クリスタの視線を受け止めながら、僕は最悪の想像をしてしまう。
まさか、僕が変身しているとバレたのだろうか……?
では、これでダイゴローとの融合も解けてしまうのか……?
一瞬、ギョッとしたが、
「もしかすると……。あの森で困った冒険者がいたら助ける、という信条の人なのかしら?」
と言われて、ホッとする。安心し過ぎて、ガックリと体の力が抜け落ちるくらいだった。
『とんだ肩透かしだったな、バルトルト』
ダイゴローの明るい声が、頭の中で響く。
僕が拍子抜けしたのは、クリスタのことを洞察力のある女性だと思っていたからだろう。「わざと見当外れの解釈を口にしたのではないか」と、穿った見方もしたくなるほどだった。でも、これを『見当外れの解釈』と言えるのは、真実を知っている僕だからこそに違いない。
実際、リーダーであるニーナは、クリスタの発言を素直に受け入れていた。
「そっか。私たちとは別の意味で、あの『回復の森』にこだわってる冒険者なのね……」
ならば。
この考えに僕も乗っかることにして、仲間たちの顔を見回しながら提案してみる。
「じゃあ、いわば『森の守護者』ですね。いつまでも『通りすがりの冒険者』とか『おかしな全身スーツの人』って呼ぶのも悪いから、今度からは、そういうニックネームを使いましょうか? 僕たちの間だけでも」
「いいね、それ! 決まり!」
パンと手を叩いたニーナに続いて、
「わーい、素敵な呼び名ー!」
事情説明の間は静かだったアルマも、歓声を上げる。
クリスタに至っては、さらに話を広げようとしていた。
「また現れたら、本人にも、そう呼びかけてみようかしら。『そんな呼び方は止めてくれ』って言うなら、その際に名乗ってくれそうだし」
一方、僕の頭の中では……。
『おいおい、さっきまで「おかしな全身スーツ」とか言ってたくせに……。今度は逆に、カッコ良すぎるんじゃねえか? なあバルトルト、自分で言ってて、恥ずかしくならんか?』
ダイゴローが苦笑いしながら、僕の気持ちを言い当てるのだった。
雰囲気が明るくなったところで、今さらのように、僕は尋ねる。
「ところで……。今は何時頃かな? お昼過ぎくらい?」
黒ローブの怪人が出現したのは、あの場にカトック隊が到着した直後だった。怪人自身が目的を語ってくれたり、モンスター集団との戦闘があったりしたが、たいした時間はかからなかったはず。苦戦したから体感時間は長いものの、僕の変身状態は十分間しか続かない、という事実がある以上、実際には短かったのだ。
だから『お昼過ぎくらい』と想定したのだが……。
「もう夕方だよ」
「お寝坊さんだね、バルトルトくんは」
ニーナに続いて、冗談口調になったアルマの声。つい先ほどまでの心配そうな雰囲気より、この方がアルマには似合っている。
そんな悠長なことも思いながら、僕は医務室の壁を見回した。窓の外に視線を向けて、空の色を確認しようと考えたのだ。
しかし。
いくらキョロキョロ探しても、窓は見当たらない。医務室にも窓はあったはずなのだが……。
どうやら、カーテンのこちら側には設置されていないらしい。今まで仕切りの奥に来たことないので知らなかったが、なるほど、重症患者を寝かせる想定ならば、いつでも部屋を真っ暗に出来るよう、窓なんてない方がいいのだろう。
『そんな細かいこと、どうでもいいだろ……』
というダイゴローの苦笑じみた脳内ツッコミと同時に、目の前からは、クリスタの言葉が聞こえてくる。
「ニーナの意識が戻った時には、すぐにあなたも起きると思ったんだけど……。個人差って大きいのね。同じ毒の泉に落ちて、同じように治療を受けたのに」
いつもの和やかな笑顔ではなく、冗談っぽい表情だから、別に僕の体力の乏しさを責めているわけではないはず。まあ本当のところはわからないけれど、とりあえず、そう思いたかった。
そんな僕を慰めるかのように、
『いや、体力が乏しいとか、そういう問題じゃないぞ。回復に時間かかったのは、仕方のない話だ』
仲間たちには聞こえない声で、ダイゴローが解説する。
『あの場でクリスタがやった応急処置にしろ、ここの魔法医の治療にしろ、あくまで解毒が中心だったんだろ?』
つまり。
僕が意識を失ったのは、泉の毒にやられたから……。クリスタも魔法医も、そう考えて治療してくれたわけだ。
しかし。
それは理由の一部に過ぎなかった。実際には、転生戦士ダイゴローに変身して戦ったことによる疲労困憊。こちらの方が、大きな原因だったらしい。
『大技であるはずのダイゴロー光線、あれを三連発で使ったからなあ。肉体的にも魔力的にも、負担が大きかったんだろうさ』
そう分析するダイゴロー。
『いいか、バルトルト。必殺技ってもんは、最後の最後でぶっ放すべきだぜ? 切り札だからな!』
師匠面してアドバイスするダイゴローは、まるで冒険者学院の教師みたいで、僕は少し懐かしい気分になるのだった。
そんな脳内会話とは別に、
「キミが起きるの遅かったから、必要な手続きは全部、もう終わったよ」
と、ニーナが説明してくれる。
泉で毒をばら撒いていた怪物の排除。それは即ち、汚染の原因を取り除くことに他ならず、ベッセル男爵の依頼を遂行した、という意味でもあった。その旨、一階の受付窓口で報告してきたのだという。
『ああ、そうか。冒険者が依頼者に直接報告しに行くんじゃなくて、仕事の報告も冒険者組合を介する形になるんだな』
ダイゴローが話を聞きながら、納得している。まだ冒険者のシステムを完全には理解していなかったから、今回の件は、ちょうど良い事例になったのだろう。
彼のために補足しておくと、厳密には、冒険者自身が依頼人に報告しに行くケースもある。あらかじめ依頼人からそう言われている場合だが、今回は相手が貴族なので、その可能性は最初から考える必要もなかった。
いくら報告のためとはいえ、僕たち庶民が約束もなしに、貴族の屋敷へ出向くわけにはいかない。だから冒険者組合のような組織が、間に入ってくれるのだ。
「じゃあ、今回の冒険仕事の件は、これで終わりだね」
「うん。報酬に関しては、後日、男爵の方から連絡が入るので待っていてください、って言われたよ」
と、僕の言葉に返すニーナ。
「それと、ついでに……」
続けて彼女が話したのは、モンスター討伐の換金も済ませた、ということ。今回仕事で相手したのも含めて、ここ三日の間に『回復の森』でハンティングしたモンスターの分を、窓口でお金にしてもらったそうだ。
もちろん、眠っていた僕の分は換金できないので――本人が行く必要のあるシステムなので――、それ以外の四人の分だけになるのだが。
「それでね。今回は、かなりの額をもらえたの」
前にも言ったように、モンスターを倒して得られる経験値や金銭は、パーティー全員へ均等に割り振られる。だからニーナが言いたいのは、僕も「たくさんもらえる!」と期待していい、ということだった。
「大雑把な計算なんだけど……」
横から、クリスタが補足する。
「……あの黒フードの怪人が、だいたい巨人ゴブリン二匹分に相当してたみたい」
「そうそう! 結局あの怪人も、モンスターだったんだよ。人間の言葉で喋るもんだから、あの場では『モンスターとは違うのかな?』って思ったんだけどね」
というニーナの言葉に、僕も納得しそうになったが。
『おい、それは変じゃねえか?』
脳内で、ダイゴローのツッコミが入った。
『俺の理解した換金システムによれば……』
黒衣の怪人を倒したのはニーナとカーリンだから、その分の経験値などがカトック隊に入る。ここまでは、何も問題ない。
しかし、毒の怪物――ヴェノマス・キング――と二匹の巨人ゴブリンを倒したのは、転生戦士ダイゴローとなった僕。もちろん僕だってパーティーの一員だから、やはりカトック隊に割り振られるはずだが……。
カトック隊の視点に立てば、通りすがりのソロ冒険者――森の守護者――が倒した、という話になる。だからヴェノマス・キングや巨人ゴブリンの討伐料や経験値は得られない、という認識だった。
『……ここまでは、間違いないよな?』
うん、合っている。
そして、ダイゴローが整理してくれたおかげで、僕にも問題点が見えてきた。
クリスタの『大雑把な計算』というのは、普通に下級のモンスターだけを倒して得られる場合と、今回実際に手に入った金銭との差額なのだろう。それが『だいたい巨人ゴブリン二匹分』だったというわけだ。
今回の大物は黒ローブの怪人だけ、という見方ならば、彼女の結論に問題はない。しかし本当は、怪人だけでなく、ヴェノマス・キングも二匹の巨人ゴブリンも含んでいるはずだった。
そこから計算し直すと、怪人や怪物の分はゼロだった、ということになる……?
『それって、あいつら両方ともモンスターじゃなかった、って結論になるんじゃねえか?』
あの時、毒の泉に沈みながら考えた「ならば、あの怪人は、いったい何者なのか……?」という疑問。
それが頭の中で再燃する。そのせいで僕は、まるで再び毒の中に叩き込まれたかのような、嫌な気分になるのだった。
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