「どうしたんだい、ジルバ。そんな格好で……」
リーゼルが険しい顔になる。食事中に踏み込まれたことに不快感を示したのか、あるいは、仰々しい鎧姿を見て「また今日のモンスター襲撃みたいな事件が起きた?」と心配になったのか。
どちらにせよ、ジルバの方では、彼女の表情の変化は気にしていないようで、むしろ笑みさえ浮かべながら応えていた。
「ああ、深い意味はない。でも冒険者を訪ねる以上、俺もそれなりの格好で来るべき、と思ってな」
ということは、彼はフランツやリーゼルではなく、僕たちカトック隊に用事があるらしい。
ジルバは僕たちの顔を見回してから、ニーナに視線を向けて、話しかける。
「一言、あんたたちに言っておきたくてな。それで、わざわざ会いに来たんだ」
長い話にはならないのだろう。彼は立ったままであり、座れと言う者もいなかった。
「カトックさんから詳しく聞いたぜ。あんたたちは昔の仲間だけど、当時のことは全く思い出せない、って」
「うん。今はまだ、記憶が蘇らないみたいだけど……」
ニーナが応じるが、ジルバは最後まで言わせなかった。
「おいおい、違うだろ? あんたの言い方だと、いつか記憶が戻るみたいな口ぶりだが、そんな保証はどこにもないぜ」
「でも、戻らないとも限らないわ!」
ニーナの口調が、少し激しくなる。
その勢いを受け流しながら、ジルバは続けた。
「ああ、先の話はわからない。だから大事なのは、今の状態だ。そして今のカトックさんは、アーベントロートの自警団のリーダーであって、あんたたちの冒険者パーティーのリーダーじゃない」
昼間の態度を見れば、カトック自身が「自分は自警団の一員」と認識していることは、僕たちの目にも明らかだった。そういう認識でなければ、「自警団だけで戦う」と宣言した後でカトック自身が斬り込んでいくのは、発言と矛盾してしまうのだから。
ただしニーナだけは、僕たちの中でも違う見方をしていたに違いない。
「でも……!」
「これを見ろ」
再びニーナの言葉を遮って、ジルバが胸元に手をやる。首から下げていたペンダントを、僕たちにアピールする意味で、少し掲げてみせた。
雪の結晶を模したようにも見える、三本の銀色の棒を組み合わせた形のペンダント。今日の広場でカトックに見せられたものと同じであり、カトックからジルバが借りてきたのだろう。僕は一瞬、そう思ってしまったのだが……。
「昼間も言ったよな? カトックさんにゆかりのアクセサリーだから、自警団のシンボルマークにする予定だ、飾り職人に注文済みだ、って。出来上がったから、早速、身につけることにしたのさ」
誇らしげな顔をするジルバ。個人的な宝物を自慢する、子供のようだ。
「これを見てもわかるように、今のカトックさんは俺たちの仲間だ。たとえ記憶が回復しても、いなくなられたら困る。あんたたちに、彼を返すわけにはいかない」
「それは勝手な理屈だわ!」
勢いよく叫んで、ニーナが立ち上がる。
「記憶が戻ったら、カトックは当然、私たちと一緒に帰るのよ! たとえ戻らなくても、そうするの! 私たちと一緒なら、きっと色々と思い出すはずだから!」
正直なところ、僕には、ニーナの方が『勝手な理屈』を振りかざしているように思えた。
僕だけでなく、おそらく他の者たちも同じだったのだろう。少なくとも、ニーナに「そうだ、そうだ」と賛同する声は、仲間の内から出てこなかった。
そんな雰囲気は、ジルバにも感じ取れたのかもしれない。やはりニーナの勢いを真っ向から受け止めようとはせず、淡々と告げた。
「あんたがどう思おうが、カトックさんは、この街の自警団にこそ必要な人間だ。だからな、カトックさんを連れ去るなんて暴挙、おとなしく諦めてさ、あんたたちだけで元の街へ帰ってくれ。……俺が言いたいのは、それだけだ」
そしてジルバは、ニーナに反論の間も与えず、さっさと立ち去るのだった。
「リーゼルの言う通りだね。熱狂的かどうかは別にして、少なくともあの男がカトックさんの信奉者なのは、間違いないようだ」
「まるでカトックさんの奪い合いだね」
マヌエラとリーゼルが従姉妹同士で言葉を交わす横では、アルマがニーナを慰めている。
「大丈夫だよ、ニーナちゃん。あんなこと言ってたけど、カトックくんが記憶を取り戻したら状況も変わるよ。だって、あの人、カトックくんの言うことには従いそうだもん。カトックくん自身が『カトック隊に戻る』って言い出したら、反対できないでしょ?」
ジルバがカトックの信者だからこそ、という考え方だ。それはそれで筋の通った意見かもしれないが、それでも、ちょっと残酷な気がした。
まず、カトックの記憶が蘇るという保証はないからだ。それに、アルマが本心からニーナの言い分を認めているのか、あるいは、ただ慰めるつもりで味方という姿勢を見せているだけなのか、そこも僕には判断できなかった。
『前にニーナと三人だけになった時みたいに、ああ見えてアルマは、ただの陽気な脳天気じゃないからな。見た目と内心が違ってても、おかしくはない』
と、僕に同意するダイゴロー。
他の仲間たちの態度はどうだろう、と思ってチラッと見ると。
カーリンは、黙ったままの無表情。でも彼女の場合、考えがわかりにくいのは、平常運転かもしれない。
一方クリスタは、いつものように微笑みを浮かべているものの、いつもとは少し違う雰囲気が感じられた。口元の形が微秒に違うのだろうか。
おそらく心の内には、色々と複雑な想いが入り混じっているに違いない。今日の午後、彼女がカトックを疑っていると聞かされたばかりなだけに、僕はそう考えてしまうのだった。
その後は特に会話が弾むこともなく、夕食は終わりとなり……。
翌朝。
「今日もカトックに会いに行こう!」
「そうだね、ニーナちゃん。みんなの顔見てた方が、カトックくんの記憶、早く戻りそうだもん!」
ニーナの提案に、アルマが真っ先に賛同。表立って反対意見を述べる者もいなかったので、前日と同じく朝食の後、僕たちは教会へ向かうことになった。
「ちょっと空が曇ってるけど、これくらいなら大丈夫だろう。もしも降ってきたら、どこかで雨宿りさせてもらいなよ」
と言うリーゼルに送り出されて、僕たち六人は歩き始める。
三日連続の訪問であり、時間帯も同じで二日連続だ。昨日ほど明るい朝ではないものの、景色が大きく違って見えるほどではなかった。もう道案内も地図も必要なく、すんなりと教会まで辿り着いたのだが……。
昨日とは異なり、今日はカトックが庭仕事をしている、という様子はなかった。
とはいえ、外には出ているけれど表からは見えない場所で作業している、という可能性もある。ぐるりと教会の建物を一周してみるのもアリだったかもしれないが、リーダーであるニーナの選択は別だった。
何の断りもなく敷地内をズカズカ歩き回るのは失礼、と考えたようだ。
「すいませーん! カトックいませんか?」
大きく叫びながら建物の扉を開いて、礼拝堂へ入っていく。
街の者であるリーゼルからは何も聞かされていないので、今日はミサが行われている日ではないはず。だからシーンと静まり返っており、ニーナの声が、必要以上に響き渡った。
一昨日も足を踏み入れた礼拝堂だが、夕方の遅い時間とは異なり、朝の日光が差し込むと、かなり雰囲気が違って見えた。
具体的に「何が」と問われても上手く答えられないが……。あえて挙げるならば、窓のステンドグラスだろうか。とにかく、教会特有の荘厳さが、いっそう増しているように感じられたのだ。
「はい、誰でしょう……?」
一昨日と同じセリフで、同じく奥の小さなドアが開く。ただし一昨日とは違って、年齢を感じさせるような低い声質であり、声の持ち主も別人だった。
黒い立襟の祭服をすらりと着こなした、ロマンスグレーの老紳士。初対面だが、この教会の神父に間違いないだろう。
「はじめまして。カトック隊のニーナと申します」
「カトック隊……。ああ、カトックの昔のお仲間ですね。ええ、あなた方の話なら、彼から聞いています。でも、カトックは今……」
丁寧に挨拶したニーナに対して。
神父は、カトックの不在を告げるのだった。
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