「ファブレノン・ファイア・シュテークスタ! ヴェルフェン・アイス・シュテークスタ!」
メカ巨人ゴブリンの姿が見えた途端、クリスタは呪文を詠唱する。ニーナが指示を飛ばすより前の、一瞬の早業だった。
しかも超炎魔法と超氷魔法、つまり、いきなり最大レベルの炎と氷を連発したのだ。
「グワッ?」
攻撃を食らったメカ巨人ゴブリンの足が止まる。とはいえ、クリスタの超炎魔法でも火達磨になることはなく、また超氷魔法で凍りつくこともなかった。
メカ巨人ゴブリンは強敵だ。『回復の森』で遭遇した際は、たった一匹のメカ巨人ゴブリンのために、カトック隊は壊滅の危機を迎えたくらいだった。僕が駆けつけた時には、既にニーナとカーリンは倒れており、クリスタも防御魔法を展開させるだけで手一杯。転生戦士ダイゴローの力で、ようやく倒せたのだった。
「ファブレノン・ファイア・シュテークスタ! ヴェルフェン・アイス・シュテークスタ!」
クリスタが再び魔法を連発する横で、カーリンが叫ぶ。
「ニーナ! ここはクリスタに任せてくれ!」
とてもクリスタ一人で相手に出来るモンスターではないはず。カーリンは何を言い出すのだ、と僕は目を丸くするが、
「わかった! クリスタの指示に従う!」
ニーナの返事で、自分の誤解に気づいた。
クリスタの方針に任せるという意味だったらしい。
「俺もニーナと一緒に倒れていたから、実際に目で見たわけではないが……」
カーリンが手短に説明する。
メカ巨人ゴブリンと戦う際のポイントは二つ。
一つは、あちらに攻撃の隙を与えないこと。メカ巨人ゴブリンの左腕から撃ち出される光弾は強力であり、防ぐにはクリスタの防御魔法が必要。だが、それでは防戦一方になってしまう。
もう一つは、炎と氷のコンビネーションだ。メカ巨人ゴブリンの特徴の一つが、体の大部分を覆っている頑丈な装甲だが、それも完璧ではないことが、前回の戦いで示されていた。
「私も覚えてるー! ダイゴローくん、あの鎧、そうやって壊してたよ! 最後は『ダイゴロー光線』だったけど!」
アルマの言葉に、笑みを浮かべて頷くカーリン。
どうやら前回のメカ巨人ゴブリン戦は、僕が思っていた以上に詳しく、クリスタやアルマに観察されていたようだ。炎と氷を組み合わせた魔法拳の連打で金属装甲を脆くした、という点まで、見抜かれていたとは……。
「……以上が、再びメカ巨人ゴブリンと出くわす可能性を想定して、クリスタから聞かされていた対処法だ」
と、カーリンは説明を締めくくった。
「ファブレノン・ファイア・シュテークスタ! ヴェルフェン・アイス・シュテークスタ!」
短い作戦会議の間も、クリスタは魔法攻撃を続けていた。打ち合わせが終わったのを確認するかのように、彼女はチラリと、こちらに目を向ける。
クリスタの合図に頷いて、ニーナが背中の斧を投擲。メカ巨人ゴブリンに命中するが、表面の頑丈な金属装甲に弾かれて、ダメージを与えることは出来なかった。
超炎魔法と超氷魔法を交互に浴びせても、ここまでの攻撃だけでは、メカ巨人ゴブリンの装甲を脆くするには不十分だったらしい。
「まだまだ足りないね! みんな、クリスタに合わせて!」
ニーナの号令に応じて、アルマはいつものように、鞭で地面を叩き始めた。メカ巨人ゴブリン相手にどれほど効果があるか不明だが、やらないよりはやった方がいいだろう。
そして『合わせる』の本命は、僕とカーリンだった。
「バルトルト! カーリン! 私と同じタイミングでお願い! まずは炎から!」
というクリスタの声に呼応して、
「ファブレノン・ファイア・シュテークスタ!」
「ファブレノン・ファイア!」
彼女と僕の呪文詠唱が重なった。
弱炎魔法が一体となり、さらに威力を増した超炎魔法が、メカ巨人ゴブリンに襲いかかる!
「グワッ!」
モンスターの悲鳴に重なって、
「続いて氷! ヴェルフェン・アイス・シュテークスタ!」
「ヴェルフェン・アイス・シュターク!」
今度は超氷魔法と強氷魔法の合体技が、メカ巨人ゴブリンに直撃するのだった。
クリスタが得意な系統は炎魔法のはず。だから同じ第三レベルの魔法でも、超炎魔法と超氷魔法とでは、威力に差があるのだろう。超炎魔法の方が、超氷魔法よりも勝っているのだ。
一方、僕の弱炎魔法とカーリンの強氷魔法は、そもそもの魔法のレベルが違うように、炎の方が下。クリスタの炎や氷と合わせるには、バランス調整の意味でも、ちょうど良かったのかもしれない。
「ファブレノン・ファイア・シュテークスタ!」
「ファブレノン・ファイア!」
「ヴェルフェン・アイス・シュテークスタ!」
「ヴェルフェン・アイス・シュターク!」
しばらくの間、僕たちは三人で協力して、炎と氷の連打を続けていた。メカ巨人ゴブリンの鎧に綻びは現れないものの、目には見えずとも効果はあるはず、と信じて。
少なくとも、こうして魔法攻撃でメカ巨人ゴブリンを押し込んでおけば、モンスターの方から光弾を撃ってくる余裕はないようだった。
しかし、僕たちの魔力だって無尽蔵ではないのだから、いつまでも続けるわけにはいかず……。
「そろそろいいかしら? 次で決めるわよ、カーリン!」
クリスタが、堂々とした宣言を口にする!
「まずは炎!」
改めて指示をするクリスタに合わせて、
「ファブレノン・ファイア・シュテークスタ!」
「ファブレノン・ファイア!」
彼女と同調するように、僕は弱炎魔法を唱える。
これだけならば、それまでと変わりはないが……。
「ヴェルフェン・アイス!」
驚いたことに、同時にカーリンも呪文を詠唱していた。
氷と炎は、交互に浴びせるべきであり、一緒くたにしては意味がないのに……?
そう思って、僕は彼女の方に目を向ける。
カーリンの弱氷魔法は、メカ巨人ゴブリンに向けられたものではなかった。彼女の槍が冷気を纏っている。つまり、魔法槍だ!
「グワッ!」
メカ巨人ゴブリンが、それまでと同じように炎で焼かれた直後。
「ヴェルフェン・アイス・シュテークスタ!」
クリスタが超氷魔法を放ったタイミングで、カーリンは走り出し……。
モンスターの巨体に、氷の槍を突き出した!
カーリンは槍使いだが、槍本来の刺突ではなく、剣のように斬撃を繰り出すことが多い。だが今回は『斬る』のではなく『突く』という使い方だった。
しかも……。
「ハッ!」
気合と共に突き出された槍。その攻撃は、一突きや二突きではなかった。僕の目では数えるのも難しいくらい、無数の突きを一瞬のうちに浴びせていたのだ。
『なるほどな。手数を増やそうと思ったら、斬るより突く方がいいってわけだ』
悠長にダイゴローが解説する間も、僕の意識は、彼の声ではなく目の前の光景に向けられていた。
これまでの炎と氷によるダメージの蓄積なのだろう。既に脆くなっていたとみえて、メカ巨人ゴブリンの強固なはずの金属装甲は、カーリンの槍で突かれた場所から次々と崩れ落ちていく!
「ニーナ!」
カーリンの呼び声が口から出た時には、既にその意を察して、ニーナはカーリンの横に駆け込んでいた。
「グワッ?」
メカ巨人ゴブリンの悲鳴が響く。
ニーナの剣とカーリンの槍が同時に、モンスターの肉体に突き刺さったのだ。覆っていた装甲を失って、剥き出しとなった腹部に。
「二人とも、離れて!」
さらに止めとして、
「ブリッツ・シュトライク・シュターク!」
クリスタの強雷魔法だ。
強烈な雷を頭から浴びたメカ巨人ゴブリンは、全身をビクンと震わせると、その場に倒れ込み……。
「グッ……!」
鳴き声を最後まで口にすることも出来ずに、動かなくなる。
メカ巨人ゴブリンの最期だった。
少しの間、僕たちは無言で、倒れたモンスターを見下ろしていたが……。
『今回のメカ巨人ゴブリン……。せっかく出てきたのに、ひたすら「グワッ」って鳴いてただけで終わっちまったな。バルトルトが変身する必要もないとはなあ」
ダイゴローに言われて、改めて実感する。
かつての強敵、メカ巨人ゴブリン。それも今では、カトック隊だけの力で倒せるようになったのだ、と。
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