転生変身ダイゴロー 〜パーティーを追放されたら変身ヒーローになった僕〜

烏川 ハル
烏川 ハル

第68話 再会、カトックよ(6)

公開日時: 2020年12月14日(月) 17:30
更新日時: 2023年5月8日(月) 16:23
文字数:3,426

   

「ハッ!」

 気迫のこもった剣で、敵の攻撃に応じるカトック。

 先に振り下ろしたはずの相手より、彼の一撃の方が素早かった。

 ゴブリン系モンスターのショートソードは弾き飛ばされ、宙を舞う。

 おのれの武器を目で追ってしまい、思わず空を見上げるモンスター。

 一瞬、喉元が無防備になり……。

「……!」

 その隙を、カトックは見逃さなかった。

 すかさず刺突に切り替えて、グッと踏み込む。

 ゴブリンに絶叫する暇すら与えず、その喉を刺し貫く剣。

 カトックが引き抜くと同時に、傷口からプシューッと血を吹き出しながら、ゴブリンは大地に倒れ込んだ。

 広がる血だまりの中で、ピクリとも動かない。急所に致命的な一撃を食らって、モンスターの命が途絶えたことは、誰の目にも明らかだった。


 カトックは、剣をブンと一振り。やいばに付着した血を払ってから、得物を腰に収める。

 戦闘終了だ。

 見守っていた者たちの間に、ワーッと歓声が上がった。

「さすがカトックさんだ!」

「やっぱりカトックさんだ!」

「俺たちのリーダーだぜ!」

「アーベントロートの英雄! 万歳!」

 自警団の仲間たちが、口々に騒ぎ立てながら、カトックのところへ駆け寄っていく。

 歓喜の輪の中で揉みくちゃにされながら、彼は冷静に対応していた。

「みなさん、大丈夫でしたか? 怪我をした人はいませんか?」

「ああ、問題ない。全くの無傷ってわけじゃないが……。しょせん、かすり傷さ!」

 真っ先に言葉を返したのは、この場を仕切っていたらしい銀髪。クリスタの魔法攻撃の時には自警団を下がらせ、カトックが来たら再び参戦の号令を発した、あの金属鎧の男だった。

 これ見よがしに、彼は両腕を掲げる。鎧では完全に保護されていない関節部分など、あちこちに出来たばかりの切り傷があった。まだ血が流れているところもあり、とても『かすり傷』とは言えないが、別に痩せ我慢ではないのだろう。特に痛みを感じているようには見えなかった。

 カトックも頷いて、彼の傷に関してはスルーする。

「それは良かったです。でも、街のみなさんは……? ここには、無辜の市民もたくさんいたのでしょう?」

 街を守るためとはいえ、自警団の者たちは自らモンスターに立ち向かった以上、傷を負うのも自己責任。だから彼らのことよりも、巻き込まれた一般市民の方を心配する、というのは当然の話だった。

「それも安心してくれ。俺たちが駆けつけた時点で、ゴブリンどもに斬られたり殴られたりした人はゼロだった。まあ、逃げる途中で転んで怪我した、って程度はいるかもしれんが……。一応、様子を見るために、ロルフを医院まで使いに出してる」

「ああ、ロルフさんですか。あまり彼は戦いに向いてないですから、的確な人選でしょうね」

 銀髪の男の采配に対して、満足げな表情を示すカトックだった。


 近寄るタイミングを逸したのかもしれない。

 僕たちカトック隊は、自警団とは対照的に、その場にとどまり、彼らの様子を見守るだけだった。

「カトック……」

 小声で彼の名前を口にするニーナも、動く素振りは見せなかった。心情的には、あの輪の中に飛び込みたいだろうに……。

『さすがのニーナでも、足が止まるんだろうさ。ほら、今のカトックは自警団の一員だ、ってのを見せつけられてる感じだからなあ』

 ダイゴローの分析は、僕の考えと同じだった。

 そんな中。

「今、怪我人の話をしていたようだけど……」

 と呼びかけながら、クリスタがカトックたちの方へ近づいていく。

「……何か手伝えること、あるかしら? 私は一応、回復魔法が使えるから、お役に立てると思うわ」

 微笑みを浮かべて歩み寄る彼女に対して、一瞬、黙り込む自警団。僕たちの参戦は認識していたものの、自己紹介などは一切なかったので、今さらのように「誰だ?」という疑問を顔に浮かべている。

 それを察して、カトックが軽く紹介。

「見ての通り、冒険者の方々です。アーベラインという街から、私を訪ねてくれた客人でしてね」

「カトック隊というらしい。俺も詳しくは知らないのだが」

 ブルーノが補足するが、自警団の人々は、かえって混乱を深めたようだ。彼らにしてみれば、見ず知らずの冒険者たちが『カトック』の名前を冠しているのだから、当然の反応かもしれない。

 カトックは苦笑しつつ、クリスタに向き直った。

「ありがとうございます。お気持ちは嬉しいのですが、この街の魔法医は優秀です。怪我人は少ないようですし、医院に出した使いが戻ってこないのも、特に問題ないからでしょうね」

「水臭いよ、カトック! 私たちにも協力させてよ!」

 叫んだのはニーナだった。クリスタが動き出したのをきっかけにして、ニーナもカトックに近づいていたのだ。

「そこまで言うのでしたら……。では、この場の怪我人をお願いします。たいした怪我ではないにしろ、一応の処置はしておく方がいいでしょう」

 カトックの言葉に頷いて、自警団の治療を始めるクリスタ。

 ここには薬も包帯もないので、クリスタ以外の者には、出来ることは何もなかったが……。

「さっきはありがとう。おかげで助かった」

 手持ち無沙汰の僕たちに、銀髪の男が話しかけてきた。まずは戦いの礼を述べてから、肝心の疑問を突きつける。

「それはそれとして、あんたたち、いったい何者だ? 『カトック隊』とは、どういうことだ?」

「どういうことも何も、そのまんまの意味なんだけど……」

 パーティーを代表してニーナが応じるが、少し説明に困っているらしい。

「……私はニーナ。カトックが消えちゃってから、カトック隊のリーダーになったの」

「つまり『元祖カトック隊』ってことだ。あんたたち自警団を『新カトック隊』って呼ぶならね」

 横からマヌエラが言葉を足す。

 当事者よりも部外者の方が、案外、端的に話をまとめられるものだ。『元祖カトック隊』とか『新カトック隊』といった表現は、馬車の中でも冗談っぽく聞かされた言葉だが、この街の者たちにもわかりやすかったらしい。

「元祖……? ああ、そうか。昔のカトックさんの仲間たちか……」

 銀髪の男の、納得の呟きに続いて、

「つまり、カトックさんの失われた記憶を知る者たち……?」

「カトックさんは昔から、凄い人だったんだよな?」

「おお! ぜひ話を聞かせてくれよ!」

 ニーナの周りに、わらわらと人が集まってくる。

「もちろん! ええっとね、カトックは……」

 満面の笑みで語り始めるニーナ。

 単純にカトックを誇りたい気持ちもあるだろうが、おそらく、それだけではないだろう。彼の過去話を彼自身に聞かせることで、カトックに思い当たる部分が出てくれば、そこから記憶が蘇るはず、という魂胆もあるに違いない。

 しかし。

 残念ながらカトックは、ニーナの話には耳を傾けず、残りの僕たちの方へ声をかけてきた。

「気を悪くしないでくださいね。みなさんの『協力しよう』という提案には、とても感謝しています。でも、私が到着した際にも言ったように、アーベントロートの街は、アーベントロートの自警団によって守られるべきなのです」

 僕たちを戦闘に参加させなかったこと、クリスタの申し出を断ったこと。それらの意図を、改めて説明し始める。

「これは別に、自警団の縄張り意識みたいな、狭い了見の話ではありません。なるべく余所者の手を借りたくない、というのは……」

 僕たちカトック隊は、一時的に訪れただけの冒険者に過ぎず、すぐに街から去る者たちだ。だから、その力を頼りにしてしまうと、もしも再び同じようにモンスターの襲撃があった場合、対処できなくなってしまう。

 そう語る彼の声は凛としており、強い説得力を伴っていた。

「……もちろん、こんな事件が二度とは起きてほしくないですけどね。一応『もしもの場合』は想定しておかないと」

 それまでの真面目な表情に、苦笑が混じる。『二度とは』と口にしたものの、そもそも今回の事件がまさに二度目なのだ。それが頭をよぎったのかもしれない。


「ところで、カトック。ちょっと私、気になってたんだけど……」

 彼の説明が一段落したところで、ニーナがカトックに声をかける。

 彼女は自警団を相手にカトック話で盛り上がっていたはずだが、同時にカトックの言葉にも聞き耳を立てて、タイミングを見計っていたらしい。

「……カトック隊の紋章、くしちゃった? それとも、今はここの自警団の一員だから、わざと外してるの?」

 彼女の言葉で、改めてカトックの格好に注意する。

 今まで僕は意識していなかったが……。

 ニーナやアルマが下げている星形ペンダントは、確かに彼の胸元には見当たらないのだった。

   

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