翌日。
朝食の後、ひと休みしてから、僕たち五人は『赤天井』――冒険者組合アーベライン支部――へと向かった。
もちろん部屋着ではなく、いつもの格好に着替えた上での出発だ。このままダンジョンに行くわけではないが、鎧やローブが冒険者の正装に相当するからだった。
ちなみに、昨日の夕食ほどではないものの、朝食も美味しかった。パンケーキ、トースト、ベーコン、卵、サラダ、フルーツという、ありきたりな朝メニュー。それなのに余所で食べるのと味が違うのだから、不思議な話だ。
『ほら、あれじゃないか? ベーコンの焼き加減が違うとか、パンケーキのシロップが違うとか……』
ベーコンに関しては、ダイゴローの言う通りかもしれない。わざわざクリスタが「カリカリにする? それとも焼き過ぎない派?」と尋ねてきたから、今まで考えたことなかった――そこまで細かく注文したことのない――僕は、少し戸惑ったのだが……。
「ベーコンはカリカリに限るぞ」
「違うよ、カーリンちゃん。クッキーやクラッカーじゃないんだから! ベーコンは柔らかくして、脂ごと卵に絡まるくらいが美味しいんだよー!」
それぞれ、ベーコンには一家言あるらしい。
「カーリンもアルマも、自分の好みを彼に押し付けちゃダメよ」
と言うクリスタに任せたら、中庸に焼いてくれた。これが、たまたま僕にはピッタリだったのだろう。明日からは「最初の日と同じくらいで」と頼もうと思う。
一方、パンケーキに関しては……。同じように見えて、生地が微妙に良かったのだろうか。バターもシロップも一般的な製品であり、そもそも僕は少量しか塗らなかったから、影響は少なかったはず。アルマに至っては、生クリームをドッサリのせて食べていたが、あれではパンケーキ自体の風味を損ねてしまうから、絶対に真似するつもりはなく……。
そんなことを考えていたら、
「バルトルトくん、何をニヤニヤしてるのかな?」
と、前を歩くアルマからの言葉。わざわざ振り返って言われるほど、あからさまな表情だったのだろうか。
思い出し笑いをしていたつもりはないので、少し恥ずかしいが……。思わず顔がニヤけるほど朝の食事が素晴らしかった、という証かもしれない。
「いや、別に……。ちょっと朝食のことを思い出して……」
「あら、もう昨日みたいなことを言うのは止めてよね」
僕の「美味しかった」を封じるかのように、横からクリスタが微笑みかけてきた。あまり絶賛されるのも、照れ臭いのだろう。
「食べ物のこと考えて、そんな顔になるなんて……。案外キミも食いしん坊なのかな? アルマみたいだね」
「ニーナちゃん! なんでそこで私の名前が出てくるのー?」
そんな感じで。
爽やかな日差しの下、たわいないお喋りをしながら、僕たちはアーベラインの街中を歩くのだった。
冒険者組合の窓口は、午前中なので空いていた。並んでいる冒険者はおらず、僕たちが近づいていくと、受付のお姉さんの方から声をかけてくる。
『バルトルトが一人で来た時とは違うな』
とダイゴローは言うが、人数のせいではないだろう。昨日の今日なので――「明日の午前中、また同じ窓口まで来てください」と告げたのは彼女自身なので――、僕たちの顔を覚えていたに違いない。
「カトック隊……でしたっけ。依頼番号一五八九の件ですね」
「そうです。どうなりました?」
受付の前に立って、リーダーのニーナが対応する。残りの僕たちは、ニーナの後ろに四人横並びで、彼女の背中を見守る形だった。
「はい、依頼者に連絡したところ、やはり『両方とも来るように』と言われました。今日の午後二時を指定されていますが、大丈夫ですね? 場所はこちらです」
「了解しました。ありがとうございます」
依頼人の屋敷――ベッセル男爵邸――までの地図を渡されて、頭を下げるニーナ。
窓口から離れると、アルマが彼女に駆け寄っていく。
「ねえねえ、ニーナちゃん。結局どうなったの? もう一つのパーティーと、一緒にお仕事するの? それとも、貴族のおじさんが雇ってくれるのは片方だけ?」
彼女の質問は、僕も気になるポイントだった。しかし、僕たちにも聞こえていた会話から判断すると……。
「さあ、どうでしょうね。どっちになるのか、行ってみるまでわからないみたい」
と言って、肩をすくめるニーナ。
冒険者組合としては、ここから先は依頼者と冒険者の直談判に任せる、という形なのだろう。冒険者組合は、あくまでも仕事の仲介をするだけであり、それ以上は関与しない組織なのだ。
『今の窓口での様子を見れば、僕にもそう思えるぜ。いかにもお役所仕事って感じだな』
ダイゴローは、茶々を入れるような口調だ。
しかし、彼に構っている場合ではなかった。
「そのベッセルって男爵の考え次第だけど……」
クリスタが、意味ありげな視線を僕に向ける。
「……もしも『二つのパーティーで共同』って言われたら、あなたは少しやりにくいのかしら?」
「えっ、それは……」
相手はエグモント団、つまり僕を追放したパーティーだ。気まずいのではないか、と心配してくれたらしい。
その気持ちに甘えてしまうのは簡単だが、それでは男が廃ると思って、虚勢を張ることにした。
「……いや、大丈夫ですよ。むしろその場合、両方と面識ある者として、僕が橋渡し役になりましょう!」
食堂ホールで軽く昼食にして――あくまでもカトック隊基準の『軽く』だったが――、少し時間を潰してから。
僕たちは、依頼人であるベッセル男爵の屋敷へ向かった。
「昨日、少し調べてみたのだけど……」
歩きながら、クリスタが興味深い情報を持ち出す。
「ベッセル男爵というのは、アーベラインの行政府で働く貴族の一人みたいよ」
「ああ、そっか。それで『回復の森』を担当してるのね。伯爵じゃないのに、ってちょっと不思議だったんだ」
と、納得するニーナ。
僕は今まで気にしていなかったが、なるほど、言われてみれば。
地域のトラブルを解決する目的で、地方領主の伯爵ではなく男爵がわざわざ冒険者を雇うのは、不思議といえば不思議な話だったかもしれない。
それよりも。
僕が驚いたのは、クリスタがこれを『昨日、調べた』という点だった。僕が昼寝している間に、情報収拾に励んでいたとは……!
改めて、クリスタを尊敬してしまう。
それにしても、ならば昨日の夕食とか今日の朝食とか、この話を持ち出す機会は、今までもあったはずだが……?
『そりゃあ、その男爵の屋敷に行く直前の方が、みんなの頭にも残りやすいからだろ? ただ話を披露するだけじゃなく、最適なタイミングを見極めた、ってことさ』
というのが、ダイゴローの理屈だった。
そうなのだろうか。そこまで彼女は考えていたのだろうか。
『別に不思議じゃないぜ。なにしろクリスタは魔法使いだ。賢くて当然だろ? このパーティーの頭脳労働担当じゃないのか?』
確かに冒険者学院では、賢さのパラメーターが魔法士には重要、と教える教師もいた。
パラメーターと言われても、数値化されて見えるわけではないから、どうしようもない。そう主張して反発する生徒は多かったし、どちらかといえば、僕もそちら側だったが……。
『なあ、バルトルト。お前も少しは彼女を見習えよ』
ダイゴローの口調が軽くなる。
『ほら、魔力は十分かもしれないのに弱炎魔法しか使えない、って話があっただろ。あれって、冒険者としてのレベル云々じゃなく、バルトルトの賢さが足りないから、って理由じゃないのかい?』
からかうような言葉に対して、僕は何も言い返せなかった。
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