普通ならば朝食の後、いったん部屋へ帰り冒険の支度をするのだが、今日は違う。
ドライシュターン隊というゴブリン討伐部隊が村へ来たことで、いつ何が起こってもいいように、という想定だった。革袋や武器など、全て装備した上で、食事の席に着いていたのだ。
だから、一階の食堂ホールから二階の部屋へ、わざわざ戻る必要はなかった。
「頑張ってこいよ」
「良い成果を期待していますわ」
カールとパトリツィアの二人に見送られて。
僕たちはドライシュターン隊の三人と共に、出発するのだった。
宿屋があるのは、村の入り口に相当する広場なので、少し歩けば、もう村から出る形だ。
野外フィールドの草地は、一昨日の夜も歩いたが、朝の日差しの中では、全く雰囲気が異なっている。青々とした緑が広がり、心地よい開放感があった。
とはいえ、野外フィールドは、モンスター出現の可能性もある場所だ。冒険者としての本能だろうか、意識せずとも警戒心が湧いてきて、自然に気が引き締まった。
「後列にいるということは、お兄さんと青いお姉さん、戦士系の格好だけど、魔法も使えるんだよね?」
紺色のローブを着ている魔法士が、隣から声をかけてくる。
カトック隊とドライシュターン隊。総勢八名の混成チームは、特に打ち合わせもなく、前衛四人と後衛四人に分かれていた。
あちらもカトック隊と同じで、直接攻撃系が前、遠距離攻撃できる者が後ろという配置なのだろう。赤髪の戦士と青鎧の武闘家がニーナとアルマの横に並び、紺色ローブの魔法士が僕たち三人の方に加わっていた。
『前も後ろも四人、しかも男女二人ずつみたいだな。バランスいいじゃねえか』
戦闘フォーメーションにおいて性別なんて意味ないのに、ダイゴローは面白い見方をする。
僕は内心で笑いながらも、きちんと魔法士の質問に答えようと思ったが……。
カーリンの方が早かった。
「もちろんだ。俺もバルトルトも魔法剣士で、俺は強氷魔法を、こいつは弱炎魔法を使う」
こちらの手の内を明かす形で、僕の分まで紹介してくれた。
紺色ローブの魔法士にしてみれば、クリスタの魔法は昨日の手合わせで見ているだろうし、食堂ホールの話し合いで「使える魔法は雷と炎と風」と口にしている。これで、互いの手札を教え合う形になっていた。
前列の会話も聞こえてきたが、あちらはあちらで、リーダー同士が言葉を交わしているようだ。
「前方に見える森……。あの中に、問題のゴブリンの巣があるのだな?」
「うん。私たちも途中までしか知らないから、その先は一緒に探索する形だけどね」
「さあ、行こう!」
ニーナの掛け声で、僕たちは森に突入する。
当然のことながら、森の中の様子も、一昨日の夜とは違って見えた。
森なので鬱蒼とした雰囲気もゼロではないが、午前中の太陽の光は、それなりに内部まで届いているようだ。アーベントロートの針葉樹林の森ほどではないものの、アーべラインの『回復の森』よりは明るい、という程度だろうか。
自然の緑の香りに包まれて、森林浴をしている気分になってくる。そんな状況ではないのだけれど。
「こうして明るい時間帯に見ると、夜には気づかなかった部分も見えてくるわね」
クリスタが指し示す方向に視線を向ければ、左側の木々の間に、獣道のようなものが見えた。前回この辺りは一本道だと思って歩いていたが、実は案外、分岐もあったようだ。
「大丈夫だろうな? 道を間違えたりしないでくれよ」
「うん。……と言いたいところだけど、私たちも一度来たきりだからね。どうせ途中までしか知らないんだから、迷った場合は、そこから探索スタートかな?」
前列のリーダー二人も、そんな会話をしていた。
「ほう、これは……」
転移魔法陣の場所まで来たところで、赤い戦士が感嘆の声を上げる。
立ち止まった彼の横へ、紺色ローブの魔法士が駆け寄った。しゃがみ込んで手をついて、大地に描かれた図形に触れている。
「面白いね。魔族の技術で作られた装置?」
「そうみたいよ。ギギちゃんはこれを使って、村の中まで転移していたの。私たちが魔力を込めても作動しないけどね」
同じ魔法士として、クリスタが説明する。ゴブリンのギギが一緒ならば転移できた、というエピソードも含めて。
そして、その話をニーナが引き継いだ。
「というわけで、前回の私たちは、ここから歩き始めたの。この先にギギちゃんの住処がある、と聞いてね」
「だがメカ巨人ゴブリンに阻まれた、というわけだな?」
「うん」
向こうのリーダーの言葉に頷いてから、リーダーらしく号令を発する。
「でも、今日は目的地まで辿り着いてみせるわ。さあ、また歩こう!」
モンスターも危険な野生動物も出てくる気配はなかったが、それでも一応、僕たちは周囲を警戒しながら歩き続けた。
しばらく進むと、ニーナがポツリと呟く。
「この辺りだったかな……?」
転移魔法陣の広場ほどではないが、若干道幅が広がっていた。道の曲がり具合なども含めて、見覚えがある場所であり……。
「そうね。ほら、あれを見てごらんなさい」
クリスタが指さした方角へ視線を向けると、大地の上に、焼け焦げたような跡があった。
「そっか。やっぱり間違いないね。ここで私たち、あのメカ巨人ゴブリンと戦ったんだ」
立ち止まりはしないものの、ニーナの歩くペースは、極めてゆっくりになっていた。後列にいたはずのクリスタと、ほぼ並んでいるくらいだ。
モンスターなので死骸は自然に分解されて消えているが、よく見ると、金属の破片らしきものが転がっていた。
赤い戦士も、そちらに目を向ける。
「なるほど、あれが『メカ』部分の残骸か」
リーダーの呟きを聞いて、青い武闘家が拾いに行き、
「確かに、固くて硬そうだな。俺の拳でも、割れそうにないぜ」
触り心地を確認するだけでなく、叩いたりもしている。
そんな仲間の様子を眺めて、紺色ローブの魔法士も意見を口にした。
「だけど、たまたま前回はここで戦ったというだけだよね。メカ巨人ゴブリンがこの近辺に生息している、というわけじゃないよね」
「もちろんよ。おそらく魔族のアジトから出てきたのでしょうし……」
穏やかな笑みを浮かべながら、クリスタがそう返した時。
「ギギッ!」
「ギギちゃん?」
当然のように、真っ先に反応するアルマ。
鳴き声が聞こえるだけであり、姿は見えない。森の中だから、木々の間に隠れているという可能性も考えられるが……。
「おそらく、また例のカメレオン・パウダーを使っているのね。認識阻害を起こさせる、魔法の粉があるらしいわ」
事情を知らぬドライシュターン隊の三人に対して、クリスタが透明化について語り始める。
紺色ローブの魔法士は興味津々といった様子だが、青い鎧の武闘家は、こういう話にはあまり関心がないようだった。
赤い髪の戦士は、リーダーとしてきちんと耳を傾けていたが、途中でニーナに声をかけられて、そちらへの対応がメインになる。
「どう? ギギちゃん、村へ来ちゃったら始末するしかない、って話だったけど……。ここは森の中だから大丈夫?」
「そうだなあ。一匹だけのようだが、問題のゴブリンとは限らない。君たちのテイマーが勘違いしているだけ、とも考えられるからね」
ギギ討伐を試みるならば、また僕たちと一戦を交えることになるが、そのつもりはないらしく、彼は笑みを浮かべていた。
「それに、このゴブリンが本当に森を出て村へ向かうつもりだったのか、そこも僕たちにはわからない。全く別の、森に住んでいるゴブリンが徘徊しているだけ、という可能性もある。ならば、慌てて始末する必要はないだろう」
強引な解釈も含めて、彼は「ギギを見逃す理由」を口にしてくれた。
「良かった。ギギちゃん、始末されないみたいで、ホッとしたよ……」
「ああ、安心してくれ。大丈夫だ」
二人の会話を聞いて、僕も安心したのだが……。
そうやって気が緩んだ瞬間。
「始末、始末って、物騒な言葉が飛び交っていますねえ。そういう話、やめてくれませんか? そのゴブリンは私の所有物であり、大切な実験体なのですよ」
カトック隊でもなく、ドライシュターン隊の三人でもなく、もちろんゴブリンのギギでもない声が、その場に響き渡るのだった。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!