空が夕方の色に変わる頃、僕たちを乗せた小型馬車は、ブロホヴィッツの広場へ入っていく。
往路でも馬車を乗り換える際に使った、大きな円形花壇のあるところだ。そこをぐるりと回って方向転換してから、他の小型馬車も集まっている辺りで、馬車は停車した。
「着きましたよ、みなさん。私は、ここまでです」
「御者のおじさん、ありがとー!」
いつもの口調で感謝を述べるアルマに続いて、ニーナも挨拶する。
「わざわざ、ありがとうございました」
「いえいえ、こちらこそ。私たちアーベントロートの住人一同、みなさんには世話になりましたからね。みなさんは色々あって、良い思い出ばかりではないでしょうが……」
彼は一瞬、複雑な表情になってから、乗客相手の営業スマイルを浮かべ直した。
「……是非またアーベントロートまで、遊びに来てください! 街を挙げて歓迎しますよ!」
彼の言葉を背にしながら、僕たち五人は、小型馬車から降りる。
『なあ、バルトルト。この御者、これからどうするんだ? すぐ今からアーベントロートに戻る、ってわけにいかんだろ?』
些細な疑問を持ち出すダイゴロー。
確かに、こんな時間から馬車を走らせても、アーベントロートへ辿り着く前に夜になるから危険。彼もまた、このブロホヴィッツに一泊するはずだった。
それなのに、僕たちとは違って馬車から降りようとせず、客待ちの小型馬車の集団に混じるのは……。
あわよくば、往路の僕たちのような「明日アーベントロートへ行きたいのですが」という客をキャッチしたいのかもしれない。そんな客が現れる可能性は低いだろうが、いないとも限らないのだから。
「さてと。それじゃ私たちは、この街の冒険者組合へ向かおうか?」
「そうね。まだ窓口も開いている時間でしょうし」
ニーナの意見に、真っ先に賛成するクリスタ。
あまり遅くなると本日の業務終了だが、まだ十分に間に合う時間だと僕にも思えた。
「マヌエラちゃんがパーティーから抜ける手続き?」
「そうだよ。マヌエラの方から手紙で連絡してるはずだけど、正式な報告としては、パーティー側から脱退届けを出さないとね」
アルマの質問に答えながら、ニーナはポンと、腰に下げた革袋を叩いた。
ジャラッと音がする。マヌエラから返したもらった分も含めて、新メンバー加入にも対応できるように、いくつか予備の星形ペンダントが入っているのだ。
『今さらだが、パーティー辞める手続きに立ち会うのは、これが初めてだな。俺がバルトルトと会ったのは、もうお前がエグモント団から追い出された後だったし……』
時間的には、ちょうどダイゴローと僕が出会って融合していた頃だろうか。エグモント団リーダーのゲオルクが、冒険者組合に僕のメンバー脱退を報告していたのは。
『……その後、お前がカトック隊を辞めるつもりだったのも、結局は有耶無耶になったからな!』
今となっては「そんなこともあったなあ」という懐かしい思い出だ。
脳内でダイゴローと一緒に過去を振り返っている間に、現実世界では、ニーナがアルマへの言葉を続けていた。
「それと、もう一つ。帰りの長距離馬車の予約も、冒険者組合でやっておいた方がいいからね」
大陸横断の馬車は、それこそ今この場所でも予約できる。少し見回しただけで、アーべラインの広場にあったのと同じような、クリーム色の小さな建物――乗合馬車の手続きをする受付窓口――が視界に入った。
それでも、わざわざ冒険者組合を通したくなるのが、冒険者というものだった。
『ああ、来る時に説明あったの、覚えてるぜ。その方が冒険旅行って扱いになって、割安になるんだろ?』
ダイゴローの口調からすると、しみったれた話とは思っていないらしい。冒険の必要経費を少しでも抑えようというのは、彼にも理解できる気持ちなのだろう。
そう僕が納得していると、
「二人とも、何か忘れていないか? 冒険者組合へ行く理由ならば、まだ他にもあるだろう?」
アルマとニーナの会話に、カーリンが加わってきた。
『なんだ? 彼女が話に入るってことは、戦闘関連か?』
聞こえたはずは絶対にないが、まるでダイゴローの疑問に答えるかのように、カーリンは補足する。
「正確には『行く理由』というより『行くのであれば、ついでに』という程度だが……。ほら、モンスター討伐の換金だ」
「そっか! また魔族、倒したもんね!」
ニーナの言葉を耳にして、僕は「あっ……」と叫びたくなった。
前回『回復の森』で黒ローブの怪人――『毒使い』という魔族――を倒した際、みんなは「巨人ゴブリン二匹分に相当する経験値やお金が得られた」と勘違いしており、その誤解は続いたままだった。
そういえば、換金する前にカトック隊の紋章を返してしまったマヌエラは、あの森で戦った分が全く入らないわけだが……。
『案外、あの姉ちゃんは察してたのかもしれんな。どうせ魔族はモンスター扱いじゃないだろう、って』
あるいは、カトックが偽物だったことで、依頼を遂行できなかったと判断。もらえるはずだったモンスター討伐料は辞退しよう、という気持ちなのかもしれない。
『いやいや、それはおかしい。約束した額の報酬は、ちゃっかり受け取ったんだろ?』
まあ、マヌエラの思惑がどちらだとしても。
カトック隊の女の子たち四人は、これから行く冒険者組合で「あれ? 思っていた額より少ない?」と困惑するに違いない。
『困惑ってより、落胆とか失望とかっていうんだぜ、その感情は』
行きの旅路でブロホヴィッツを経由した際、ここの冒険者組合に立ち寄る機会はなかった。
でも一応、場所だけは確認してあった。いつ何が起きてもいいように、最寄りの冒険者組合の位置を把握しておくのは、冒険者の習性みたいなものだから。
数日前の話であり、まだ記憶に残っていたので、特に案内を必要とすることもなく、そちらへ向かって歩き始めたのだが……。
「マヌエラちゃん、強かったね」
ニーナと並んで前を歩きながら、ポツリと呟くアルマ。陽気な彼女には珍しく、しみじみとした口調だった。
今からマヌエラのパーティー離脱手続きをしに行くので、改めて「マヌエラとはお別れ」という気持ちが強まったのかもしれない。
行きの馬車でも、アーベントロートの街中を歩く時も、マヌエラはアルマのおしゃべりに付き合う機会が多かった。彼女と仲良くなった分、アルマは喪失感も人一倍なのだろうか。
「どうしたの? 寂しくなっちゃった?」
僕が思っても口にしなかったことを、ニーナがズバリと尋ねる。
「大丈夫だよ。アーべラインに帰ったら、またいつでも会えるからね」
そう慰めるニーナに対して、アルマは首を横に振った。
「もちろん、そういう気持ちもあるよ。でも、違うの。私が気になってるのは……」
少し考え込むかのように言葉を切ってから、改めて続ける。
「ほら、森で自警団の人たちと戦った時のこと。私、マヌエラちゃんに助けてもらったでしょ?」
マヌエラがアルマの守りについていたのは、僕もハッキリと見ていた。さらに言えば、マヌエラがそのポジションから抜けた際は、カーリンが代わりに入るくらいだった。
アルマはテイマーという特殊なジョブだから、仕方のない話だと僕は思うのだが……。
「私だけだったよね、守ってもらったのは。ニーナちゃんやカーリンちゃんやクリスタちゃんはもちろん、バルトルトくんだって、一人で頑張って戦ってた。だから、考えちゃったんだけど……」
隣のニーナに目を向けるだけでなく、後ろを歩く僕たち三人の方を振り返って、カトック隊の仲間全員の顔を見回してから。
アルマは眉間にしわを寄せて、尋ねるのだった。
「もしかして、私、お荷物?」
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