核心を突く質問だった。
そもそもカーリンにしたところで、魔族とハッキリ言ってしまえば笑い飛ばされる、という判断から、あのような曖昧な言い方をしたのだろう。
誰がどう答えるべきか。僕は黙って仲間の顔を見回し、
『少なくとも、お前がしゃしゃり出る場面じゃねえぞ。発言主であるカーリンか、パーティーの参謀役のクリスタか、リーダーのニーナか……。その辺りに任せておけ』
と、ダイゴローもアドバイスを送ってくる。
実際、彼は間違っておらず、口を開いたのはクリスタだった。
「その『あいつら』なんだけど……。あなたたち、魔族の存在って信じるかしら?」
その場の誰もが言葉を失った。
カトック隊の仲間たちは、クリスタが正直に告げたことに驚いたし、それ以外の者たちは、予想もしなかった言葉を耳にして、ぽかんと口を開ける者すらいる有様だ。
そんな中、誰よりも早く言葉を取り戻したのは、
「村へ遊びに来るゴブリンがいるという、ただそれだけの問題だったのに……。ずいぶんと話のスケールが広がったな!」
「魔族なんて魔王と一緒で、子供のおとぎ話みたいな伝説ですけど……。冒険者の方々にとっては、違うのかしら?」
カールとパトリツィアだった。冒険者同士の会話には参加せず、それまで黙って座っていたから、非常に存在感が希薄になっていた二人組だ。
彼らの発言が呼び水になって、ドライシュターン隊の者たちも話し始める。
「魔族と来たか……」
「僕も全く予想してなかったよ」
「どうする、リーダー? 真面目に相手するのがバカらしくなってきたぞ」
散々な言い様だが、これが世間一般の対応だ。仕方がない、と僕は思う。
それは僕だけではないはずであり、魔族という言葉を持ち出したクリスタ自身、苦笑いを浮かべていた。
「じゃあ、少し聞き方を変えるわ。魔族そのものではなく、魔族を自称するモンスターだったらどうかしら? そういうのがいる、って信じられる?」
今度は彼らも、絶句したり呆れたりしなかった。赤い戦士に至っては、むしろ笑みを浮かべるくらいだ。
「なるほど、面白いな。魔族を自称するモンスターか……」
椅子の背もたれに体を預けて、腕組みをするその格好は、いかにも熟考しているという態度に見えた。
「おいおい、リーダー。こんな話、信じるのか?」
「自称した、ということは、そのモンスターはしゃべったのかな? あるいは、その時も、テイマーの子に通訳してもらった?」
「あら、鋭いわね」
紺色ローブの魔法士の質問に対して、今度はクリスタが笑みを浮かべる。
「普通に人間の言葉で話していたのよ。だから最初、モンスターとは思わなかったのだけど……」
クリスタは、アーべラインの『回復の森』で出会った『毒使い』について語った。まるで首なし騎士のように、その怪人には顔がなかった、と。
「その時は、まだ魔族なんて話、一切出てこなかったの。でも……」
続いて、アーベントロートの偽カトックの一件だ。最後に正体を明かした彼は、やはり首なし騎士のように顔がなく、しかも自分たちは魔族だ、と言い出したのだった。
「その自称魔族が、メカ巨人ゴブリンについても話していたのよ。仲間と共同開発したモンスターだ、って」
「ちょっと待ってくれ!」
クリスタの話を聞き終えて、ドライシュターン隊の誰よりも先に、カールが騒ぎ出した。
「あんたたち、前に言ってたよな? この村をゴブリンが訪れるって問題は、アーベントロートのモンスター襲撃事件とは全く違う、って。でも今の話を聞く限り、背後にいる黒幕は似たような存在なんだろ? 魔族だか魔族を自称するモンスターだか知らないが、それこそ大変な脅威じゃないか!」
「そうでしたね。以前に曖昧な言い方をしたことは謝ります。でも……」
一応は謝罪の態度を見せてから、クリスタは弁解を始める。
「……アーベントロートの場合は、村へモンスターを送り込んだ黒幕がいましたけど、クラナッハ村の場合、ギギちゃんが自発的に来ているだけでしょう?」
「今まではそう思っていたが、もうわからん。そういう黒幕がいるのであれば、あのゴブリンだって、尖兵として送り込まれているんじゃないのか?」
「ギギちゃんは悪いモンスターじゃないよ!」
アルマが口を挟むが、クリスタは「抑えて、抑えて」というポーズを手で示してから、カールとの話を続けた。
「可能性としては、それも否定できませんけど……。だからこそ、ギギちゃんの住処まで行き、その黒幕の意図を聞き出したいのです」
「なるほど、事情はわかった」
黙って考え込んでいた赤髪の戦士が、ここで会話に復帰する。
「黒幕の問題があったから、あのギギというゴブリンに黒幕まで案内させたかったから、『まだ殺されては困る』という立場だったのだね」
「そういうこと。ついでに言っておくと、アーベントロートの事件でわかったのだけど……。どうやら連中は、私たちの尋ね人について、何か情報を持っているらしいの」
「ならば情報を引き出すまでは、その黒幕すら殺してほしくないわけだ。だが、聞くべきことさえ聞いてしまえば、後はどうしようと構わないのだろう?」
「もちろんよ。私たちにとっても、倒すべき存在だわ」
これで向こうのリーダーは納得したらしい。しかも、かなり好意的な解釈をしてくれていた。
「そういう話であるならば……。もしもモンスターの巣にギギみたいなゴブリンがいなかったとしても、少なくとも、その黒幕だけは確実にいるのだな?」
「その点は大丈夫よ。アルマがギギちゃんから聞き出したもの」
「ギギちゃんが言ってたよー。お父さんがいる、って!」
アルマの言葉に、赤髪の戦士は表情を和らげる。
「『お父さん』か。いわばゴブリンの保護者、つまり責任者だな。ならばゴブリンそのものでなく、黒幕の方を退治するだけでも、オーラフさんを納得させられるだろう。ゴブリンが店を荒らしたのも黒幕が悪いのだ、ということで」
「そう言ってもらえると助かるわ。あなたたちを信頼して事情を全て明かそう、という私たちの判断、正しかったことになるもの」
安心したような声を上げるクリスタ。
『いや「私たちの」じゃなくて「私の」だろ? 本来、それを決めるのはリーダーの役割なのに、クリスタの独断で手の内を明かしたんだからな!』
ダイゴローは茶々を入れるが、本当は彼にもわかっているはず。ニーナが途中で止めなかった以上、クリスタの独断というより、ニーナに任されていたのだ、と。
そのニーナが、
「じゃあ、決まりだね! ちょっと打ち合わせに時間かかっちゃったけど、その甲斐あったわ!」
と、まとめるような言葉を口にするが……。
「最後にもう一つ、聞いていいかな?」
紺色ローブの魔法士が、また質問を持ち出す。
「結局ダイゴローって人は、この件にどう関わってるの?」
「あら、言い忘れてたわね。ダイゴローは……」
クリスタは、今度も正直に答える。
「……連中と対立しているらしく、それで連中が暗躍しているところに現れて、連中との戦いには首を突っ込むのよ」
「そうすると、その人も僕たち同様、魔族を倒したい側だね。それを聞いて安心したよ」
せっかく今まで『黒幕』とか『連中』とか、ぼかした言い方をしてきたのに、魔族とハッキリ言い切ってしまう。
「もっと簡単な依頼のはずだったのに、魔族を相手にすることになるとはね。僕にも予想できなかったよ」
「いいじゃないか、冒険者同士で対立するより、この方が冒険らしくて面白いだろう?」
「リーダーの言う通りだぜ! 魔族だか何だか知らないが、とにかく強い怪物と戦えるのは大歓迎だ!」
自分に気合いを入れるかのように、青い武闘家はパン、パンと、左の手のひらに右の拳を打ち付けていた。
そんなドライシュターン隊の三人を横目で見ながら、カールとパトリツィアが小声で言葉を交わす。
「魔族なんて話、とても村の者たちには言えないが……。そんな連中、みんなに知られる前に、さっさと退治してもらいたいものだ」
「まったくですわ。あなたと意見が合うなんて、珍しいことですけどね」
こうして。
今まで意見が対立したり、交戦したりした者たちとも、対魔族で共闘できる雰囲気が生まれた。
クリスタは先ほど、ドライシュターン隊に対して「モンスターの住処までは案内できない」と言っていたが、それは正確な場所を知らないから、という理由に過ぎない。問題の住処を、一緒に探すのは可能なわけで……。
「じゃあ、今度こそ決まりだね! 今から早速、魔族のアジトへ乗り込もう!」
カトック隊だけでなく、ドライシュターン隊も含めて先導する形で、ニーナが勢いよく立ち上がるのだった。
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