「誰かと思えば、バルトルトじゃないか!」
ゲオルクが僕の顔を見て、野太い声で叫んだ。いつも通り、ノースリーブの青い武闘服を着ている。
彼の隣では、同じように目を丸くしながら、痩身のザームエルがゲオルクに続いていた。
「もう新しいパーティーに入ったのか? バルトルトのくせに生意気だぞ!」
一方、カトック隊の方でも、競争相手となる冒険者パーティーは無視できないらしい。
リーダーのニーナが、僕に質問してきた。
「あっちの人たち、キミの知り合い?」
「うん。エグモント団といって、昨日まで僕が入っていたパーティーで……」
その言葉だけで十分だった。森で出会った際に僕が説明したのを、思い出したのだろう。
「ああ、あれが……」
ニーナはスーッと目を細めて、改めてエグモント団の四人に視線を向ける。
彼女の後ろでは、アルマがプンプンした口調になっていた。
「置き去りにした人たちだね! バルトルトくんを森の中に!」
「落ち着きなよ、ザームエル。ほら、よく見てごらん」
エグモント団の方では、ダニエルが仲間に冷静な言葉をかけている。その白銀の鎧がよく似合う、彼らしい泰然とした態度だった。
「新しいパーティーと言っても、小さな子供まで一緒の集団じゃないか。あれならバルトルトだって歓迎されるさ」
「ぷぷぷ……。お子様パーティーってこと? バルちゃんにはピッタリ!」
シモーヌに至っては、声色こそ穏やかなものの、口に手を当てて笑いをこらえている、という有様。なんとも失礼な態度だった。
彼らの会話が僕に聞こえるということは、カトック隊の仲間たちの耳にも入るわけで……。
「ひどーい!」
「気にしちゃダメよ、アルマ」
「そうだぞ。外面だけで判断するのは愚か者だ」
クリスタとカーリンの二人がかりで、アルマを宥めようとしていた。クリスタはともかく、こうしてカーリンまで口を出すのは、珍しい気がする。
ふだん口数が少ないからこそ、発言に重みがあるのかもしれない。だが、その分を差し引いても、カーリンの言うことは尤もに思えた。
アルマは童顔だから、年齢以上に幼く見えるのだろうが……。だからといって見下すのは、むしろ逆なのだ。
若くして冒険者パーティーに入るということは、それだけ早く冒険者学院を卒業して、それだけ早く一人前になった証なのだから。実際、アルマが「三年早い卒業」と言っていたように。
そうした点に思い至らないエグモント団は、しょせん駆け出しのパーティーということだ。中にいた頃と違って、外から見て初めて、僕はそう考えられるようになっていた。
「仕事の方の手続きに時間かかるなら、こっちを先にお願いしようか?」
首から下げた星型ペンダントを手に取りながら、ニーナが僕たちの顔を見回す。
真っ先に頷いたのは、クリスタだった。
「それがいいわね。元々そのために来たわけだし。……アルマからでいいんじゃないかしら?」
「えっ、私から?」
「そうだね。私たちは後回しでいいよ」
と、リーダーのニーナもクリスタに賛成。カーリンも黙って頷いている。
モンスター討伐の報酬をもらうのも、もう慣れている三人だ。一方アルマは、まだ冒険者を始めて一年も経っていないから、これも目新しくて、楽しみなイベントに違いない。
同じく日が浅い僕は、アルマの気持ちがよく理解できていた。ただし僕の場合は、昨日も済ませているので、急ぐ必要はなく……。
ニーナたちに倣って、首を縦に振ってみせた。
「わーい! 換金、換金ー!」
早速アルマは、カトック隊の紋章――冒険者の記章を兼ねたもの――を受付のお姉さんに差し出して……。
その結果。
「こんなにたくさん!」
銀貨と銅貨をジャラジャラ渡されて、満面の笑みを浮かべる。
『おい、バルトルト。あっちを見てみな』
ダイゴローに注意されて、エグモント団の方に視線を送ると。
アルマが抱えたお金を見て、四人ともギョッとしていた。
「ああ、そうか……」
考えてみれば。
エグモント団では、習慣として、モンスターの討伐分を毎日お金に換えている。だからアルマの換金も、今日一日で――いやまだ昼だから半日で――これだけのモンスターを倒したのか、と誤解したのだろう。
『うまいハッタリだな。これでカトック隊が尋常じゃないって、あいつらにも伝わるだろうさ』
そこまで計算の上なのだろうか?
チラッと振り返ると。
クリスタの顔には、いつも通りの微笑みが浮かんでいたが……。
何を考えているのか本心がわからない、含みのある笑顔にも思えた。
アルマに続いて、他の者たちもモンスターを倒した分のお金をもらう。同じパーティーだから、当然、アルマ同様に銀貨と銅貨をドッサリだ。
僕は今日の分だけなので、一人だけ少ない。
「あれ? キミ、それっぽっち?」
「うん。僕は昨日も換金してるから……」
「ああ、そういうことね」
と、ニーナに言われるほどだった。
さらに僕は、預けていた荷物を受け取って……。
その頃には、最初の案件――冒険仕事の手続き――に関しても、冒険者組合側の事務的な方針が決まったらしく、
「では、みなさん。仕事を引き受けるパーティーが二組いる件、こちらから依頼者に連絡しておきます。みなさんが先方のところに顔を出すのは、その返事を待ってから、ということでお願いします」
窓口のお姉さんは、感情のこもらない口調で、僕たちに告げる。
「返答をお伝えしますので、明日の午前中、また同じ窓口まで来てください」
ということで、今日の話は終わった。
『明日に引き延ばしか。こういう部分は、いかにもお役所仕事って感じだな』
そんな感想が出てくるくらいだから、ダイゴローの世界でも、どうやら似たようなシステムらしい。モンスターや冒険者組合は存在しなくても。
『ああ、そうだよ。世界は異なっても、人間の本質は変わらないのさ』
斜に構えた感じのダイゴローがおかしくて、僕は心の中で、小さく苦笑するのだった。
受付窓口での用件が終わると、僕たちカトック隊は二階へ。階段を上がってすぐの場所にある、医務室へと向かう。
清潔なイメージの白色で塗られた扉を開けると、中にいたのは、白ローブを着た魔法医のみ。
僕も何度か医務室を訪れているが、これほど空いているのは初めてだ。いつもは夕方だから混雑するだけで、まだ大半の冒険者が戻ってきていない時間帯ならば、案外この状態が普通なのかもしれない。
「すいませーん! ちょっと診てもらいたいのですが……」
ニーナとカーリンが治療してもらっている間、他の三人は邪魔にならないよう、医務室の壁際で待つことになった。
特に僕は、一応、背中を向けて立つようにしていた。重症の場合は装備や衣服を脱がす必要も出てくるから、男である僕がジロジロ眺めるのは失礼だろう、と思ったのだ。
『病気や怪我の治癒も、魔法で行うのか……。それじゃ、現場でクリスタが回復魔法を使ったのと、何が違うんだ?』
同じ魔法士であっても、クリスタの専門は回復系ではなく攻撃系。彼女の回復魔法は「一応、使える」というレベルに過ぎないはず。
一方、魔法医は回復魔法に特化している。回復系全般だけでなく、解析系の魔法で病気や怪我を診断するのも得意、というのが一般的だった。
……などと頭の中でダイゴローに説明しているうちに、二人の治療はアッサリ終了。
「うむ。応急処置が完璧だったからな。わしの出番は、ほとんどなかったぞ」
という魔法医の言葉が聞こえてくる。
なんだかんだいって、クリスタは回復魔法も優秀だったらしい。
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