転生変身ダイゴロー 〜パーティーを追放されたら変身ヒーローになった僕〜

烏川 ハル
烏川 ハル

第126話 ゴブリン討伐部隊(9)

公開日時: 2021年2月20日(土) 17:30
更新日時: 2023年10月30日(月) 22:11
文字数:3,780

   

 僕が十分な働きを見せた……。

 そのようにクリスタから評価されるのは嬉しいし、あたたかいものが心の中に広がったが、

「クリスタちゃん、私の話ちゃんと聞いてた? 助かったのはバルトルトくんじゃなくて、ダイゴローくんのおかげだよー」

 アルマが返した中にある『ダイゴロー』という言葉で、僕はハッとする。あたたかさは一瞬で消えて、むしろ冷水を浴びせられたような気分になった。


 事実としては、アルマとゴブリンを助けたのは、確かにこの僕だ。

 転生戦士ダイゴローの力を人間相手に使うのは卑怯と思いながらも、必要と判断して、変身して戦ったのだ。あの武闘家の魔の手から、アルマたちを救うために。

 だが、それは僕しか知らない真実。実際に助けられたアルマでさえも「結果的に助けられただけ」と思っており、僕つまり転生戦士ダイゴローの意図までは、正しく理解していなかった。

 ましてや、クリスタにわかるはずがないのに……。

 そう思うと同時に「もしかすると聡明なクリスタには、全てお見通しなのでは?」という疑念も湧いてくるのだった。


「もちろん聞いていたわ、アルマ。あなたの話から判断した結論よ、バルトルトを送り出して正解だった、というのは」

 カーリンの治療を終えて、クリスタはこちらに向き直った。

「最終的に武闘家の足止めをしたのは、あのダイゴローだとしても……。その前に、一度はバルトルトも武闘家と戦ったのよね。たとえ短時間とはいえ、その分の時間稼ぎが大きかったんだわ。それがなければ、ダイゴローが現れる前に、アルマたちは武闘家に追いつかれていたのでしょう?」

「あっ……」

 今頃になって気づいた、という声を上げるアルマ。

 僕は僕で、色々と隠し事があるために、冷静に「僕の立場からは、こう見えるはず」というのを想像できていなかったが……。

 なるほど、第三者目線では、そういう見方になるわけか。さすがはクリスタ、的確な状況判断だ。しかも、これは真実を知らないが故の考え方。いくらクリスタでも『全てお見通し』ではないとわかり、僕はホッと胸を撫で下ろした。

「ごめんね、バルトルトくん。役立たずとか言っちゃって」

「がんばったわね、バルトルト」

 アルマとクリスタの言葉に続いて、回復したカーリンが立ち上がり、歩み寄ってくる。真剣な表情で顔を近づけてくるので、何事かと思いきや、

「ではバルトルトも、あの武闘家と戦ったのだな。どうだった?」

 いかにもカーリンらしい質問だった。少し漠然としているが。


「さすがに強かったですよ。なにしろ……」

 カーリンを倒したほどだから、と続けそうになったが、それは思いとどまった。代わりに、戦いの詳細を語ることにする。

「……武器を叩き落とされて、殴り合いに持ち込まれましたからね。もう、なすすべなしでした」

「そうか。やはり、そのパターンか。だが……」

 と言うくらいだから、カーリンも同じだったらしい。

「……俺とは違って、バルトルトは素手でも戦えるだろう? 以前マヌエラに、そう評価されていたではないか」

 アーベントロートの自警団と戦った時の話だ。あの乱戦の中、カーリン自身の目で僕の体術を見極める余裕はなかったとしても、武闘家のマヌエラが口にした言葉くらいは聞こえており、その判断を鵜呑みにしたのだろう。

「そうですね。相手が素人なら、僕も武器なしで戦えますが……。さすがに、このレベルの武闘家相手じゃ無理ですよ。パンチの手数も多かったし、それをフェイントにしたキックも強烈で……」

「ああ、お前も蹴り飛ばされたのか。俺と同じだな。なるほど、それがあの武闘家の得意パターンか……」

 カーリンの言葉に、僕は力強く頷いた。そこまで彼女には言えないが、僕は変身状態でも戦って、同じ戦法を二度見ている。だから余計に「それがあの武闘家の得意パターン」と確信できるのだった。

「戦い方の癖がわかれば、同じ轍は踏まんぞ。次に会った時は……」

 カーリンはリベンジ宣言を口にしようとするが、それをニーナが遮った。

「うん、そういう話はあとにしようね。とりあえず、宿に戻って休もう。カーリンだって完全回復ではないだろうし、クリスタなんて、もうフラフラでしょう?」

 クリスタの回復魔法だけでは、カーリンの怪我がどれほど治療できているか、わからないのだ。そもそも今のクリスタは魔法士同士の戦いの直後であり、魔力がほぼからになった状態から、さらに魔法治療を試みていたのだから……。

 そこまで考えた上で改めてクリスタに目を向けると、いつもの微笑みで覆い隠しているものの、その向こう側には、深い疲労の色が透けて見えるように感じられるのだった。


 宿に戻った僕たちは、カーリンを医院まで連れていき、きちんとした魔法医に診てもらうことも考えたのだが……。

 宿屋の女将おかみさんに尋ねたところ、

「医院なら村の中心地にあるけど、魔法医なんていないよ。それが必要なほど大きな怪我をしたら、ブロホヴィッツの街まで運んでいくからねえ」

 と言われてしまったのだ。魔法ではなく薬や包帯を用いる、原始的な医学に基づいた医院らしい。クラナッハ村は小さな田舎村なのだ、というのを再認識させられた。

『俺にしてみれば、それこそが真っ当な医学なんだが……。そういうのを「原始的」と言えるのは、魔法万能のファンタジー世界ならでは、だな』

 別に魔法だって万能なわけではなく、怪我は治せても病気は治せない、という場合もある。だが魔法の存在しないダイゴローの世界から見れば、何でも出来るイメージなのだろうか。

『いや「何でも出来る」とまでは思ってないぜ。ここまで一緒に冒険してきて、魔法だけじゃどうにもならない敵とも、何度か戦ってるからな!』


 ダイゴローの感想はともかくとして。

 女将おかみさんにこう言われてしまっては、村の医院へ行く意味はない。薬や包帯程度の治療であれば、クリスタの回復魔法による応急処置で十分だった。

 そのクリスタとカーリンをベッドに寝かせて、残りの三人も、同じく部屋でのんびりと過ごす。

「私とバルトルトとアルマだけじゃ、あの森には行けないよね」

 カトック探しに執着しているニーナも、三人だけで魔族のアジトへ乗り込もう、というほど無謀ではなかった。

 しょせん魔族が何らかの情報を持っているかもしれないという程度であり、そこにカトックがいるわけではないから、まだ冷静なのかもしれない。

「うん! みんな元気になってから、ギギちゃんのところへ行こうねー」

「そのためにも、クリスタとカーリンには、早く良くなってもらわないと……」

 ニーナがベッドに目を向けると、カーリンは、しかめっつらを返してきた。

「重病人扱いするなよ。俺もクリスタも大丈夫だから、三人は適当に村をぶらついてきて構わないぞ」

「あら、それはダメよ。私は疲れているだけだし、カーリンの具合だって、少し横になっていれば回復するだろうけど……」

 疲労困憊の状態でも、パーティーの参謀役として、注意点を述べるクリスタ。

 ゴブリンを巡って僕たちと対立した冒険者三人組は、退いたとはいえ、村から去ったわけではないはず。迂闊にウロウロしていたら出くわして、また衝突する危険があった。

「向こうのリーダー、きちんと考える人みたいだったでしょう? だからギギちゃんさえ一緒じゃなければ、無用な争いは起こらないと思うけど。でも一応、警戒しておいた方がいいわ。それに……」

 クリスタは苦笑いしながら、カーリンに視線を向ける。

 寝ている格好のクリスタとは異なり、カーリンはベッドの上で、半ば体を起こした姿勢だった。

「三人がいなくなったら、あなた、これ幸いとベッドから飛び出すんじゃないかしら。休んでいる暇があったらトレーニングしたい、ってタイプでしょう?」

「おい、クリスタ。お前は俺をどういう目で見ているのだ?」

「今までの付き合いで見てきた通りよ」

 この最後のやり取りは冗談だとしても、三人組の冒険者に対する心配は的確だろう。

 彼らのことを考えた僕は、ふと小さな疑問が浮かび、それを口にした。

「まだ村にいるということは……。もしかして、あの三人も同じ宿に泊まっているのかな?」

『いや、それはあり得ないだろ。あいつらは宿屋の真ん前の広場からいなくなり、こっちの三人はそこに残ってたんだぜ。その状況で、いつチェックインできるんだ?』

 心の中でダイゴローが矛盾点を指摘するが、同じことを誰かが声に出すより早く、

「私、聞いてくるー!」

 アルマが部屋を飛び出し、元気な足音を立てながら、階下へ向かう。

「それはないと思うけどね……」

 小さく呟くニーナ。おそらくダイゴローと同じ考えなのだろう。

「そうね。でも女将おかみさんに聞くのが確実よね」

 クリスタがフォローの言葉を入れて……。

 あまり待たないうちに、アルマは戻ってきた。

「泊まってない、って。玩具屋さんの馬車で来たから、玩具屋さんの方に泊まるんじゃないか、って女将おかみさんは言ってるー」

 そういえば。

 あの玩具店は、店構えこそ大きくなかったものの、その裏にある建物の規模は大きかった。工房というだけでなく住居も兼ねているのだろう、と思ったが、あれならば冒険者を何人か滞在させるくらいは余裕だろう。

「ふむ。どちらにせよ、明日からの活動で、またぶつかり合うことになりそうだ。ならば再戦に備えて、今はゆっくり体を休めないと……」

 そう呟いたカーリンは、ベッドの上で今度こそ、きちんと横になるのだった。

   

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