泉を迂回する形だとしても、長々と走る必要はなかった。ほんの少し、近づくだけで良かった。
『バルトルト! この距離なら、もう届くぞ!』
「おう!」
相棒に力強く頷いて、僕は標的を見据えた。
ダイゴローに言われるまでもなく……。
巨人ゴブリンは、僕が初めて変身した時に戦ったモンスターだ。そして初めての経験は、何事であれ、強く印象に刻まれるものなのだろう。
だから僕は、ハッキリと覚えていたし、理解も出来ていた。転生戦士ダイゴローとなった今、巨人ゴブリン程度ならば、この位置からでも十分倒せる、と。
「行くぞ!」
足は止めず、走り続けた状態で……。
右に炎、左に氷。それぞれ違う魔力をイメージしながら、両腕をバツ字状に交差させる!
「ダイゴロー光線!」
放たれた青白い光線は、少し渦を巻くようにしながら、獲物に向かって進んでいく。今回の標的は、二匹の巨人ゴブリンのうち、手前側にいる一匹だった。
クリスタが魔法で、最初から攻撃し続けていた方なのだろう。その個体には、モザイク状の痕跡が残っていた。炎や雷撃で焦がされた部分だけでなく、魔法の石つぶてや氷による打撲傷も凍傷もあったし、刃のように鋭い風で切られた傷もあったのだ。
それだけのダメージを既に受けていた上に、横合いから突然、強力な破壊光線に襲われて……。
「ギ……?」
絶叫する暇もなかった。
塵と化すほど粉々に砕けて、モンスターは、跡形もなく消滅するのだった。
「あっ! あなたは、この間の……!」
クリスタが真っ先に気づいて、こちらに向かって声を上げた。
続いて、
「おお! やはり、お前は……! 神が遣わした戦士だったのか!」
黒衣の怪人も反応を示している。なにやら意味深な発言だが、構っていられる状況ではなかった。
僕は走り続けたまま、再び両腕をクロスさせる。
「ダイゴロー光線!」
もう必殺技のゴリ押しだ。
今度の巨人ゴブリンは、魔法のダメージこそ少ないものの、代わりに斬撃による傷跡が多かった。
カーリンが与えたダメージだ。特に膝から下に多いのは、そこまでしか槍が届かなかったというより、動きを止めるには足を狙うべき、という考えがあったのかもしれない。
おかげで、巨人ゴブリンの足運びは、わずかにもたついているようにも見えたが……。少なくとも一匹目とは違って、こちらの存在には、きちんと気づいたらしい。
「ガーッ!」
雄叫びと共に、威嚇するような態度を示してきた。もちろん、破壊的な魔力が迫っている現状では、そのようなアクションが役に立つはずもなく……。
「ギエエエエエ!」
ただ絶叫を上げるだけで、二匹目の巨人ゴブリンもまた、光に飲まれて消滅するのだった。
「おお、その破壊力! やはり! やはり! お前もイレギュラーな存在か!」
怪人の口調には、残念そうな気配は全くなかった。自分が呼び出したモンスター集団の中で、最強の二匹を葬られたはずなのに。
むしろ逆に、感動しているかのような口ぶりで、僕を指し示している。
『まあ「感動」って言葉は、ポジティブな感情だけじゃなく、ネガティブな心の動きも含むからなあ』
ダイゴローは実際に戦っているわけではないので、悠長な感想を述べている。
『少なくとも「神が遣わした戦士」とか「イレギュラーな存在」とか言ってる以上、俺たちのことを良く思ってないのは確かだぜ? 回復の泉と似たような扱いだろ?』
そうした話は後回しだ。今は戦場にいるのだから、そちらに集中するべきで……。
黒衣の怪人も、それは同じだった。転生戦士ダイゴローとして現れた僕の方へ、関心を向けている場合ではなかったのだ。
「ファブレノン・ファイア・シュテークスタ!」
クリスタの超炎魔法が、怪人に襲いかかる。
巨人ゴブリンの足止めという役割から解放されたクリスタは、雑魚ゴブリン相手のニーナやカーリンに加勢するのではなく、敵の司令塔である――モンスターを操る能力を持つ――怪人を先に倒してしまおう、と考えたようだ。
魔法の炎に包まれた黒ローブの怪人は、まるで松明だったが……。
「クックック……。ワシに人間の魔法は効かんぞ」
不気味な声が、炎の中から聞こえてくる。
その言葉通り、すぐに火は消えてしまい、中から現れた怪人には、火傷ひとつ残っていなかった。不思議なことに、怪人が着ていたローブすら燃えておらず、焦げた痕跡も皆無だったのだ。
『服を着ているように見えるが、あれも、あのバケモノの体の一部ってことだろ……』
と、ダイゴローが分析している間に。
怪人の発言に、もっと直接的な反応を示す者がいた。
「だったら、物理攻撃はどうかな?」
ニーナが怪人に投げかけたのは、言葉だけではなかった。第二武器である斧も、ブーメランのように飛ばしていたのだ。
「クゥッ!」
怪人の呻き声。不意打ちの投擲武器は、人外のバケモノでも避けられなかったらしい。怪人の脇腹には、ニーナの投げた斧が、グサリと突き刺さっていた。
「人間のくせに! 生意気なことを……!」
癪に触るという感情をあらわにした怪人の声と、
「通用するのね!」
ニーナの嬉しそうな叫びが重なる。
彼女は雑魚モンスターの相手をやめて、怪人に向かって走り出した。ニーナとカーリンの奮闘により、もはや最下級のゴブリンも、かなり数が減っている。ならば直接怪人と戦える、と考えたのだろう。
駆け込んだ勢いを乗せて、ニーナは剣を突き出して……。
「どう?」
「グォッ! 人間め……!」
ニーナの刃は深々と、怪人の腹に突き刺さった。
しかも。
「俺も忘れるなよ」
いつの間にか、カーリンが怪人の後ろに回り込んでいた。
当然のように、ニーナと同じく、怪人を刺し貫いている。カーリンの槍は、怪人の背中から胸へと抜けて、心臓のある辺りを貫通していた。
人間や動物のような真っ当な生き物ならば、一撃で致命傷だろう。バケモノである怪人には、人間のような臓器はないかもしれないが、それでも。
「お前たち……。ワシを殺すと後悔するぞ……」
大きなダメージを負ったらしく、全身からバチバチと、小さな黄色の火花を発していた。見るからに危険な状態であり、
「危ない!」
「わかってる!」
ニーナもカーリンも、サッと跳んで、怪人から離れるくらいだった。
「ワシが死ねば、ワシの眷属は制御を失って、暴走状態に……」
遺言のように口走りながら、地面に倒れこむ。
ちょうど大地に突っ伏したタイミングで、黒衣の怪人は、大爆発を起こすのだった。
いくら人外のバケモノとはいえ、火薬の詰まった器具でもなければ、引火性の油で動く機械でもないのだ。怪人が爆発するというのは、僕にはピンと来ない現象だった。
おそらく、ニーナやカーリンも同じだったに違いない。
二人とも、怪人から距離を取っていたにもかかわらず、用心が足りなかった。その爆風で、吹き飛ばされていたのだ。
『それだけ爆発の勢いが激しかった、ってことだ。でも安心しろ、ただ飛ばされただけだ。爆発に巻き込まれたわけじゃねえ!』
ダイゴローの言う通りだった。
「ううっ……」
地面に倒れ込んで、呻き声こそ上げているが……。ニーナにもカーリンにも、大きな外傷はないらしい。二人とも、すぐに立ち上がろうとしていた。
「大丈夫そうね。よかったわ……」
クリスタのホッとしたような声も聞こえる。
しかし。
戦いは、まだ終わっていなかった。
最初と比べれば圧倒的に少なくなったし、そもそも最下級のゴブリンなんて、カトック隊にしてみれば大きな脅威ではない。
だから、それらは物の数ではなく、もう無視してアルマを助けに――魔法で治療しに――行けるほどだったが……。
雑魚ゴブリンとは別に、こいつが残っていた。
「ヴォヴォヴォヴォ……!」
泉の中央に浮かぶ毒の怪物、ヴェノマス・キングだ。その鳴き声は忌々しい響きであり、耳を塞ぎたくなるくらいだった。
今まで言葉や音を発することは皆無だったのに、怪人が死んだ途端に、この有様だ。怪人が言い残したように、コントロールを離れて、暴走気味なのかもしれない。
『いや、主人を失って、嘆き悲しんでるんじゃねえのか? 怪物には怪物なりに、そういうのがあるんだろうさ』
と、ダイゴローは怪物の心情を思いやるけれど。
対峙する僕たちにしてみれば、感傷に浸っていられる余裕はなかった。
「ヴォヴォヴォヴォ……!」
再び叫んだヴェノマス・キングは、全身から生えている毒の触手を伸ばして、攻撃してきたのだ!
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