転生変身ダイゴロー 〜パーティーを追放されたら変身ヒーローになった僕〜

烏川 ハル
烏川 ハル

第106話 ゴブリンは友だち(2)

公開日時: 2021年1月28日(木) 17:30
更新日時: 2023年10月30日(月) 22:06
文字数:3,288

   

 テイマーであるアルマが身につけているのは、戦士系のジョブが着る鎧や、魔法士のローブではない。それでもモンスターが見れば、一目で冒険者だとわかるのだろう。

 アルマが近寄ったことで、ゴブリンは警戒して、さらに後ろへ下がっていた。はたから見ると、彼女がモンスターを壁際まで追い詰めている雰囲気だった。

 彼女自身、そう感じたのかもしれない。

「心配しないで! ほら、怖くないでしょ?」

 相手に合わせて目線を下げたまま、まるで子供を迎え入れる母親のように、アルマは大きく両手を広げる。顔に浮かぶ微笑みも、いつもの無邪気さではなく、むしろ慈愛という言葉が似合いそうな表情だった。

 その甲斐あって、

「ギギッ……?」

 ゴブリンは小さく体を震わせながら、後退あとずさりをめる。

 アルマは満足そうに笑って、再び同じ質問を口にするのだった。

「ゴブリンさん、お名前、教えて?」


「ギッ? ギギ……」

「お名前、ないの? それじゃ……」

 口元に指を当てて、少し考え込むようなポーズを見せてから、アルマはポンと手を叩いた。

「ギギちゃん! ギギって鳴くから『ギギちゃん』でどうかな?」

「ギギ……」

 鳴き声そのものは同じだが、モンスターとは意思疎通できない僕にもわかる。ゴブリンが文句を言っているようには見えなかった。

「よかったー! 決まりだねー!」

 アルマは嬉しそうに頷いてから、こちらを振り返って宣言する。

「今日から、このゴブリンの名前はギギちゃんだよー! みんなも、そう呼んであげてねー!」


 パウラという娘の話をゴブリンが理解したとか、鳴き声で返していたとか、そんなエピソードは昨日、既にパトリツィアから聞いていた。つまり、一般人である村の子供でも、ある程度はこのゴブリンと会話が成り立っていたのだ。

 ならば、テイマーという専門職のアルマが、より詳しく気持ちを伝え合えるのは当然であり……。

「うん、うん。それで?」

「ギッ、ギギ……」

 膝に手をついて前屈まえかがみのアルマと、玩具屋のゆかに座り込んだゴブリンは、しばらくの間、二人だけの会話に没頭していた。

 僕も仲間たちも、おとなしく見守るだけだ。そんなカトック隊の様子を、さらに村人たちが遠巻きに眺める、という構図になっていた。

「こうして見ていると……。やっぱり、かなり特殊なゴブリンなんだね」

 ニーナの呟きを耳にして、クリスタが肯定的な意見を口にする。

「そうでしょうね。確かにアルマは優秀なテイマーだけど、そんな彼女でも普通のゴブリンだったら、ここまで話せないもの。こんなゴブリン、初めてだわ」

「『回復の森』にいた早起き鳥アーリー・バードみたいですね」

 と、僕も言ってみた。

 実際には『早起き鳥アーリー・バードみたい』どころか、それ以上の人懐っこさなのだろう。

 早起き鳥アーリー・バードは愛玩用にも適しており、もともとはモンスターではなく動物と間違われていたほど、平和なモンスターだ。それでも僕たちが『回復の森』で遭遇した際、アルマは最初に、いつもの鞭を使うくらいだった。一方、今回のゴブリンは、その鞭による調教すら不要だったのだ。

「うむ。バルトルトが引き合いに出した通り、ちょうど早起き鳥アーリー・バードだな。殺す必要なんて皆無のゴブリンだ」

 そう言ってから、カーリンは周りの村人たちに目を向ける。

 始末するより捕獲の方が良い、と改めて強調したかったのだろうが、村人たちの中には、怯えたように二、三歩後退あとずさりする者もいた。キツそうな目つきの冒険者に睨まれた、と感じたに違いない。


「うん、そうだよね。じゃあ一緒に行こうか?」

「ギギッ!」

 アルマとゴブリンの間に、何らかの話がまとまったらしい。

 彼女はゴブリンに手を差し伸べ、うずくまっていたゴブリンを立ち上がらせた。

「おおっ……!」

 静かに見守っていた村人たちが、再び騒ぎ出す。

 冒険者とモンスターが握手をした、とも見える場面であり、それに驚いたのだろう。あるいは、おとなしく座っていたモンスターが動き出したことで、本能的な恐怖を感じたのかもしれない。

 そんな周囲の反応には知らん顔で、アルマはゴブリンを連れたまま、僕たちのところへ戻ってくる。

「ギギちゃん、今日も子供たちと遊びたい、って言ってるー!」

 通訳するアルマ。

 このゴブリン――アルマの命名によればギギちゃん――は、いつものように村へ遊びに来て、子供の溜まり場へ向かおうとしていた。途中この玩具屋が目に入り、興味を惹かれて立ち寄ったら、店内の雰囲気が気に入って、そのまま居座ってしまったのだという。

「もう満足したし、本来の目的を思い出したから、私たちと一緒に行くってー!」

 アルマは、そうまとめたのだが……。

 この話は僕たちだけでなく、取り囲んでいた村人たちの耳にも入っており、彼らの騒ぎは大きくなった。

「子供たちの遊び場へ連れて行くのか?」

「大丈夫なのか? それでは、まるで子供をモンスターの生贄にするようなものでは……?」

 声を聞く限りでは、カールやデニスのように「モンスターは危険」という立場の者が多いらしい。ただし、パトリツィア寄りの意見も聞こえてきた。

「いやいや、冒険者が一緒だから安心だろ?」

「そうですよ! 冒険者が監視してくれるなら、問題なんて起きっこないでしょう!」

 口々に喚く彼らを代表して、僕たちに話しかけてくるのは、やはりカールだった。

「本当に大丈夫なのか……?」

「問題なんか何もないよー!」

 明るく無邪気な声でアルマが返すと、カールの心配そうな顔が、さらに険しくなった。

 そもそもアルマは、僕たちの中で最も若い上に、実年齢より幼く見える部分もある。カールとしては「こんな子供の言うことは当てにならない」という気持ちなのかもしれない。

「大丈夫ですよ、私たちが保証します」

 パーティーのリーダーであるニーナが、すかさずアルマの言葉をサポートする。さらに、クリスタも加わった。

「こう見えてアルマは優秀なテイマーで、モンスターを使役することにもけていますわ。優秀だからこそ、若くして冒険者学院を卒業して、一人前の冒険者になったんですもの」

「そういうものなのか、冒険者って……」

 クリスタが理知的な言い方をしたので、カールも納得せざるを得なかったようだ。まだ不安が完全に消えた表情ではないものの、それ以上は何も言ってこなかった。周りを見ても、村人代表のカールが黙ったために、反対意見を口にする者は一人もいない。

「クリスタちゃん、ひどーい! 『こう見えて』って、どういう意味ー?」

 と、可愛らしく――冗談っぽく――怒るアルマの言葉が、その場によく響くほどだった。


『一種の叙述トリックだな。モンスターの使役にけてるといっても、今までアルマがまともに仲間に出来たのは、早起き鳥アーリー・バード一匹だけだろ?』

 聞こえないのをいいことに、僕の中でダイゴローがツッコミを入れる。

 確かにアルマは、冒険者学院時代は才能を認められていたにしても、いざ冒険者になってからは、その能力をなかなか発揮できていない少女だった。一昨日のブロホヴィッツで「もしかして、私、お荷物?」と言い出したように、アルマ本人も自覚しているくらいだ。

 だが、それをこの場で説明する必要はない。むしろ隠しておくべき話だった。

『そうだな。このギギってゴブリン、どうせ早起き鳥アーリー・バード並みのモンスターっぽいからな。アルマなら大丈夫だろうぜ』

 僕とダイゴローがそんな脳内会話を交わす間に。

 現実では、ニーナが次の行動方針を提案していた。

「それじゃ、私たちは、またどこかの公園へ行こう! 子供たちがいそうなところへ!」

 僕たちにそう言ってから、彼女は村人たちの方を振り返る。

「子供たちが遊んでる場所、この近くだと、どこになります? まだ私たち、村の地理には詳しくないので、案内してもらえると助かるのですが……」

 その場の面々を見回してから、ニーナの視線は、カールのところで落ち着いた。全くの見ず知らずよりは、昨日から話をしてきた彼の方が頼みやすい、ということだろう。

 だが子供たちのところへゴブリンを連れ行くのは、カールにしてみれば気が進まない話のはず。彼は渋い顔をしたまま、口を開こうとせず……。

 代わりに。

 全く別の方向から、返事が飛んでくるのだった。

「それでしたら、私に案内させてください!」

   

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