朝のアーベントロートの街中を、自警団本部へ向かって歩く六人。
灰色の雲が浮かぶ空の下であることも、街の人々から刺すような視線を向けられることも、昨日の朝と同じだった。
しかし、いざ自警団の建物が見えてくると……。
「わあ! 今日は賑やかー!」
とアルマが叫んだように。
昨日とは異なり、青い建物の前に立っているのは、一人だけではなかった。
金属製の鎧を着たジルバや、濃紺の皮鎧のブルーノ、粗末な灰色の鎧のロルフなど、見知った顔を含めて、ざっと二十人近く。おそらく自警団がほぼ勢揃いした形で、僕たちを待ち構えていたのだ。
「おう、約束通り来たな」
ジルバの口ぶりは、まるで果たし合いの相手を待っていたかのようであり、表情も同じく険しいものだった。
扉の近くにいた一人が、中へ駆け込んでいき……。
「やあ、みなさん。アーベントロート自警団へようこそ」
爽やかな笑顔のカトックが、外に出てくるのだった。
「では、冒険者のみなさん。私たち自警団についてきてください」
僕たちを案内する意味で、カトックが歩き出す。すぐ後ろには自警団の面々が続き、さらに僕たちカトック隊。三十人とまではいかないが、全部で二十人を超える大所帯であり、ちょっとした行列だった。
意図的に壁になっているのか、あるいは偶然なのか。この並び方だと、自警団のメンバーに阻まれて、僕たちはカトックに近づけない。それでも無理をすれば、ニーナ一人くらいは、最前部へ出てカトックの横に並ぶことも可能だろうが……。
昨日の真夜中の態度から考えて、もう彼女は諦めたのかもしれない。おとなしく集団の最後尾で、僕たちと一緒に歩く形になっていた。
このように、カトックからは十分に距離が離れていたからだろうか。ふとアルマが、カトックに関する話をマヌエラに持ちかけた。
「ねえ、マヌエラちゃん。マヌエラちゃんは、なんでカトックくんのこと『カトックさん』って呼ぶの?」
僕に言わせれば、アルマの『カトックくん』という呼称の方が、一般常識から外れている。馴れ馴れしい感じが強過ぎるのだが、でもアルマがこういう言い方をする少女なのは既にわかっているし、不思議と彼女には「それで構わない」と思わせる雰囲気があった。
とはいえ、マヌエラの『カトックさん』呼びも、逆に他人行儀すぎる感じだ。記憶を失って自警団の一員になったとはいえ、現在の鎧装備を見てもわかるように、まだカトックは冒険者みたいなものだ。同じ冒険者同士ならば、普通に『カトック』と呼んでもよさそうなものだった。
「なんとなく……だねえ。特に理由はないよ。しいていうなら、ほら、従姉妹のリーゼルがずっと手紙で『カトックさん』って書いてたからね。その呼び方が、あたしにも染み付いたのかな?」
そうマヌエラは言うが、なんだか誤魔化しているようにも聞こえる。彼女は敢えてカトックと距離を置いているのではないか、と僕には感じられた。あまり親しくなるべきでない人間に対する、冒険者としての本能的な危機回避センスで……。
『ということは、マヌエラはマヌエラなりにカトックを怪しんでた、って話になるな。危機回避っていうのは、そういうことだろ?』
ダイゴローの言葉で、僕はハッとする。
なるほど、僕の受け取り方は、そういう意味になるのか。
そして、カトックを怪しむといえば……。
チラッとクリスタの方を見ると、僕と目が合った。彼女もアルマとマヌエラの会話に反応して、僕にアイコンタクトを送っているようだった。
『一番カトックを警戒してたのはクリスタだからな。一昨日、彼女から言われたよな? 注意してカトックを見ておけ、って』
それは覚えている。覚えているのだが……。
いざカトックと一緒の状況になると、あまり、そういう目で彼を見ることが出来なかったのだ。
『昨夜カトックが来た時も、バルトルトはダメダメだったよなあ。カトックにカリスマを感じて、むしろ恐れ入ってしまうくらいで……』
それは言い過ぎだとしても、確かに、その方向性だったことは否定できない。これではクリスタに対して面目ないから、せめて今日一日は、カトックを注意深く見ておこう。
『今さら遅いけどな。今日でカトックと会うのも最後なんだろ?』
カトックのカリスマといえば。
こうして街の中を歩く間、やはり人々の視線を感じるのだが……。
自警団本部へ向かう時とは違って、それほど厳しい目ではなくなっていた。むしろ温かく見守る雰囲気もあり、僕は驚いてしまった。
なにしろ、通りですれ違う人々の中には、昨夜の暴動に参加した者も含まれているはずなのだ。
『それなのに、これだけ態度がやわらかくなる……。カトックと一緒に歩いてるせいだな。カトックの従者みたいな扱いになると、敵意も向けられないんだろうぜ』
ダイゴローも、僕と同じように考えているらしい。
いかにカトックが街の人々から特別視されているのか、改めて思い知らされるのだった。
一昨日、鎧衣ゴブリンが暴れていた広場は、今日は全く違う雰囲気になっていた。
あの日は扉を固く閉ざしていた建物も、今日は客を迎え入れているし、テントや屋台も放置されているのではなく、きちんと店の者が商売していた。
広場全体が賑わっており、活気にあふれているのだ。アーベントロートの入り口に当たる場所ではあるが、旅人だけでなく、街の住人が利用する店も多いのだろう。ここ二、三日の間に新しく旅人が訪れた様子はないが、宿屋でさえ立派に営業中だった。宿泊客はいなくても、中の食堂や酒場だけで採算が取れるのかもしれない。
そんな広場を通り抜けて……。
「さあ、街を出ますよ! みなさん、注意して!」
振り向いて叫ぶカトックと共に、僕たちは、緑の草原地帯へ踏み出した。
街を一歩出れば、野外フィールドだ。
人間の占有領域でもモンスターの縄張りでもなく、両者が入り乱れる地帯だ。
僕たち冒険者は、いつもの習慣で、自然と警戒心が高まる。自警団は自警団で、通りを歩く間は横に広がることが出来ず縦長になっていたのが、逆に横長の布陣に変わっていた。
「広がるのはいいけど、大丈夫かねえ。広がり過ぎるのも、危ないと思うんだけど……」
「そこは、カトックに任せようよ。いつも自警団は、こうやって野外を歩いてるはずだし」
マヌエラとニーナは、そんな言葉を交わしている。
森までの草原地帯は、自警団にとっては通い慣れた範囲だ。確かに、僕たちが心配するのは余計なお世話だった。
それに、丘や林などのない、広々とした野外フィールドなのだ。モンスターが現れても、まだ遠くにいる時点で発見できる。不意打ちを食らう危険性もなかった。
実際。
右斜め前方、かなり離れた場所に、一匹のゴブリンの姿が見えてきた。
「みなさんは、このまま森へ進んでください!」
「了解したぜ、カトックさん」
一声かけたカトックに、自警団サブリーダーのジルバが応じる。
頷いてから駆け出したカトックは、吹き去る風のように素早く、ゴブリンへと向かっていき……。
一刀のもとに斬り捨てると、何事もなかったかのように、僕たちの方へ戻ってきた。
その後も、ゴブリンが一匹で現れた時はカトック一人で対処。二匹や三匹で出た時は、カトックが見繕ったメンバーを率いて襲いかかるという形で、やはり僕たちカトック隊は見ているだけ。
数回の戦闘を経て、しばらく歩くうちに……。
問題の森が見えてきた。
『おおっ! これは……』
僕の中にいるダイゴローが叫ぶ。
馬車で旅しながら外の景色を眺める際に、森林地帯も少しは視界に入ったものの、こうして自分たちが突入する――間近で目にする――森としては、ダイゴローが知るのはアーベラインの『回復の森』のみ。
ならば、こういう反応になるのも当然かもしれない。僕は心の中だけで、ニヤリと笑うのだった。
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