転生変身ダイゴロー 〜パーティーを追放されたら変身ヒーローになった僕〜

烏川 ハル
烏川 ハル

第12話 ひとりでできるかな(1)

公開日時: 2020年10月16日(金) 17:30
更新日時: 2023年5月6日(土) 15:55
文字数:4,225

   

 アーベラインくらいの規模ならば、どこの街でも必ず一つ、冒険者組合の支部が設置されている。その建物は、少し目立つ色にするのが慣例となっているらしい。

 ここアーベライン支部の場合、基本は白だが上だけ色違いのため『赤天井レッド・ルーフ』と呼ばれていた。外から見て天辺てっぺんが赤いだけでなく、内装も天井が赤くなっている建物だ。

 ……とダイゴローに説明するのであれば、実際に中に入ってからの方が良かったかもしれない。

 そんな僕の思考に反応して、ダイゴローが小さく笑っているように思えた。


 数人からなる冒険者パーティーでも横一列のまま入れるよう、玄関口は、かなり広々としている。地面より高い位置にあり、玄関前には、ゆったりと横長の石段が設置されていた。

 二段か三段くらい一気に上れそうな低いステップだが、僕は必ず一段ずつ踏みしめるようにしている。冒険者の間で伝わる「『赤天井レッド・ルーフ』の階段を一段抜かしにすると、モンスターとの戦いで大怪我をする」という噂を信じているからだ。

『なんじゃそりゃ。ジンクスとか験担ぎとかってやつか?』

 まあ、そんなところだ。一応は「一段ずつ階段を上がるような堅実さが、モンスター相手にも必要だから」という理屈があるそうだけど。

『いや、それ、理屈ってほど理にかなってないよな?』

 というダイゴローの言葉を聞き流して……。

 冒険者組合アーベライン支部へ、僕は入っていった。


 僕には見慣れた光景だが、ダイゴローに紹介する意味で、いったん立ち止まり、ぐるりと見回してみる。

 まず、入ってすぐのところにあるのが掲示板で、冒険仕事の依頼や冒険者同士の連絡メッセージなどが貼られていた。個人で勝手に掲示するのではなく、冒険者組合を通した上で、組合の職員に貼ってもらうシステムになっている。

 この『冒険者組合を通した上で』というのに関わってくるのが、一階中央に設置されている受付窓口だった。僕たち冒険者にとって、お世話になる機会の多い場所だ。掲示物関連だけでなく、冒険者が仕事を引き受けたり、その成功報酬をもらったり、あるいは単純にモンスターを倒すことで得られる金銭もあるからだった。

 もちろん受付が一つでは足りないので、窓口は五つ。それぞれ一人ずつ、組合のお姉さんが座っている。

 ここからでは見えないが、実際に窓口に立てば、彼女たちの後ろで働くたくさんの事務員たちも視界に入るだろう。そのスペースは広く、また機能的な意味でも、ここが冒険者組合のメインになっていた。

『銀行とか郵便局とか、典型的な役所って感じだな』

 と、ここまではダイゴローも理解してくれたようなので、説明を続けよう。


 窓口全体の両側、つまり建物の左右の壁に沿って、組合職員ではなく僕たち冒険者用に通路が用意されている。窓口の裏側の事務員たちのスペースを越えて、さらに奥に、食堂ホールがあるからだ。

 職員も利用するが、利用者の人数で言えば、圧倒的に冒険者の方が多い。食事に限らず、酒を飲んだり、ただ座って休憩したりもするので、常に誰かしら冒険者がいる、という場所だった。

 構造的には、この食堂ホールは、二階分の高さの吹き抜けとなっている。初めて入った時には開放的な気分になって、おおらかな気持ちで料理を頼み過ぎたくらいだった。

 その分、二階のフロア面積は狭くなるが、三階はまた一階と同じ広さになる。二階と三階は冒険者専用の寮、つまり冒険者組合が提供してくれる寝所だった。冒険で傷ついた者を治療する医務室も、二階に併設されている。

『大きな食堂ホールの併設された建物……。だいたい思い描いた通りだな。冒険者組合とかギルドとか言われたら、誰でもこんなのを想像するさ』

 微妙な言い方をするダイゴロー。『想像する』ということは、やはり彼の世界には、冒険者とかそれに関する組織とかは存在しないのだろうか。一瞬だけ見せてもらった彼の世界のイメージから、そんなふうに考えていたのだが……。

『まあ、そんなところだ。詳しくは後で話すから……。まずはバルトルトの用事を済ませろよ。ここへ来たのは、俺に見せるためだけじゃないだろ?』

 ああ、そうだ。

 ダイゴローに促されて、僕は窓口へと向かった。


 夕方なので、今日一日の冒険仕事やモンスター・ハンティングを終えた者たちが、たくさん並んでいる。「一日の冒険の終わりとして、まずは組合の窓口へ」という習慣の冒険者は多いし、僕もその一人だった。

 もちろん、普通はパーティーの仲間たちと一緒だ。この列だけでなく、他の窓口を見ても、一人で並んでいるのは僕だけ。今までは、周りの冒険者たちなんて気にしていなかったが……。

『どうした? 急に一人になって、寂しくなったか? それなら、もっと俺に話しかけていいぞ。ほら、はたから見れば一人でも、実際には二人だからな!』

 ありがとう、気遣ってくれて。

 一応、感謝しておく。

 でも寂しいとかそういうのではなくて、ただ、別れ際のニーナの言葉を思い出しただけだった。ソロ活動の冒険者がいないか、少し注意してみよう、と考えたのだ。

『おお、いい心がけだぞ! 彼女の欲しがってる情報が得られたら、彼女たちに会いに行く口実になるもんな!』

 いや、そんな下心はないぞ?

 少なくとも、自分ではそのつもりだが……。心の中にいるダイゴローが指摘するということは、無意識のうちに、そういう気持ちがあるのだろうか。


「次の人、どうぞ!」

 前にいた冒険者パーティーの用件が、終わったらしい。

 彼らが立ち去ると同時に、僕は前へ進み、

「よろしくお願いします」

 と、まずは頭を下げた。

 受付のお姉さんは、僕から見れば顔見知り。何度もお世話になっているかただ。でも彼女にとっての僕は、たくさんいる冒険者の一人に過ぎず、顔も名前も覚えていないに違いない。

『店の商人と客の関係だな。客は常連のつもりでも、店側は「その程度の来店頻度では常連客ではないから知らない」みたいな……』

 ダイゴローの言葉を聞き流しつつ、僕はお姉さんに冒険者の記章を預けた。

「本日掃討したモンスターの分のお金を……」

「はい、わかりました。少しお待ちください」

 お姉さんは、専用の魔法器具で記章をスキャン。倒したモンスターの記録と僕の名前を読み取る。

「はい、バルトルトさんですね。こちらになります」

 差し出されたのは、銅貨七枚。低級のゴブリンやウィスプばかりだから、まあ妥当な金額だろう。強敵だった巨人ギガントゴブリンとの戦いは記章のない時だったから、残念ながら記録に残らず、金額にも反映されていなかった。

「それと……。バルトルトさんでしたら、他にもお渡しするものが……」

 と言って、受付のお姉さんは席を立つ。何か取りに行ったらしい。

 何だろう? 臨時の追加報酬でもあるのだろうか?

『バルトルトさんでしたら、という言い方からして、お前宛てのプレゼントでも届いてるんじゃないのか?』

 ダイゴローの勝手な言い草に対して、心の中で「そんな馬鹿な」と笑い飛ばしたのだが。

 戻ってきたお姉さんは、大きなバッグを抱えていた。

「はい、こちらをどうぞ」

 ただし、明らかにプレゼントではない。それどころか、見覚えのある物体だった。寮の自室に置いてあるはずの、僕の荷物だったのだ。

「どういうことです? どうして……」

 頭の中で「なぜ?」が乱舞する僕。するとお姉さんは、少し呆れたような顔で、

「この冒険者の記章が示すように、バルトルトさんは、パーティーを移りましたからね。以前のパーティー、エグモント団と言いましたっけ? そちらで借りているお部屋には居られませんから、そちらの方々から荷物を預かったのです」


 しまったああああああ!

『おいおい、どうした?』

 さすがに、この場で叫び出さないだけの分別はあった。でも心にとどめたところで、ダイゴローには筒抜けだ。僕の慌てぶりも、しっかり伝わっていた。

 そう、僕は大事なことを忘れていたのだ!


 冒険者組合で提供してくれる寮の部屋は格安だが、パーティー単位で借りる決まりになっている。

 エグモント団の場合、男性と女性が混じっているので、シモーヌ用に個室を一つと、男たちの四人部屋を一つ借りて生活していた。

 確かに、エグモント団を追放された時点で、もうそこには住めないという話になる!

『それは大問題じゃないか。パーティーから追い出されて、最初に気にするべき点だろ? なぜ今まで考えてなかったんだ?』

 だって、パーティー追放なんて初めての経験だったから、何をどう対処したら良いのか、わからなくて……。

『初めて会社をクビになったサラリーマンみたいな言い訳だな』

 サラリーマンというのは謎の用語だが、確かに、言い訳に違いない。今さら言うべきセリフでもなかった。

 それよりも今ここでするべきなのは、問題解決のための正しい対応。僕は頭をフル回転させて、受付のお姉さんに頼んでみる。

「では、僕一人の新しいパーティーを設立します。それで、その新パーティーで、寮の一人部屋をお願いします」

 パーティー単位で暮らすということは、僕がソロのパーティーになってしまえばいい、ということだ。そうすれば、僕個人で部屋を借りることが可能となる。

 咄嗟の思いつきにしては、名案ではないか!

 少しだけ、自画自賛したくなった。同時に、ニーナに感謝していた。彼女との最後の会話のおかげで、『ソロのパーティー』なんて発想が出てきたのだから。

 しかし。

「それは無理ですね」

 と言いながら、星型のペンダントを僕に返すお姉さん。

「この記章の通り、バルトルトさんは現在、カトック隊の一員として登録されています。新しく独立するのでしたら、まずはカトック隊のリーダーにこれを返却して、そちらと相談した上で、また窓口にお越しください。そちらのパーティーから抜ける手続きが必要です」

 理路整然とした彼女の説明を受けて、ようやく僕は現状を把握した。

 お姉さんの言う手続きをするには、まずニーナたちが暮らす家へ出向いて、それから、また冒険者組合に戻って……。でも、もう夕方だから、今から彼女たちのところへ押しかけるのは迷惑だろう。そもそも行って帰って来る頃には、冒険者組合が本日の業務を終了している!

『それじゃバルトルトは、今晩どこに泊まるんだ……?』

 それは僕の方が聞きたいよ!

 路頭に迷って放心状態の僕は、とりあえずバッグを受け取って、窓口から立ち去ろうとしたのだが……。

「ちょっと待ってください! 荷物の預かり賃、きちんと払ってくださいね。銅貨五枚になります」

 無慈悲なお姉さんの言葉が、僕に追い打ちをかけるのだった。

   

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