『なるほど「駅」か! 俺の知ってる駅前のバスターミナルと、よく似てるぜ!』
というのが、初めて来たダイゴローの感想だった。彼の世界にも、どうやら『駅』と同じような施設が存在しているらしい。
北側から街に入ってすぐの辺りに位置する、大きな広場。アーベラインで馬車を利用する者は全て、ここで乗り降りすることになる。かくいう僕も大陸横断の乗合馬車でアーベラインにやって来た身であり、当時の「さあ冒険者生活のスタートだ!」というワクワクを思い出して、少し懐かしい気持ちになった。
シンボルのようにして、広場の中央に設置されているのは、白い縁石で囲まれた円形の噴水。澄んだ水は飲用可能なレベルという噂もあり、さすがに人間が飲み水として利用することはないけれど、馬車を牽引してきて疲れた馬が喉を潤すことはあるという。
『……といっても、噴水の周りで休んでる馬は見当たらないぞ?』
まあ「そういう使い方もある」という程度に過ぎないから……。
広場の中央に噴水が用意されているのは、本来は別の理由であり、噴水脇に馬車が長時間停車していたら、そちらには大きな迷惑になってしまうのだ。
『本来の理由……?』
そう。馬車は人間と違って、真後ろへの方向転換が難しい。だから円形の噴水に沿ってぐるりと回ることで、向きを変える仕組みになっていた。
『つまり、ロータリー交差点みたいな感じでUターンする、そのための噴水ということか。水が出ることじゃなく、丸いことに意味があるんだな』
ダイゴローは理解してくれたらしい。彼の世界の用語を使われると、逆に僕の方が混乱するのだが。
続いて、中央から周囲へと、視線の矛先を変える。
広場を取り囲むようにして、旅人を目当てにした宿屋や商店が建ち並び、道端にも露店が出ていた。
そんな中。
たくさんの馬車が停車している場所から、少しだけ離れたところだ。そこに、クリーム色の小さな建物――小屋と言っても構わない規模――が、ポツンと建っていた。その小ささとは対照的に、前面に設置された窓は際立って大きく、しかも開けっ放しだった。
『冒険者組合の受付窓口と、似た感じに見えるが……』
その通り。
乗合馬車への乗車手続きなどを行う、案内窓口なのだ。
……と、ダイゴローに説明していたら。
「バルトルトくん! 何ボーッと眺めてるの?」
「いや、別に……」
足を止めて観察していたつもりはないが、少し歩みが遅くなっていたらしい。アルマに注意されてしまった。他の女の子たちも、こちらを見て軽く笑っている。
そんな仲間たちと一緒に。
ちょうど説明したばかりの、案内窓口の小屋へ向かうのだった。
案内窓口の近くには、待合所がある。いくつかの長椅子が置かれて、頭上には雨よけのビニール屋根も用意されている区画だ。
そこに座っていた女性の一人が、僕たちの接近に気づいて立ち上がる。
「よう、久しぶり!」
紫髪の女性武闘家、マヌエラだった。
こちらに向かって手を振る彼女に対して、ニーナが笑いながら返す。
「久しぶりってほどじゃないよね?」
冒険者組合で酒を酌み交わしながら、アーベントロートの話を聞いたのは、わずか三日前の出来事だ。
さらに、その後も一度、マヌエラとは顔を合わせていた。アーベントロートへの冒険旅行の間、彼女も暫定的にカトック隊のメンバーになるということで、手続きのために一緒に冒険者組合の受付窓口へ赴いたのだ。
臨時メンバーの形で冒険者パーティーを渡り歩くという話を、以前にもマヌエラから聞いていたからだろうか。僕は特に違和感なく、彼女の加入を受け入れることが出来たし、他のメンバーも同じだったようだ。
『でもパーティーに加わったとはいえ、マヌエラのやつ、カトック隊の家には来なかったんだよな。冒険者パーティーは一緒に寝泊りするのが普通、ってバルトルトは言ってたのに』
一人で行動するのが基本のマヌエラは、組合の冒険者寮とは別のところに、住処を確保しているのだろう。それならば、いちいちパーティーを移る度に引っ越す必要はない。
あるいは、今回は冒険旅行のためのパーティー加入だから、出発前の住環境まで共にするのは遠慮する、という気持ちだったのだろうか。
「これからしばらくの間、よろしくね、マヌエラちゃん!」
「ああ、こちらこそよろしく」
アルマが手を差し出して、マヌエラが握手に応じる。
他の者たちはそこまでせず、ただ言葉で「よろしく」と挨拶を交わすだけだ。
こうして六人になったカトック隊は、案内窓口へ。中にいる事務員と対応するのは、もちろんリーダーのニーナだった。
「おはようございます! 予約していたカトック隊です!」
あらかじめ冒険者組合で――マヌエラ加入の手続きをした際に一緒に――、乗合馬車の予約は済ませてある。西へ向かう便で最も早いのが、今朝の馬車だったのだ。
冒険旅行として申請した上で、冒険者組合を介して予約すれば、一般の旅行者よりも安く利用できる。大陸横断の長距離馬車は、そういうサービスになっていた。
「カトック隊……。六名様ですね。はい、承っております」
手元の書類を確認しながら、笑顔で応じる女性事務員。続いて、
「あちらの馬車です。『三番』のプレートが掲げられた馬車に、お乗りください」
と案内してくれた。
言われた通りに、停車中の馬車へ向かうと……。
『おお、凄いな! まるでマイクロバスだ!』
感嘆の声を上げるダイゴロー。
マイクロバスと言われても何だかわからないが、おそらく、馬車の大きさに驚いているに違いない。
『ああ、そうだぜ。てっきり俺は、もっとこう、小さいのをイメージしてたんだが……』
子供の頃、僕が初めて長距離の乗合馬車を見た時と、同じ反応だ。近隣の村や街へ向かう馬車とか、絵本などに描かれていた馬車は、せいぜい数人乗り。だからキャビン部分も、それ相応の大きさに過ぎなかった。
ところが、大陸横断の長距離馬車は、一度に十数名の乗客を乗せるのだ。その分、馬車のキャビンも、普通の馬車の三倍くらいの大きさになっていた。横幅が広いと通れない道が出てくるので、前後に長い形状だ。
そして。
キャビンが大きい以上、それを牽引する馬も、特別なタイプが必要だった。キャビンの前に繋がれている、その馬に目を向けると……。
『おお! なんじゃこりゃ?』
ダイゴローは、再び驚いてくれた。ある意味、予想通りの反応であり、面白いくらいだ。
『その言い方だと……。これは、この世界でも変わった馬なのか?』
馬というものは毛色が様々だが、多くの場合は、茶色やそれに近い色だろう。しかし長距離の乗合馬車を引く馬は、全身が水色で、たてがみと尻尾の部分だけが濃い青色になっている。普通の馬より体も一回り大きく、蒼の疾風と呼ばれる特別な品種だった。
『仰々しい名前だな……。風のように速い、ってことか?』
その通り。
なにしろ長距離馬車は、離れた街と街の間を繋ぐ便なのだ。チンタラ走っていては、夜までに次の街まで辿り着けず、野宿あるいは車中泊になってしまう。
もちろん、距離があり過ぎて、どう頑張っても無理という場合も出てくる。そういう事態に備えて、馬車にはテントも積んであるが、原則として「お客様は街の宿で快適な睡眠をとることが出来ます」というのが、大陸横断馬車の謳い文句になっていた。
『そうか。そんなに凄い馬がいるなんて、やっぱりファンタジーな世界だな!』
冗談口調のダイゴロー。そろそろ彼の言う『ファンタジー』のニュアンスも、わかってきた気がするのだが……。僕の理解が正しいならば、彼は冗談を言っているつもりで、かなり真実を言い当てたことになる。
『ん? どういう意味だ?』
この蒼の疾風という馬は、交配の結果として産み出された品種。かけ合わせる過程で、モンスターの血も混じっているらしい。
『おいおい! 動物とモンスターって、生殖可能なのか?』
そこのところは、僕も詳しくは知らないし、ハッキリと断言は出来ない。蒼の疾風に関しても、あくまで「そう言われている」という程度に過ぎないし……。
「久しぶりに見る乗合馬車、物珍しいのかしら?」
隣を歩くクリスタが、突然、声をかけてきた。
ダイゴローとの脳内会話で忙しかった僕は、少しビクッとしてしまう。
「あら、そんなに慌てなくていいのよ。出発までの間、ゆっくり眺めていても……」
「いやいや、そんなんじゃないですよ」
小さく手を動かして、否定してみせる。
実際、別に僕は長距離馬車に特別な関心があるわけではなく、ただダイゴローに説明する意味で、彼に付き合う形で見ていただけなのに……。
「私、知ってるー! 男の子って、乗り物が大好きなんだよねー?」
今度はアルマだ。
ダイゴローのせいで、すっかり子供扱いされてしまった。
『いや、俺のせいでもないだろ?』
このような会話を、後ろで僕たちが交わす間に。
「おはようございます! カトック隊、六人です! よろしくお願いします!」
御者に挨拶しながら、早速ニーナが馬車に乗り込んでいた。
彼女に続いて、残りの僕たちも車中の人となり……。
こうして。
僕たちカトック隊の、西へ向かう旅が始まるのだった。
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