。


「よお。オイラに会いに来たのか?」


 水精ニクス。こいつと出会うのも三度目だ。中々因縁深い相手である。


 ニクスの背後には二つの人間の子供くらいの大きさの卵が鎮座されていた。何だ? この卵は……黒い卵と白い卵がある。


「この卵が気になるって顔をしているな。この卵は邪龍リンドブルムと聖龍ティアマトの卵だ。オイラも実物を見るのは初めてさ。こいつらは自身の力を卵の中に封じ込めている。その封印の力を解けるのはモンスターテイマーだけさ」


 そしてニクスの影に隠れていたけれど、もう一人の人物がいた。王国の敵である魔女ミネルヴァ。彼女は黒い卵の前で跪いて、何やら呪詛のようなものを唱えている。


「ふう……もう少しで邪龍の封印が解き終わるわ。ニクス。それまでロザリーの相手をして」


「了解」


 トライデントを構えたニクスは私に向かって突進をしてきた。物凄い速さだが、所詮は直線の軌道。躱しきれないことはない。私はひらりと攻撃を躱して、レイピアでニクスを突き刺そうとする。


 ニクスはすぐに私の方向に向き直り、私のレイピアの攻撃をトライデントで防いだ。物凄い反射神経だ。


「おっと、危ないね。オイラ、ビビってちびるかと思った」


「なら、思う存分漏らさせてやろう。貴様の鮮血をな!」


 私は本気の力と速さでレイピアで突いた。この剣筋を見切れるモンスターは滅多にいない。そう自負している。しかし、その一撃もニクスはトライデントで防いでみせた。やはり精霊級のモンスター。反応速度が他のモンスターのそれを遥かに凌駕している。


「い、今のは危なかった……なんちゅう速さだ。こんな速い人間みたことない。本当に人間かこいつ?」


「そっちこそ、そんな反応速度のモンスターは見たことがない。精霊という呼び名は伊達じゃないな」


 私はとにかく手数を稼ごうとして、レイピアで何度もニクスを刺突しようとする。しかし、ニクスはトライデントで攻撃を防ぐばかり。物凄い反射速度だが、不思議とカウンターはしてこない。


「チッ。小賢しい時間稼ぎか」


「あ、バレた?」


 ニクスは回避行動に全神経を集中させている。だから、私の攻撃を軽々と見切ることが出来ているのだ。相手からは一切攻撃されないが、こちらの攻撃も通る見込みが中々ない。奴はミネルヴァが邪龍の封印を解き終わるのを待っているのだ。


 ピキっと何かが割れる音が背後から聞こえた。その音が聞こえた瞬間、ニクスの顔が緩んだ。


「来た来た! 始まった!」


 嫌な予感がする。私が背後を振り返ると、黒い卵にヒビが入っていた。そして、そこからどす黒い邪気のオーラが漏れ出ている。


「ふふふ。始まった。邪龍の解放が……」


 ヒビを割り、中から黒い鱗で覆われた龍の腕が飛び出てきた。そしてその腕が自身の手でバリバリと卵の殻を剥がしていく。


 あっという間に、人間の子供ほどの大きさをした龍が出現した。これが邪龍リンドブルム……なんてこった。私がいながら封印は解かれてしまった。


 邪龍リンドブルム。伝説では熊よりも大きい龍だったが、今は人間の子供ほどの大きさしかない。恐らく長いこと封印されていたせいで力がなくなっているのであろう。だが、それもいつまで持つかわからない。封印が解かれたことで力が徐々に復活することだって考えられる。


「力がない今のうちに殺すしかない!」


 私はリンドブルムの元に駆け寄ろうとする。しかし、ニクスがそれを許すはずもなかった。背後からニクスのトライデントが私を刺そうとする。私はその気配を察知して、振り返りマン・ゴーシュで攻撃を防いだ。


「アンタの相手はオイラだっつーの!」


 邪龍の力がない内に一刻も早く倒さなければならないのに……私は一体どうすればいいんだ。

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