転生変身ダイゴロー 〜パーティーを追放されたら変身ヒーローになった僕〜

烏川 ハル
烏川 ハル

第3章 モンスターな英雄

第94話 ゴブリンの村(1)

公開日時: 2021年1月14日(木) 17:30
更新日時: 2023年10月30日(月) 22:03
文字数:3,075

   

 空が夕方の色に変わる頃、僕たちを乗せた小型馬車は、ブロホヴィッツの広場へ入っていく。

 往路でも馬車を乗り換える際に使った、大きな円形花壇のあるところだ。そこをぐるりと回って方向転換してから、他の小型馬車も集まっている辺りで、馬車は停車した。

「着きましたよ、みなさん。私は、ここまでです」

「御者のおじさん、ありがとー!」

 いつもの口調で感謝を述べるアルマに続いて、ニーナも挨拶する。

「わざわざ、ありがとうございました」

「いえいえ、こちらこそ。私たちアーベントロートの住人一同、みなさんには世話になりましたからね。みなさんは色々あって、良い思い出ばかりではないでしょうが……」

 彼は一瞬、複雑な表情になってから、乗客相手の営業スマイルを浮かべ直した。

「……是非またアーベントロートまで、遊びに来てください! 街を挙げて歓迎しますよ!」

 彼の言葉を背にしながら、僕たち五人は、小型馬車から降りる。

『なあ、バルトルト。この御者、これからどうするんだ? すぐ今からアーベントロートに戻る、ってわけにいかんだろ?』

 些細な疑問を持ち出すダイゴロー。

 確かに、こんな時間から馬車を走らせても、アーベントロートへ辿り着く前に夜になるから危険。彼もまた、このブロホヴィッツに一泊するはずだった。

 それなのに、僕たちとは違って馬車から降りようとせず、客待ちの小型馬車の集団に混じるのは……。

 あわよくば、往路の僕たちのような「明日アーベントロートへ行きたいのですが」という客をキャッチしたいのかもしれない。そんな客が現れる可能性は低いだろうが、いないとも限らないのだから。


「さてと。それじゃ私たちは、この街の冒険者組合へ向かおうか?」

「そうね。まだ窓口も開いている時間でしょうし」

 ニーナの意見に、真っ先に賛成するクリスタ。

 あまり遅くなると本日の業務終了だが、まだ十分にに合う時間だと僕にも思えた。

「マヌエラちゃんがパーティーから抜ける手続き?」

「そうだよ。マヌエラの方から手紙で連絡してるはずだけど、正式な報告としては、パーティー側から脱退届けを出さないとね」

 アルマの質問に答えながら、ニーナはポンと、腰に下げた革袋を叩いた。

 ジャラッと音がする。マヌエラから返したもらった分も含めて、新メンバー加入にも対応できるように、いくつか予備の星形ペンダントが入っているのだ。

『今さらだが、パーティー辞める手続きに立ち会うのは、これが初めてだな。俺がバルトルトと会ったのは、もうお前がエグモント団から追い出された後だったし……』

 時間的には、ちょうどダイゴローと僕が出会って融合していた頃だろうか。エグモント団リーダーのゲオルクが、冒険者組合に僕のメンバー脱退を報告していたのは。

『……その後、お前がカトック隊を辞めるつもりだったのも、結局は有耶無耶になったからな!』

 今となっては「そんなこともあったなあ」という懐かしい思い出だ。

 脳内でダイゴローと一緒に過去を振り返っている間に、現実世界では、ニーナがアルマへの言葉を続けていた。

「それと、もう一つ。帰りの長距離馬車の予約も、冒険者組合でやっておいた方がいいからね」

 大陸横断の馬車は、それこそ今この場所でも予約できる。少し見回しただけで、アーべラインの広場にあったのと同じような、クリーム色の小さな建物――乗合馬車の手続きをする受付窓口――が視界に入った。

 それでも、わざわざ冒険者組合を通したくなるのが、冒険者というものだった。

『ああ、来る時に説明あったの、覚えてるぜ。その方が冒険旅行って扱いになって、割安になるんだろ?』

 ダイゴローの口調からすると、しみったれた話とは思っていないらしい。冒険の必要経費を少しでも抑えようというのは、彼にも理解できる気持ちなのだろう。

 そう僕が納得していると、

「二人とも、何か忘れていないか? 冒険者組合へ行く理由ならば、まだ他にもあるだろう?」

 アルマとニーナの会話に、カーリンが加わってきた。


『なんだ? 彼女が話に入るってことは、戦闘関連か?』

 聞こえたはずは絶対にないが、まるでダイゴローの疑問に答えるかのように、カーリンは補足する。

「正確には『行く理由』というより『行くのであれば、ついでに』という程度だが……。ほら、モンスター討伐の換金だ」

「そっか! また魔族、倒したもんね!」

 ニーナの言葉を耳にして、僕は「あっ……」と叫びたくなった。

 前回『回復の森』で黒ローブの怪人――『毒使いポイズン・マスター』という魔族――を倒した際、みんなは「巨人ギガントゴブリン二匹分に相当する経験値やお金が得られた」と勘違いしており、その誤解は続いたままだった。

 そういえば、換金する前にカトック隊の紋章を返してしまったマヌエラは、あの森で戦った分が全く入らないわけだが……。

『案外、あの姉ちゃんは察してたのかもしれんな。どうせ魔族はモンスター扱いじゃないだろう、って』

 あるいは、カトックが偽物だったことで、依頼を遂行できなかったと判断。もらえるはずだったモンスター討伐料は辞退しよう、という気持ちなのかもしれない。

『いやいや、それはおかしい。約束した額の報酬は、ちゃっかり受け取ったんだろ?』

 まあ、マヌエラの思惑がどちらだとしても。

 カトック隊の女の子たち四人は、これから行く冒険者組合で「あれ? 思っていた額より少ない?」と困惑するに違いない。

『困惑ってより、落胆とか失望とかっていうんだぜ、その感情は』


 行きの旅路でブロホヴィッツを経由した際、ここの冒険者組合に立ち寄る機会はなかった。

 でも一応、場所だけは確認してあった。いつ何が起きてもいいように、最寄りの冒険者組合の位置を把握しておくのは、冒険者の習性みたいなものだから。

 数日前の話であり、まだ記憶に残っていたので、特に案内を必要とすることもなく、そちらへ向かって歩き始めたのだが……。


「マヌエラちゃん、強かったね」

 ニーナと並んで前を歩きながら、ポツリと呟くアルマ。陽気な彼女には珍しく、しみじみとした口調だった。

 今からマヌエラのパーティー離脱手続きをしに行くので、改めて「マヌエラとはお別れ」という気持ちが強まったのかもしれない。

 行きの馬車でも、アーベントロートの街中まちなかを歩く時も、マヌエラはアルマのおしゃべりに付き合う機会が多かった。彼女と仲良くなった分、アルマは喪失感も人一倍なのだろうか。

「どうしたの? 寂しくなっちゃった?」

 僕が思っても口にしなかったことを、ニーナがズバリと尋ねる。

「大丈夫だよ。アーべラインに帰ったら、またいつでも会えるからね」

 そう慰めるニーナに対して、アルマは首を横に振った。

「もちろん、そういう気持ちもあるよ。でも、違うの。私が気になってるのは……」

 少し考え込むかのように言葉を切ってから、改めて続ける。

「ほら、森で自警団の人たちと戦った時のこと。私、マヌエラちゃんに助けてもらったでしょ?」

 マヌエラがアルマの守りについていたのは、僕もハッキリと見ていた。さらに言えば、マヌエラがそのポジションから抜けた際は、カーリンが代わりに入るくらいだった。

 アルマはテイマーという特殊なジョブだから、仕方のない話だと僕は思うのだが……。

「私だけだったよね、守ってもらったのは。ニーナちゃんやカーリンちゃんやクリスタちゃんはもちろん、バルトルトくんだって、一人で頑張って戦ってた。だから、考えちゃったんだけど……」

 隣のニーナに目を向けるだけでなく、後ろを歩く僕たち三人の方を振り返って、カトック隊の仲間全員の顔を見回してから。

 アルマは眉間にしわを寄せて、尋ねるのだった。

「もしかして、私、お荷物?」

   

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