「とりあえず……。リーゼルの言ってたカトックさんが、あんたたちのカトックさんと同じ人で、あたしゃ安心したよ」
教会からの帰り道。
マヌエラの言葉に、僕は少し驚いてしまった。
最後に立ち直りの兆しを見せたとはいえ、ニーナの落胆ぶりは酷いものだったのだ。あれを目にしておきながら『安心した』と言い切るとは……。
「おやおや。あたしの話、マヌエラは信じてなかったのかい?」
僕とは違う観点から、リーゼルがツッコミを入れると、
「いやいや。あんたを疑っちゃいないさ。ただ、いくつかの状況が似てるだけで実は別人、って可能性もあっただろ? それじゃ、わざわざ彼女たちを連れてきたあたしが馬鹿みたいだからね」
そう言って、マヌエラはニーナに目を向ける。
「最悪の場合と比べたら、きちんと再会させられた分、まだマシだったと思えるのさ」
「うん、そうだね……」
今度はニーナが、マヌエラに応じる。肯定を示したものの、力ない言葉だった。
そんなニーナを補佐するかのように、クリスタも続いた。
「そうね。とりあえず、元気なカトックの顔を見れたのだから……。まずは大きな前進だわ!」
『おう、おう。小さな一歩だが偉大な一歩だ、って感じだな』
僕の心の中では、どうせ彼女たちには聞こえないのに、ダイゴローがカッコつけた言い方をしている。
そして実際に聞こえるものとしては、アルマが慰めの言葉をかけていた。
「そうだよ、ニーナちゃん。ニーナちゃんたち見てるうちに、カトックくんの記憶だって、すぐ蘇るよ!」
リーゼルの家に帰り着くと、僕たちがドアを開ける前に、出迎えのフランツが飛び出してきた。
足音や話し声から、近づいてくるのが伝わったのだろうか。あるいは、妻の帰りに敏感なのが、夫という存在なのだろうか。
「お帰りなさい、みなさん。どうだった、リーゼル?」
「ああ、うん。カトックさんには会えたんだけど……」
事情を説明するリーゼル。
フランツとリーゼルに続いて、彼らの家に入りながら、僕はまたニーナの様子に目を向けていた。
彼女の予定としては、今日はカトックと再会するだけでなく、彼をパーティーの一員として取り戻すつもりだったに違いない。つまり、もう教会に寝泊まりさせるのではなく、同じカトック隊の仲間として、リーゼルの家で一緒に泊まらせてもらう、という想定だったはずだが……。
その計画は、脆くも崩れ去ったのだ。現在のニーナからは、いつもの毅然としたリーダーぶりは感じられない。彼女の顔には笑みが浮かんでいるものの、それは自然な表情ではなく、口元にギュッと力を入れて、無理に笑い顔を作っている、というように見えた。
『無理してる女の子に対して、慰めの言葉は止めとけよ。下手に突くと、むしろ感情が決壊するぞ』
ダイゴローのアドバイスは、ちょうど僕も思っていたのと同じ。だから僕は何も口に出さず、ただ見守ることしか出来なかった。
リーゼルが僕たちと外出している間に、フランツは食事を作っておいてくれたらしい。
すぐに夕食となった。
この家では、夫が料理をするという役割分担なのか、あるいは、たまたま今日はそういう形になったのか。そこまではわからないが……。
少なくとも、不慣れな者が無理して頑張った、という話ではないようだ。なにしろ、素晴らしい出来栄えの料理だったのだから。
野菜中心のヘルシーメニュー。ここの畑で栽培された、とれたて野菜なのだろう。素材の味がよく活かされていて、
「美味しい! こんなに甘い野菜、初めてー!」
と、アルマが叫び出すくらいだった。
まあアルマは『甘い』という部分に感動したらしいが、僕の印象に残ったのは、逆に独特の苦味がある野菜だった。その『苦味』こそがプラスに働いて、料理全体の美味しさを際立たせるのだから、これぞ新鮮な野菜の風味なのだろう。
なお最初に『野菜中心』という言葉を出してしまったが、野菜ばかりではなく、牛や豚といった肉類もきちんと使われていた。
ここの農園では畜産もやっているのだろうか、あるいは、そういう場所からのお裾分けだろうか。それとも、普通にお店で購入したものなのだろうか。そんなことを考えてしまうくらいに、肉類も、これまで食べてきたものとは異なるように感じられた。
「何人かで使えるゲストルームと、個人用のがあるからね。それぞれ、女性部屋と男性部屋として、使っておくれ」
食事の後、リーゼルに案内されて、二階の部屋へ。
僕に割り当てられたのは、彼女の言い方からすると、一人部屋のようだったが……。
実際に入ってみると、
『思ったより広いな。これも田舎で土地に余裕あるから、ってことか?』
とダイゴローが言うほどの規模だった。アーベラインでカトック隊が暮らす家の、僕の部屋――本来は二人部屋――と比べても、少し広いくらいだ。
入って右側にあるベッドは大きめで、左側には、立派な長椅子まで用意されていた。教会にあるような木製の椅子ではなく、ふかふかと座り心地の良さそうな、ソファータイプだ。
「ああ、そうか。これって……」
『ん? どうした、バルトルト。この世界でも、ソファーなんて別に珍しくも何ともないだろ?』
僕がジーッと凝視していたので、ダイゴローが不思議そうな声を出す。ハッキリ意識したわけではないから、彼には伝わらなかったようだ。
「ああ、うん。このソファー、ただの椅子じゃないんだな、と思ってさ」
説明の意味でそちらに近づき、背もたれの部分に手を掛けた。反対の手でスイッチらしき部分を押さえながら、少し力を加えると、ガシャンと背もたれが横になる。もともとの座る部分と合わせれば、人が一人寝られる程度のスペースが出来上がった。
『ああ、なるほど。ソファーベッドか……』
「そういうこと。一人部屋のようで、実は二人部屋だったんだね』
『よく考えると、リーゼルの説明でも、一人部屋とは言ってなかったなあ。確か「個人用の」という言い方だったはず』
つまり。
ニーナが想定していたように今晩早速カトックを連れてくる形になっても、リーゼルとしては困らず、きちんと対応できていたわけだ。その場合、僕とカトックが二人で、この部屋を使う予定だったのだろう。
『なんだい。いきなり会ったばかりの男と二人は嫌だった、とか思ってんのか?』
「そんなわけないだろ。今は記憶がないとしても、彼はカトック隊の仲間だからね」
いずれカトックは、みんなと一緒にアーベラインの家へ帰って、僕のルームメイトになるはず。その予行演習と思えば、不満なんてあるはずがなかった。
『お前がそう割り切ってるなら、それで構わないが……』
ダイゴローは、なんだか煮え切らない言い方をする。
『いや、ちょっと気になるのさ。あのカトックってやつ、本当にニーナの願い通り、カトック隊に戻ってくれるのかな、って』
確かに。
記憶を失くした今のカトックにとって、カトック隊の面々は、赤の他人に過ぎない。本日対面した時の態度からも、それは明らかだった。
ならば明日からは、いかにカトックの記憶を蘇らせるか、というのがポイントになりそうだ。
『それだけじゃないぜ。ニーナが言ってたような人格者なら、たとえ過去を思い出しても、今さらアーベントロートを去るのは難しいだろ? 義理を欠く形になるからな』
これもダイゴローの言う通りだ。
今までカトックは、アーベントロートの街で世話になってきた。自警団のリーダーという、責任あるポジションにも就いている。それらをアッサリ捨て去れる男とは、とても思えなかった。
「今回の冒険旅行は……。カトックと再会するだけでなく、最終的には、彼を連れ帰るのが目的だったはずだけど……」
今日のニーナを思い浮かべながら、僕が口にした言葉。
それを引き継いで、
『……ああ。前途多難だろうな』
ダイゴローは、一言でまとめるのだった。
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