「追いついたぞ! 今度こそ!」
アルマとゴブリンを再び視界に捉えて、青い武闘家が、嬉しそうな声を上げた。
一方アルマは、少しだけ振り返り、動揺の色を顔に浮かべる。
「ええっ? バルトルト君はどうしたのー?」
ちょうど、そんな場面だった。
転生戦士ダイゴローに変身した僕が、彼らのところに到着したのは。
ただし、走って追いかけたわけではない。まだ戦いが始まる前という認識であり、瞬間移動が使えたのだ。
理想としては、ちょうど追う者と追われる者の中間くらいに出現して、立ち塞がるつもりだったが……。
逃げるアルマとゴブリンも、追いかける武闘家も、僕の想定より先へ進んでいた。だから転移してもまだ、走る彼らの背中を目にする形になってしまった。
アルマとゴブリン、それに追いつきそうな武闘家、さらに後ろから僕、という位置関係だ。
ちょうど振り返ったために僕を視認したらしく、アルマが叫んだ。
「あっ! ダイゴローくん!」
釣られるようにして、武闘家もこちらに目を向けるが、無言で一瞥しただけであり、すぐにまた前を向く。もちろん、彼の走るスピードが落ちることもなかった。
『おい、まずいぞ。このままじゃ……』
心の中の相棒が何か言いかけるが、僕だってわかっている。だから阻止するための行動に出た。
「えいっ!」
右手を前に突き出して、小さな火炎球を撃ち出したのだ。
武闘家に直撃させるつもりはなく、その斜め前方に着弾する形だったが……。
彼は、自分が狙われたと思ったのだろう。さすがに無視できないとみえて、足を止めて振り返った。
「何だ、お前は? こいつらの仲間か?」
武闘家の浅黒い顔には、困惑の色が浮かんでいる。それでも、無駄に考え込むのではなく、既に拳を構えていた。
「それともあれか、俺が女子供を虐めているように見えたのか? 俺の獲物は、一緒にいるモンスターの方なんだが……」
簡単に事情説明した上で、
「……どちらにせよ! 邪魔をするのであれば、実力で排除する!」
ダッと地面を蹴って、向かってくる武闘家。
一瞬で距離を詰めて、拳を繰り出してきた。
僕は軽く体を傾けるだけでかわし、パンチをお返しする。
「ほう、その殴打! 俺にはわかるぞ! 最初は魔法を使ったが、お前、本当は武闘家だな?」
青い武闘家はニヤリと笑いながら、こちらの一撃を避ける。
セリフまで含めて、既視感のある展開だった。
続いて彼は、左右の拳の連打。僕もその場に踏み止まって、殴り合いに応じる形になり……。
「これだ! 己の肉体を武器として、血湧き肉躍る戦い! これぞ武闘家の醍醐味だ!」
嬉々とした彼の姿を目にするのも、先ほどと同じだった。
「いいぞ! 槍使いの女とも、へなちょこ拳士とも違う! もっと俺を満足させろ!」
言葉だけではなく、打ち合う拳からも、相手の喜びが伝わってくる。変身前に戦った時とは、一撃の重みが違うのだ。
『こういうのを、バトルジャンキーって言うんだろうぜ。本来の目的、もう忘れてるんじゃないか? こいつ、ゴブリンを始末するためにアルマを追ってたのに』
殴り合う僕の中では、ダイゴローが苦笑していた。
『へなちょこ拳士だとよ。さっきまでのバルトルトじゃ、物足りなかったらしい。今は充実してるみたいだから、うまく加減して相手してやれ』
当然のように、ダイゴローも理解していた。僕が本気を出していない、ということを。
先ほど武闘家が足を止めた際、その発言の中に「女子供を虐めている」という言葉があったが、むしろ今は、僕の方が弱いもの虐めをしている気分だった。
まさか人間の冒険者相手に、転生戦士ダイゴローの力を使うことになるとは……。
『そういえば、前に俺も言ったよなあ。ギリギリまで頑張って、踏ん張って、それでもどうしようもない時だけ変身するのが変身ヒーローだ、って』
ダイゴローと融合した翌日くらいだっただろうか。カトック隊の紋章を返そうと思って、一人で『回復の森』へ入っていった時の話だ。
正式にカトック隊に加入するなんて思っていなかった頃であり、まだ魔族と戦うこともなかった頃だ。思い返してみると、あれから色々あったなあ、と感慨深い。
『おいおい、余裕だな?』
そう。
懐かしい気分に浸れるほど、心にゆとりがあった。
頭では一ヶ月くらい昔のことを思い浮かべながら、体は意識せずとも自然に武闘家のパンチを捌いて、こちらからも拳を突き出していた。それも、相手にダメージを与えすぎないよう、手加減した上で。
正直、こうして変身した状態で冒険者と戦うのは、なんだか狡をしているみたいで、罪悪感を覚える部分もある。
でも元の状態では『へなちょこ拳士』扱いされたように、とても歯が立たないのだ。ならば仕方ないではないか、と自分に言い聞かせるしかなかった。
「いいぞ! いいぞ!」
相変わらず、武闘家は嬉しそうだ。向こうが喜んでいることで、僕の罪悪感もわずかに軽くなる。
少しの間、そうやって殴り合いを続けていたが……。
相手の挙動に、微妙な変化があった。
「……!」
その場で僕はジャンプする。
転生戦士ダイゴローの、尋常ではない跳躍力だ。武闘家にしてみれば、一瞬こちらの姿が消えたように見えたかもしれない。
「なんと……!」
驚く武闘家は、左脚一本で体を支えていた。右の回し蹴りを繰り出した直後だったのだ。
『一度見た技は二度と通用しない、ってやつだな。漫画やアニメでよく見るパターンだぜ』
ダイゴローが面白がっているが、確かに、初見ならば食らっていたかもしれない。
変身前の僕が近くの家の生垣に叩き込まれた、あの攻撃パターンだった。つい先ほど受けたムーブだっただけに、わかりやすかったのだ。
三色スーツの転生戦士ダイゴローと先ほどのへなちょこ拳士が同一人物とは知らずに、武闘家は同じ攻撃を繰り返してしまったわけだが……。
もしも変身前だったら、二度目でも避けられなかっただろう。変身したことで動体視力や反射神経が向上しているからこそ、この蹴りを見切ることが出来たのだ。
「上か!」
ようやく気づいた武闘家が見上げた時には、既に僕は落下の最中。
かつて初めて変身して巨人ゴブリンと戦った時は、落下の勢いを乗せて、モンスターの眉間に蹴りを叩き込んだものだった。この武闘家相手にそこまでやるのは過剰だろうが、せっかく跳んだのに何もしないのは、もったいない気がする。
僕は空中で体を捻って、向こうの十八番を奪うかのように、回し蹴りを繰り出した!
『おおっ、ローリングソバットか! おいおい、こっちの方が単純な急降下キックより、よっぽどえげつないんじゃねえか?』
今さら言われても遅いが、僕よりもダイゴローの判断が正解だったらしい。
「ぐおっ!」
武闘家は両腕でガードしようとしたが、それでは僕の蹴りの勢いを殺すことは出来ず、体ごと思いっきり吹っ飛ばされていた。
近くの民家の塀に、背中から叩きつけられている。頭からではないので、その点は先ほどの僕よりもマシだろうが、生垣ではなく石壁なのは、僕の時より痛そうだった。
『いいじゃねえか。ちょうど、やられたことをやり返した形だぜ』
そんなつもりはなかったし、お返しにしては、少々やり過ぎたのではないだろうか。
心配しながら、武闘家の様子を見てみると……。
「うう……。味な真似をしやがって……」
痛みを振り払うかのように、頭を横に振りながら、ヨロヨロと立ち上がってきた。ダメージは負っているものの、大怪我はしていないようだ。
僕はホッとして、彼が再び臨戦態勢を整える前に、チラリと遠くを見つめる。
アルマとゴブリンは、かなり先まで逃げたらしい。姿は全く見えなくなっていた。
『もう十分、時間は稼げたようだな。だったら……』
ダイゴローの言う通りだ。
これ以上、無駄な戦いを繰り広げる意味はないだろう。
だから僕は、
「あっ! こら、待て!」
という武闘家の声を背に受けて、逃走し始めるのだった。
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