転生変身ダイゴロー 〜パーティーを追放されたら変身ヒーローになった僕〜

烏川 ハル
烏川 ハル

第63話 再会、カトックよ(1)

公開日時: 2020年12月9日(水) 17:30
更新日時: 2023年5月8日(月) 16:22
文字数:3,681

   

 二人の後ろから続く僕たちにも、中の様子はハッキリと見てとれた。

 扉の向こう側に広がるのは、天井の高い、大きな空間。窓にはステンドグラスがはめ込まれており、赤い絨毯が敷かれた通路の左右には、木造の長椅子が整然と並べられている。

 日曜ミサには大勢おおぜいの信者を収容するであろう、典型的な礼拝堂だった。

『なるほど、教会だな。といっても、元の世界で訪れる機会はなかったが……。漫画やアニメには割と出てきたから、雰囲気だけは知ってるぜ』

 と、またダイゴローが、彼自身の概念と照らし合わせている。

 そんな感じで、僕たちが礼拝堂を観察する間に……。

 ミサの時には神父が説教に立つ、講壇と呼ばれる場所。その近くにあった小さなドアが開いて、一人の男性が顔を出した。

 リーゼルの呼びかけが、奥まで届いていたらしい。

「はい、誰でしょう……?」

 張りのある、よく通る声だった。背格好も髪の色も僕と似ている若者だが、僕より少し年上で、威厳や風格といったものが感じられる。

 教会関係者のスペースから出てきたけれど、明らかに神父ではなかった。神父と言えばキャソック――黒い立襟の祭服――のイメージだが、彼が着ていたのは金属製の鎧。全体的には白く、ところどころに赤い装飾が施されている。赤とピンクという色の違いはあるが、ニーナのそれを彷彿とさせる鎧だった。

 いかにも、今日の冒険から戻ってきたばかりの冒険者、という格好だ。

「カトック! やっと会えた!」

 喜びの声を上げるニーナ。

 斜め後ろからなので不明瞭だが、彼女の目には、うっすらと嬉し涙が浮かんでいるように見えた。

 その小さな水滴を、振りまきながら……。

 この日を待ちわびていたニーナは、彼の元に駆け寄るのだった。


 彼女を受け止める形で、カトックが両腕を広げる。胸に飛び込んでくるニーナに応じて、半ば無意識のうちに出たポーズ、という感じだった。

「ああ、君は……」

 抱きついてきたニーナを、自然に抱きしめるカトック。いや『抱きしめる』と表現したら大袈裟だろうか。軽く背中に手を回す、という程度だ。

 対照的に、ニーナの方は情熱的な振る舞いだった。もう二度と放さない、と言わんばかりに、ギュッとしがみつきながら、喜びの泣き声を上げている。

「カトック! カトック! ああ、本当にカトックだわ……!」

 涙もろい女子供であれば、もらい泣きしそうな光景だ。それこそカトック隊の中でも、ニーナの姿に当てられて、誰か涙を流しているかもしれない。

 僕は仲間の顔に視線を向けようかと思ったが……。

 カトックの言葉を耳にして、それどころではなくなった。

「……冒険者のかたなのですね、その鎧姿から判断すると。私に何かご用ですか?」

 その場の空気が凍りつく。

 冷たさすら感じさせる、他人行儀な声だった。

 彼の胸にうずめていた顔を上げて、カトックを見つめるニーナ。それまでの歓喜から一転、彼女は、まるで地獄に突き落とされたかのような表情になっていた。


 シーンと静まり返る中。

「あちゃあ。サプライズのショック療法も、ダメだったか……」

 その静寂を破ったのは、マヌエラの従姉妹いとこであるリーゼルだった。苦々しく呟きながら、ひたいに手を当てている。

 このリーゼルの発言が、硬直を解くスイッチになったのかもしれない。

「カトック……」

 今までとは全く違う口調で、同じく彼の名前を口にしながら、ニーナは二、三歩、後退あとずさり。彼から離れた。

 彼女を手放したカトックの方には、特に名残惜しい様子は見られない。ニーナへの意識はその程度しかなく、彼は僕たちの方へ向き直った。

「おや、誰かと思えば、リーゼルさんではないですか」

 見知った顔を見つけたからだろうか。声と表情が、少し柔らかくなる。

 僕には、むしろ残酷に思えた。本来ならばニーナたちの方が、この街の人間よりも、彼にはゆかりの深い者であるはずなのに……。

「ああ、うん。こんにちは、カトックさん。いや、もう『こんばんは』かな? こんな時間に、わざわざ教会に来たのは……」

 リーゼルは、悲しそうな目をニーナに向けてから、カトックへの言葉を続ける。

「……お仲間を紹介しようと思いましてね」

「お仲間……? 見たところ、冒険者のようですが、リーゼルさんに冒険者の仲間がいたとは……」

「違う、違う」

 ゆっくりと首を横に振りながら。

 諦めの色も浮かぶ顔で、リーゼルはカトックに言い切った。

「あたしじゃなくて、カトックさんの仲間たちだよ。……本当は、思い出して欲しかったんだけどね。あたしの口から言うんじゃなくて」


「この人たちは、アーベラインという街から来た冒険者で……」

 リーゼルが事情を説明する間。

 あからさまに落ち込んでいるニーナを、僕はジッと見つめていた。何か声をかけてあげたいけれど、どう慰めたら良いのか、僕にはわからなかった。

 しゃがみ込むほどではなく、きちんと二本の足で立っているものの、ガックリとうなだれている。対面すれば記憶が蘇るに違いない、という期待が、それだけ大きかったのだろう。

「そうですか。では私は、かつて、この方々と行動を共にしていたのですね」

 一通りの話を理解して、カトックはニーナに歩み寄る。笑顔を浮かべていたが、営業スマイルのような、他人向けの表情だった。

「記憶がなくて、申し訳ない。『久しぶり』ではなく『はじめまして』になってしまいますが……。カトックです。あなたのお名前は?」

「私はニーナ……です」

 しっかりと顔を上げて返答したけれど、ニーナは困惑しているようだ。

 一方、僕の中では、ダイゴローがツッコミを入れていた。

『おいおい。最初は「君は」と呼びかけておきながら、今度は「あなたは」かよ。かえって遠くなってるじゃねえか』

 そんな状況の中。

 ニーナとカトックのところへ、アルマがパタパタと駆け寄っていく。

「私、アルマ! よろしくね、カトックくん!」

 そう言って、カトックに対して手を伸ばした。

 あからさまに年下の女の子から『カトックくん』と呼ばれて、彼の口元には、少し苦笑いが浮かんだようにも見える。それでも、

「ええ、よろしく」

 アルマの握手に、明るく応じていた。

 少し既視感のある光景かもしれない。僕がカトック隊に入った時も、アルマは握手を求めてきたし、マヌエラに対しても、この旅が始まる際、真っ先に握手していたはず。

『人懐っこいアルマらしい行動じゃねえか』

 ダイゴローも、そう評しているが……。

 ならば。

 今は、このアルマの性格を利用させてもらおう。

 彼女に倣うようにして、僕はスタスタと、カトックのところへ歩み寄った。


 最初に遠くから見た時も、カトックからは、独特のオーラや貫禄が感じられたのだが……。近づいてみると、それがいっそう強まったような気がする。

 さすがはカトック隊の前リーダーであり、ニーナやカーリンやクリスタを率いていた人物だ。

『体つきはバルトルトと似ているのに、少し年齢としが違うだけで、えらい違いだな。これが大人の男ってことか?』

 ダイゴローの冗談を聞き流しながら、僕は笑顔で、カトックに手を差し出した。

「はじめまして。バルトルトです」

「はい、はじめまして」

 握手に応じてくれた彼に対して、僕は少し補足する。

「僕とアルマは、あなたが消えてからカトック隊に加わったメンバーです。だから、これが初対面になります」

「おや、では正真正銘の『はじめまして』なのですね」

 ニッコリと笑うカトック。僕に対しては「記憶がなくて、申し訳ない」と思わずに済むと理解して、気持ちが軽くなったのかもしれない。

 このように。

 僕はアルマに続くことで、はじめましての握手という流れを作ったつもりだが……。

 その意図は、他のメンバーに伝わったようだ。クリスタとカーリンも、こちらに来てくれた。

「クリスタよ。二人とは違って、本当は『久しぶり』なのだけど、今のあなたにとっては『はじめまして』になるわね」

「俺はカーリン。あなたからは、色々と学ばせてもらった。改めて『はじめまして』ということで、色々と勉強させてもらいたい」

「私も同じ気持ちだわ。もう一度、あなたと『はじめまして』から、やり直したいの」

「今のあなたは冒険者のリーダーではなく、自警団を率いている、と聞いている。ならば戦い方も違うだろうし、新たに得るものがあるはずで……」

 いつもより饒舌なカーリンだ。つまりニーナだけでなくカーリンにとっても、それだけカトックは特別な存在だったという証なのだろう。

 二人は、アルマや僕と同じように、カトックと握手をして……。

 そうなると。

 カトックとしては、挨拶だけで終わらせた者とも、握手する流れだった。複雑な表情で立っているニーナに対して、手を差し伸べる。

「あなたとは、挨拶の途中でしたね。ニーナさん……と言いましたか。あなたとも、また関係を築き直す形になりますね」

 新たに、最初からやり直す。もう一度、最初から。その過程で、以前と同じ状況に出くわす機会もあるだろうし、それがきっかけとなって、記憶が戻るかもしれない……。

 そんな可能性に、ニーナも思い至ったのだろう。

「はい! こちらこそ、よろしく!」

 ギュッと彼の手を握る彼女の表情は、ようやく、少し明るくなったように見えるのだった。

   

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