アーベラインくらいの規模ならば、どこの街でも必ず一つ、冒険者組合の支部が設置されている。その建物は、少し目立つ色にするのが慣例となっているらしい。
ここアーベライン支部の場合、基本は白だが上だけ色違いのため『赤天井』と呼ばれていた。外から見て天辺が赤いだけでなく、内装も天井が赤くなっている建物だ。
……とダイゴローに説明するのであれば、実際に中に入ってからの方が良かったかもしれない。
そんな僕の思考に反応して、ダイゴローが小さく笑っているように思えた。
数人からなる冒険者パーティーでも横一列のまま入れるよう、玄関口は、かなり広々としている。地面より高い位置にあり、玄関前には、ゆったりと横長の石段が設置されていた。
二段か三段くらい一気に上れそうな低いステップだが、僕は必ず一段ずつ踏みしめるようにしている。冒険者の間で伝わる「『赤天井』の階段を一段抜かしにすると、モンスターとの戦いで大怪我をする」という噂を信じているからだ。
『なんじゃそりゃ。ジンクスとか験担ぎとかってやつか?』
まあ、そんなところだ。一応は「一段ずつ階段を上がるような堅実さが、モンスター相手にも必要だから」という理屈があるそうだけど。
『いや、それ、理屈ってほど理に適ってないよな?』
というダイゴローの言葉を聞き流して……。
冒険者組合アーベライン支部へ、僕は入っていった。
僕には見慣れた光景だが、ダイゴローに紹介する意味で、いったん立ち止まり、ぐるりと見回してみる。
まず、入ってすぐのところにあるのが掲示板で、冒険仕事の依頼や冒険者同士の連絡メッセージなどが貼られていた。個人で勝手に掲示するのではなく、冒険者組合を通した上で、組合の職員に貼ってもらうシステムになっている。
この『冒険者組合を通した上で』というのに関わってくるのが、一階中央に設置されている受付窓口だった。僕たち冒険者にとって、お世話になる機会の多い場所だ。掲示物関連だけでなく、冒険者が仕事を引き受けたり、その成功報酬をもらったり、あるいは単純にモンスターを倒すことで得られる金銭もあるからだった。
もちろん受付が一つでは足りないので、窓口は五つ。それぞれ一人ずつ、組合のお姉さんが座っている。
ここからでは見えないが、実際に窓口に立てば、彼女たちの後ろで働くたくさんの事務員たちも視界に入るだろう。そのスペースは広く、また機能的な意味でも、ここが冒険者組合のメインになっていた。
『銀行とか郵便局とか、典型的な役所って感じだな』
と、ここまではダイゴローも理解してくれたようなので、説明を続けよう。
窓口全体の両側、つまり建物の左右の壁に沿って、組合職員ではなく僕たち冒険者用に通路が用意されている。窓口の裏側の事務員たちのスペースを越えて、さらに奥に、食堂ホールがあるからだ。
職員も利用するが、利用者の人数で言えば、圧倒的に冒険者の方が多い。食事に限らず、酒を飲んだり、ただ座って休憩したりもするので、常に誰かしら冒険者がいる、という場所だった。
構造的には、この食堂ホールは、二階分の高さの吹き抜けとなっている。初めて入った時には開放的な気分になって、おおらかな気持ちで料理を頼み過ぎたくらいだった。
その分、二階のフロア面積は狭くなるが、三階はまた一階と同じ広さになる。二階と三階は冒険者専用の寮、つまり冒険者組合が提供してくれる寝所だった。冒険で傷ついた者を治療する医務室も、二階に併設されている。
『大きな食堂ホールの併設された建物……。だいたい思い描いた通りだな。冒険者組合とかギルドとか言われたら、誰でもこんなのを想像するさ』
微妙な言い方をするダイゴロー。『想像する』ということは、やはり彼の世界には、冒険者とかそれに関する組織とかは存在しないのだろうか。一瞬だけ見せてもらった彼の世界のイメージから、そんなふうに考えていたのだが……。
『まあ、そんなところだ。詳しくは後で話すから……。まずはバルトルトの用事を済ませろよ。ここへ来たのは、俺に見せるためだけじゃないだろ?』
ああ、そうだ。
ダイゴローに促されて、僕は窓口へと向かった。
夕方なので、今日一日の冒険仕事やモンスター・ハンティングを終えた者たちが、たくさん並んでいる。「一日の冒険の終わりとして、まずは組合の窓口へ」という習慣の冒険者は多いし、僕もその一人だった。
もちろん、普通はパーティーの仲間たちと一緒だ。この列だけでなく、他の窓口を見ても、一人で並んでいるのは僕だけ。今までは、周りの冒険者たちなんて気にしていなかったが……。
『どうした? 急に一人になって、寂しくなったか? それなら、もっと俺に話しかけていいぞ。ほら、傍から見れば一人でも、実際には二人だからな!』
ありがとう、気遣ってくれて。
一応、感謝しておく。
でも寂しいとかそういうのではなくて、ただ、別れ際のニーナの言葉を思い出しただけだった。ソロ活動の冒険者がいないか、少し注意してみよう、と考えたのだ。
『おお、いい心がけだぞ! 彼女の欲しがってる情報が得られたら、彼女たちに会いに行く口実になるもんな!』
いや、そんな下心はないぞ?
少なくとも、自分ではそのつもりだが……。心の中にいるダイゴローが指摘するということは、無意識のうちに、そういう気持ちがあるのだろうか。
「次の人、どうぞ!」
前にいた冒険者パーティーの用件が、終わったらしい。
彼らが立ち去ると同時に、僕は前へ進み、
「よろしくお願いします」
と、まずは頭を下げた。
受付のお姉さんは、僕から見れば顔見知り。何度もお世話になっている方だ。でも彼女にとっての僕は、たくさんいる冒険者の一人に過ぎず、顔も名前も覚えていないに違いない。
『店の商人と客の関係だな。客は常連のつもりでも、店側は「その程度の来店頻度では常連客ではないから知らない」みたいな……』
ダイゴローの言葉を聞き流しつつ、僕はお姉さんに冒険者の記章を預けた。
「本日掃討したモンスターの分のお金を……」
「はい、わかりました。少しお待ちください」
お姉さんは、専用の魔法器具で記章をスキャン。倒したモンスターの記録と僕の名前を読み取る。
「はい、バルトルトさんですね。こちらになります」
差し出されたのは、銅貨七枚。低級のゴブリンやウィスプばかりだから、まあ妥当な金額だろう。強敵だった巨人ゴブリンとの戦いは記章のない時だったから、残念ながら記録に残らず、金額にも反映されていなかった。
「それと……。バルトルトさんでしたら、他にもお渡しするものが……」
と言って、受付のお姉さんは席を立つ。何か取りに行ったらしい。
何だろう? 臨時の追加報酬でもあるのだろうか?
『バルトルトさんでしたら、という言い方からして、お前宛てのプレゼントでも届いてるんじゃないのか?』
ダイゴローの勝手な言い草に対して、心の中で「そんな馬鹿な」と笑い飛ばしたのだが。
戻ってきたお姉さんは、大きなバッグを抱えていた。
「はい、こちらをどうぞ」
ただし、明らかにプレゼントではない。それどころか、見覚えのある物体だった。寮の自室に置いてあるはずの、僕の荷物だったのだ。
「どういうことです? どうして……」
頭の中で「なぜ?」が乱舞する僕。するとお姉さんは、少し呆れたような顔で、
「この冒険者の記章が示すように、バルトルトさんは、パーティーを移りましたからね。以前のパーティー、エグモント団と言いましたっけ? そちらで借りているお部屋には居られませんから、そちらの方々から荷物を預かったのです」
しまったああああああ!
『おいおい、どうした?』
さすがに、この場で叫び出さないだけの分別はあった。でも心に留めたところで、ダイゴローには筒抜けだ。僕の慌てぶりも、しっかり伝わっていた。
そう、僕は大事なことを忘れていたのだ!
冒険者組合で提供してくれる寮の部屋は格安だが、パーティー単位で借りる決まりになっている。
エグモント団の場合、男性と女性が混じっているので、シモーヌ用に個室を一つと、男たちの四人部屋を一つ借りて生活していた。
確かに、エグモント団を追放された時点で、もうそこには住めないという話になる!
『それは大問題じゃないか。パーティーから追い出されて、最初に気にするべき点だろ? なぜ今まで考えてなかったんだ?』
だって、パーティー追放なんて初めての経験だったから、何をどう対処したら良いのか、わからなくて……。
『初めて会社をクビになったサラリーマンみたいな言い訳だな』
サラリーマンというのは謎の用語だが、確かに、言い訳に違いない。今さら言うべきセリフでもなかった。
それよりも今ここでするべきなのは、問題解決のための正しい対応。僕は頭をフル回転させて、受付のお姉さんに頼んでみる。
「では、僕一人の新しいパーティーを設立します。それで、その新パーティーで、寮の一人部屋をお願いします」
パーティー単位で暮らすということは、僕がソロのパーティーになってしまえばいい、ということだ。そうすれば、僕個人で部屋を借りることが可能となる。
咄嗟の思いつきにしては、名案ではないか!
少しだけ、自画自賛したくなった。同時に、ニーナに感謝していた。彼女との最後の会話のおかげで、『ソロのパーティー』なんて発想が出てきたのだから。
しかし。
「それは無理ですね」
と言いながら、星型のペンダントを僕に返すお姉さん。
「この記章の通り、バルトルトさんは現在、カトック隊の一員として登録されています。新しく独立するのでしたら、まずはカトック隊のリーダーにこれを返却して、そちらと相談した上で、また窓口にお越しください。そちらのパーティーから抜ける手続きが必要です」
理路整然とした彼女の説明を受けて、ようやく僕は現状を把握した。
お姉さんの言う手続きをするには、まずニーナたちが暮らす家へ出向いて、それから、また冒険者組合に戻って……。でも、もう夕方だから、今から彼女たちのところへ押しかけるのは迷惑だろう。そもそも行って帰って来る頃には、冒険者組合が本日の業務を終了している!
『それじゃバルトルトは、今晩どこに泊まるんだ……?』
それは僕の方が聞きたいよ!
路頭に迷って放心状態の僕は、とりあえずバッグを受け取って、窓口から立ち去ろうとしたのだが……。
「ちょっと待ってください! 荷物の預かり賃、きちんと払ってくださいね。銅貨五枚になります」
無慈悲なお姉さんの言葉が、僕に追い打ちをかけるのだった。
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