「ハッ!」
気迫のこもった剣で、敵の攻撃に応じるカトック。
先に振り下ろしたはずの相手より、彼の一撃の方が素早かった。
ゴブリン系モンスターのショートソードは弾き飛ばされ、宙を舞う。
己の武器を目で追ってしまい、思わず空を見上げるモンスター。
一瞬、喉元が無防備になり……。
「……!」
その隙を、カトックは見逃さなかった。
すかさず刺突に切り替えて、グッと踏み込む。
ゴブリンに絶叫する暇すら与えず、その喉を刺し貫く剣。
カトックが引き抜くと同時に、傷口からプシューッと血を吹き出しながら、ゴブリンは大地に倒れ込んだ。
広がる血だまりの中で、ピクリとも動かない。急所に致命的な一撃を食らって、モンスターの命が途絶えたことは、誰の目にも明らかだった。
カトックは、剣をブンと一振り。刃に付着した血を払ってから、得物を腰に収める。
戦闘終了だ。
見守っていた者たちの間に、ワーッと歓声が上がった。
「さすがカトックさんだ!」
「やっぱりカトックさんだ!」
「俺たちのリーダーだぜ!」
「アーベントロートの英雄! 万歳!」
自警団の仲間たちが、口々に騒ぎ立てながら、カトックのところへ駆け寄っていく。
歓喜の輪の中で揉みくちゃにされながら、彼は冷静に対応していた。
「みなさん、大丈夫でしたか? 怪我をした人はいませんか?」
「ああ、問題ない。全くの無傷ってわけじゃないが……。しょせん、かすり傷さ!」
真っ先に言葉を返したのは、この場を仕切っていたらしい銀髪。クリスタの魔法攻撃の時には自警団を下がらせ、カトックが来たら再び参戦の号令を発した、あの金属鎧の男だった。
これ見よがしに、彼は両腕を掲げる。鎧では完全に保護されていない関節部分など、あちこちに出来たばかりの切り傷があった。まだ血が流れているところもあり、とても『かすり傷』とは言えないが、別に痩せ我慢ではないのだろう。特に痛みを感じているようには見えなかった。
カトックも頷いて、彼の傷に関してはスルーする。
「それは良かったです。でも、街のみなさんは……? ここには、無辜の市民もたくさんいたのでしょう?」
街を守るためとはいえ、自警団の者たちは自らモンスターに立ち向かった以上、傷を負うのも自己責任。だから彼らのことよりも、巻き込まれた一般市民の方を心配する、というのは当然の話だった。
「それも安心してくれ。俺たちが駆けつけた時点で、ゴブリンどもに斬られたり殴られたりした人はゼロだった。まあ、逃げる途中で転んで怪我した、って程度はいるかもしれんが……。一応、様子を見るために、ロルフを医院まで使いに出してる」
「ああ、ロルフさんですか。あまり彼は戦いに向いてないですから、的確な人選でしょうね」
銀髪の男の采配に対して、満足げな表情を示すカトックだった。
近寄るタイミングを逸したのかもしれない。
僕たちカトック隊は、自警団とは対照的に、その場に留まり、彼らの様子を見守るだけだった。
「カトック……」
小声で彼の名前を口にするニーナも、動く素振りは見せなかった。心情的には、あの輪の中に飛び込みたいだろうに……。
『さすがのニーナでも、足が止まるんだろうさ。ほら、今のカトックは自警団の一員だ、ってのを見せつけられてる感じだからなあ』
ダイゴローの分析は、僕の考えと同じだった。
そんな中。
「今、怪我人の話をしていたようだけど……」
と呼びかけながら、クリスタがカトックたちの方へ近づいていく。
「……何か手伝えること、あるかしら? 私は一応、回復魔法が使えるから、お役に立てると思うわ」
微笑みを浮かべて歩み寄る彼女に対して、一瞬、黙り込む自警団。僕たちの参戦は認識していたものの、自己紹介などは一切なかったので、今さらのように「誰だ?」という疑問を顔に浮かべている。
それを察して、カトックが軽く紹介。
「見ての通り、冒険者の方々です。アーベラインという街から、私を訪ねてくれた客人でしてね」
「カトック隊というらしい。俺も詳しくは知らないのだが」
ブルーノが補足するが、自警団の人々は、かえって混乱を深めたようだ。彼らにしてみれば、見ず知らずの冒険者たちが『カトック』の名前を冠しているのだから、当然の反応かもしれない。
カトックは苦笑しつつ、クリスタに向き直った。
「ありがとうございます。お気持ちは嬉しいのですが、この街の魔法医は優秀です。怪我人は少ないようですし、医院に出した使いが戻ってこないのも、特に問題ないからでしょうね」
「水臭いよ、カトック! 私たちにも協力させてよ!」
叫んだのはニーナだった。クリスタが動き出したのをきっかけにして、ニーナもカトックに近づいていたのだ。
「そこまで言うのでしたら……。では、この場の怪我人をお願いします。たいした怪我ではないにしろ、一応の処置はしておく方がいいでしょう」
カトックの言葉に頷いて、自警団の治療を始めるクリスタ。
ここには薬も包帯もないので、クリスタ以外の者には、出来ることは何もなかったが……。
「さっきはありがとう。おかげで助かった」
手持ち無沙汰の僕たちに、銀髪の男が話しかけてきた。まずは戦いの礼を述べてから、肝心の疑問を突きつける。
「それはそれとして、あんたたち、いったい何者だ? 『カトック隊』とは、どういうことだ?」
「どういうことも何も、そのまんまの意味なんだけど……」
パーティーを代表してニーナが応じるが、少し説明に困っているらしい。
「……私はニーナ。カトックが消えちゃってから、カトック隊のリーダーになったの」
「つまり『元祖カトック隊』ってことだ。あんたたち自警団を『新カトック隊』って呼ぶならね」
横からマヌエラが言葉を足す。
当事者よりも部外者の方が、案外、端的に話をまとめられるものだ。『元祖カトック隊』とか『新カトック隊』といった表現は、馬車の中でも冗談っぽく聞かされた言葉だが、この街の者たちにもわかりやすかったらしい。
「元祖……? ああ、そうか。昔のカトックさんの仲間たちか……」
銀髪の男の、納得の呟きに続いて、
「つまり、カトックさんの失われた記憶を知る者たち……?」
「カトックさんは昔から、凄い人だったんだよな?」
「おお! ぜひ話を聞かせてくれよ!」
ニーナの周りに、わらわらと人が集まってくる。
「もちろん! ええっとね、カトックは……」
満面の笑みで語り始めるニーナ。
単純にカトックを誇りたい気持ちもあるだろうが、おそらく、それだけではないだろう。彼の過去話を彼自身に聞かせることで、カトックに思い当たる部分が出てくれば、そこから記憶が蘇るはず、という魂胆もあるに違いない。
しかし。
残念ながらカトックは、ニーナの話には耳を傾けず、残りの僕たちの方へ声をかけてきた。
「気を悪くしないでくださいね。みなさんの『協力しよう』という提案には、とても感謝しています。でも、私が到着した際にも言ったように、アーベントロートの街は、アーベントロートの自警団によって守られるべきなのです」
僕たちを戦闘に参加させなかったこと、クリスタの申し出を断ったこと。それらの意図を、改めて説明し始める。
「これは別に、自警団の縄張り意識みたいな、狭い了見の話ではありません。なるべく余所者の手を借りたくない、というのは……」
僕たちカトック隊は、一時的に訪れただけの冒険者に過ぎず、すぐに街から去る者たちだ。だから、その力を頼りにしてしまうと、もしも再び同じようにモンスターの襲撃があった場合、対処できなくなってしまう。
そう語る彼の声は凛としており、強い説得力を伴っていた。
「……もちろん、こんな事件が二度とは起きてほしくないですけどね。一応『もしもの場合』は想定しておかないと」
それまでの真面目な表情に、苦笑が混じる。『二度とは』と口にしたものの、そもそも今回の事件がまさに二度目なのだ。それが頭をよぎったのかもしれない。
「ところで、カトック。ちょっと私、気になってたんだけど……」
彼の説明が一段落したところで、ニーナがカトックに声をかける。
彼女は自警団を相手にカトック話で盛り上がっていたはずだが、同時にカトックの言葉にも聞き耳を立てて、タイミングを見計っていたらしい。
「……カトック隊の紋章、失くしちゃった? それとも、今はここの自警団の一員だから、わざと外してるの?」
彼女の言葉で、改めてカトックの格好に注意する。
今まで僕は意識していなかったが……。
ニーナやアルマが下げている星形ペンダントは、確かに彼の胸元には見当たらないのだった。
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