「くっ……!」
四方八方からの攻撃に、僕は防戦一方だった。
炎の魔法を放って、あるいは手で直接、叩き落とそうと試みても、なかなかあたらない。そもそも数が多すぎるのだ。
無数の弾丸と化したキング・ドール相手に僕が出来るのは、身を屈めて、顔や体を両腕でガードすることくらいだった。
『バルトルト、わかっているな? 戦えるのは十分間だけだぞ!』
ダイゴローの真面目な声が、脳内で響く。
それは僕も十分理解していた。
転生戦士ダイゴローの変身状態には、時間の限界があるのだ。
これまでの変身は、そこまでの時間を要する敵ではないから良かったけれど、今回は違う。既に先ほどの殴り合いでも結構な時間を費やした気がするし、このまま亀のように固まっていたら、いずれ「タイムリミットは近い!」と焦る羽目に陥るだろう。
そう思っているうちに、突然、攻撃が止んだ。
向こうが優勢だというのに、いったい何故?
魔族の余裕の現れだろうか?
口では「手加減しない」と言っていたはずだが、『機械屋』の本心としては、自慢の機械人形の性能を全て披露したいのかもしれない。だから、こんな全方位攻撃だけで僕を倒すつもりはなくて……。
『見ろ、バルトルト!』
思考の沼に落ちていた僕は、ダイゴローの言葉で、反射的に背筋を伸ばし、前方を見据える。
すると。
パーツ化していたキング・ドールが、再び集合して、人型の怪物の姿になっていた。
『もしかしたら、全方位攻撃は短時間しか使えないのでは? 例えば、あれだけ数多くに分離したら、それぞれにエネルギー炉なんて積んでないはずだ。すぐにエネルギー切れになるから、いったん合体して各パーツにチャージする必要がある、とか……』
考察するダイゴロー。
理由はともあれ、今ならば標的は一つ。必殺技のダイゴロー光線で一気に決めたい。そんな誘惑にも駆られるが……。
『それはダメだ、バルトルト! 必殺技は最後までとっておくのがセオリー、という以前に、この敵には特にダメだ! もしもダイゴロー光線をはね返されたら……』
わかっている。
厄介なのは、例の反射板。クリスタの超炎魔法に対して出てきた、あの恐るべき装備だった。
あれがあるからこそ、迂闊に大技は使えないのだ。かといって、このまま手をこまねいているわけにもいかない。
「この程度なら、もしも反射されても対応できる! えいっ!」
とりあえず、弱炎魔法をイメージして、撃ち出してみた。
しかし。
キングドールは、反射板を出すどころか、回避の素振りすら見せなかった。
普通に着弾したが、その表面には、傷どころか汚れ一つ残らなかったのだ。マヌエラが炎の爪で攻撃した時と、全く同じだった。
「ハッハッハ! ずいぶんと弱っちょろい攻撃じゃないですか! まさか今のが、あなたの本気ではないですよね? そんな悠長なことをしていると……」
僕を嘲笑う偽カトックに呼応して、魔族に作られたキングドールが、いかにも機械という鳴き声を発する。
「クヮン、クヮン、クヮン……!」
続いて二、三回、両腕をグルングルン回してから。
キングドールは、また無数のパーツに分離した!
「くっ……!」
再び始まる全方位攻撃。
先ほどと同じく、僕は背中を丸めて、亀のように身を守るしかないのだが、
『耐えろ! どうせ今度も、少ししか続かねえ! 再合体した隙に、こっちから攻撃だ!』
と、ダイゴローからのアドバイス。
人型の機械人形となった時が攻撃のチャンスなのは確かだろうが、弱炎魔法ではビクともしなかったのだ。かといって、それより威力ある攻撃を仕掛けるのは、反射されるのが怖いし……。
『お前が恐れてる反射板だけどさ。確か、出す直前に変な動きがあったよな? あれって、ただのカッコつけじゃなく、必要なポーズなんじゃねえか?』
言われて、僕は思い出す。あの時、キング・ドールが両腕を顔の前でスライドさせていたことを。
『それと、全方位攻撃の直前だ。各部へのエネルギー・チャージ完了の合図なのか、分離攻撃のためのスイッチなのか知らんが……。違う動きがあっただろ?』
そちらは、わざわざ思い出すまでもなかった。両腕をグルングルン回すキングドールの姿は、たった今、目にしたばかりだ。
『それぞれ違う仕草が必要なんだとしたら……』
それ以上は、ダイゴローに言われずとも理解できた。
分離直前の、腕を振り回しているタイミング。キングドールが反射板を出せないのであれば、その時こそが、ダイゴロー光線を叩き込むチャンスだ!
『チャンスは一度きりだぞ、バルトルト。次の再合体のタイミングしかない。次の次まで待ってたら、十分間のリミットをオーバーしちまう』
弾丸と化した機械人形の部品に殴られ続けながら、僕は心の中でダイゴローに頷く。
確実を期すのであれば、本当に反射板を用意できないのかどうか確かめるために、まずは強炎魔法か超炎魔法あたりを撃ってみるべきなのだろう。万一はね返されても、炎の魔法ならば、クリスタがやったのと同じように対処できる。
しかしダイゴロー光線は、反射されたらお手上げだ。モンスター程度ならば消滅させてしまう威力なのだから、二発目のダイゴロー光線で迎撃しようとしても、はたして本当に相殺できるものなのか、僕には自信がなかった。
そもそも、全く同じ威力の『二発目』を撃てるかどうかも疑わしい。前回の変身では、ダイゴロー光線を連発したら、フラフラになったではないか。あの時は意識していなかったが、一発目よりは二発目、二発目よりは三発目の方が若干弱まっていたという可能性もある。
『ああ、その通りだ。一度しかないチャンスでダイゴロー光線を使うのは、大きな賭けだぞ。覚悟はいいか?』
覚悟も何も、他に手段がない以上、やるしかない!
そう決意した瞬間。
再び、攻撃が止んだ。
『バルトルト!』
ダイゴローが呼びかけるが、その必要はなかった。
すぐに僕はバッと顔を上げて、機械人形を睨みつける。
視界に入ってきたのは、無数のパーツが一箇所に集まっていく光景。キング・ドールの再合体の場面だった。
そこまでは予想通りなのだが……。
ただ一つ、思いもよらぬ点があった。
「なんということを!」
悲痛の叫びを上げる魔族。
彼にとっても、計算外だったに違いない。
『おい、バルトルト! これって……』
ダイゴローも興奮している。
キング・ドールは、まともに合体できていなかったのだ。
腰の辺りに何か挟まって、パーツ同士の結合を妨害している。この状態では合体シークエンスがそれ以上進まないらしく、その先で使われるはずの部品は余剰パーツとなって、機械人形の周りをふよふよと漂っていた。
合体途中なので、単なる部品の集まりでもなければ、完全な人型でもない。中途半端な姿のキング・ドールは、なんとか合体を続けて完全体になろうと悪戦苦闘。その全身をガタガタと揺らしているが……。
もはや、驚異の怪物機械とは思えなかった。つい僕は、ゼンマイの切れかかったネジ巻き玩具を連想するのだった。
「あっ!」
一目見た瞬間は気づかなかったが、すぐに『腰の辺りに挟まったもの』の正体を悟って、僕は仲間の方へと振り返った。
相変わらず彼女たちは、群がるモンスターや自警団と戦っている。ただし、ここまでの奮闘により、かなりその数を減らしていた。敵の中には、超炎魔法同士の激突による衝撃――僕も吹き飛ばされた大爆発――で倒れて、起き上がれない者もいるのだろう。
偽カトックやキング・ドールに直接攻撃を仕掛けるほど、手の空いている仲間はいないようだが……。
それでも。
僕は一瞬、ニーナと目が合った。
左手でモンスターを斬り伏せながら、こちらへの合図として、右手をグッと前に突き出している。まるで「頑張って! 今よ!」と言わんばかりのポーズだった。
何を悠長なことをしている、と言うことなかれ。
ちょうど彼女は、右手がフリーになった瞬間だったのだから。
さすがはニーナだ。
周囲の敵と戦いながらも、僕とキング・ドールの攻防にも目を配っていたようだ。
タイミングを見計らって、右手でブーメランのように斧を投げつけて、キング・ドールの再合体を見事に阻止!
これが出来るのが、僕たちカトック隊のリーダーである、ニーナという冒険者だった。
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